第190話 階層都市(4)「贈り物」
神殿の戦い以降、カミットはそれまで通りの仕事を続けつつ、レッサの私塾にも通うという日々を過ごした。エニネの体調が安定してきた頃には、コウゼンの邸宅でエニネの指導を受けるようにもなった。エニネに会えるようになると、最近ではすっかりやる気をなくしてだらだらと仕事をしていたカミットが、少しぴりっとした刺激が加わったことで、またやる気が復活したのであった。
彼はハルベニィと知り合ってからというもの、商人の仕事に魅力を感じていた。遠方に旅をして、思いがけない人や物に出会うのはさぞかし楽しいだろうと思ったのだ。
一方で、職人組合の堅苦しい様子で毎日同じようなことを繰り返す仕事は彼の好みではなかった。本当だったら今の仕事はつまらないので放り出してしまいたかったのだが、この立場はエニネが大変な苦労と配慮をしたことで実現していることを理解していたので、カミットはミーナに朝起こしてもらったりしながら、渋々ではあるが毎朝時間どおりの出勤を続けたのであった。
夏は終わり、秋には収穫祭などもして、次には冬が来るだろうという頃、カミットはネビウスと一緒にタタの服屋を訪れた。
タタはカミットが以前世話になったコーネ人女性の服職人である。その縁があって、ネビウスはカミットの服を作るときにはタタに発注するのであった。
「カミットに冬でも大丈夫な外套を仕立てたいのよ」
「カミットは今いくつ?」
「十二歳よ。冬の終わりには十三歳になるわ」
「そのくらいの子供だと背がぐんと伸びるでしょう」
「そしたらまた新しいのを作ってちょうだい」
ここでカミットは言った。
「コウゼンみたいな灰色の外套が良い!」
ネビウスとタタはくすりと笑った。
タタがカミットに教える。
「継承一門の灰色ハッカネズミの外套は特別な身なりなのよ。これから牢獄の都に行く人には不向きだわ」
「そうねェ。あんな格好でうろちょろしていたら、目立っちゃって仕方ないわ」
「そうなんだ」
こうして話していると、店の奥の作業場からジュカ人の老婆の職人が出てきて、会話に参加した。彼女はカミットの咲きつつある蕾の花髪に注目した。
「森の外套がいいかもしれないね」
そう言って、彼女はネビウスにいくつかの生地を差し出して触らせた。さらにいくつかの見本の外套を持ってきて見せた。植物性の繊維は強度は毛皮に劣るが、しなやかさや、特に呪いに対する耐性が優れていた。
「呪いを調和するには森の力を借りるのが良い。森の外套はそれを助けることができるよ」
「こんなの着てて、グウマみたいなのに目を付けられたら困るでしょ」
「大丈夫さ。あの男はもう死んだ」
老婆が笑って言うと、他の作業台で仕事をしていたジュカ人の職人は深く頷いていた。老婆は続けた。
「北の方には一族の者たちが多く逃れた。その服があれば仲間であることを示せる」
「たしかにねェ」
ネビウスはあくまで服の発注はタタにするつもりでいたので、彼女はジュカ人の老婆の職人に対しては「それも良いかもね」などと曖昧な返事をした。
それで、ネビウスはタタに言った。
「カミットの服は以前もあんたに作ってもらったし、今回もお願いしたいのよ。効率は悪いかもしれないけれど、あんたの手作りが欲しいの。森の装いも良いとは思うけれど、やっぱり寒さに強いのが一番ね」
「そうね。そうしたら、やっぱり毛皮が希望かしら」
「熊の毛皮はないの?」
「戦士が欲しがるから市場に出回らないのよ」
「じゃあ、暖かいものならなんでも良いわ」
タタは人気の職人であり、彼女は多数の制作を抱えていた。ネビウスが秋に注文したその毛皮の外套が出来上がったのは冬の終わりの月になった。
※
冬はいよいよ厳しくなり、寒さを増してきた頃のこと。
カミットは毛皮の外套が届けられたらばすぐに着て、自宅の居間の真ん中でどんと立った。
ネビウスは「良さそうだわ」と言い、ミーナは「すごい。似合ってる」と褒めた。
この日は特別であり、ネビウスとミーナは昼頃から手の込んだ料理に取り組んだ。
カミットは仕事が休みであり、彼は新しい一張羅を着て、露店市で店番をしているハルベニィに見せに行った。
客が来ないときのハルベニィはいつものことだが元気が無くて、彼はカミットがあれこれ話すのに対して気のない相槌をして、いい加減に言った。
「良い物が手に入って良かったなあ」
「うん! ネビウスが買ってくれたんだ」
「へえ。たしかにそんだけ上等な外套だと、お前の給料じゃあ、何年も働かなきゃ買えない代物だろうよ」
「そっか!」
「まったくネビウスは子供に甘いぜ。貴族じゃあるまいし」
「ネビウスはいつも優しいんだ」
カミットがこのように言うと、ハルベニィは皮肉っぽくケケケと笑った。
対照的なことには、ハルベニィが着ている防寒着はボロ布を縫い合わせて何枚も重ねただけの粗末な上着でしかなかったことである。
カミットとハルベニィは同じ年代であったが、彼らの育った環境や置かれた立場は異なっていた。カミットはハルベニィがもっと良い服を着るべきだと思ったが、その提案はもしかしたらややこしいことを引き起こすかもしれないと思い、どうにか言わずに飲み込んだ。
新しい外套のこととは別に、カミットはハルベニィに報告しておかねばならないことがあった。
「あのさ。僕は来年には牢獄の都に行くんだ!」
「そりゃあ大変だな。俺はまだしばらくは太陽の都で商売を続けるぜ」
「またお別れだね」
「そうだな。元気でやれよ」
「ハルベニィも元気でね!」
ここでカミットは上着のポケットをごそごそやって、青銅のバッヂを取り出した。太陽の化身の紋章が彫られていて、太陽の都では魔除けのお守りとして有難がられる代物であり、服を肩や胸辺りで留めたりするのに用いる。カミットはそれを服職人街の装飾品屋で購入したのだった。
「ハルベニィにあげる!」
「なんだあ、そりゃあ?」
「魔除けだよ!」
「それは見れば分かるぜ」
「友達だからさ。友情の贈り物だよ」
「……生憎だが、俺はお前にくれてやれるものは無いんだ。徒弟の身分で店の品を勝手にするわけにもいかねえ」
「お返しなんて要らないよ」
「どうしたもんかな」
ハルベニィは腕組みして悩み始めた。贈り物は一方向では済まされないということは、この世の常識であった。かと言って、贈られた物を拒否することは敵対を意味するので、そのようなこともできなかった。
その間、カミットはもじもじとして、とにかくハルベニィがそのバッヂを身に着けてくれるのを期待して待っていた。
こういうやり取りをしているところに、店主のバルチッタが通りかかった。彼はハルベニィに言った。
「お前のボロの鞄をくれちまえ。新しいのをやるからよ」
ハルベニィは驚愕して言い返した。
「あれを人にやれるわけねえだろ!」
「兎と獅子じゃあ、釣り合いも悪いが、お前が持ってる物はそれしかねえもんな」
ハルベニィにとってその鞄はボロなどでは決して無く、外側に兎の紋章の刺繍がされた小さな鞄は彼の宝物だった。その刺繍は彼の母親が縫ったものであった。
ハルベニィはしばらく悩んでいたが、ついに決心して、獅子のバッヂを肩に取り付けて、その代わりに兎の紋章付きの鞄をカミットに差し出した。
カミットはそれを受け取り、大喜びで言った。
「大事にするよ!」
「ああ、そうしてくれ。悪いが、そんなもんしかやれねえんだ」
「すごい嬉しいよ!」
このようなことがあってから、夕方頃にカミットは上機嫌で家に帰った。
ネビウス家の食卓にはご馳走が並べられていた。
一家の者たちはテーブルを囲んだ。
ネビウスはカミットとミーナ、それからヤージェにも視線をやり、厳かに語りかけた。
「カミット、ミーナ、あなたたちは十三歳になったわ」
カミットは喜んだ。
「やったぁ、あと一年で大人になれる!」
このときミーナも控えめながら笑顔で頷いた。
ネビウスは続けて言った。
「そして私達は今年、ヤージェという新しい家族を迎えたわ」
「ヤージェは僕と一緒に戦ってくれたね!」
一家のテーブルの足元では、子猪のヤージェがぶひぶひと鳴いていた。彼は与えられた果実のご馳走を既に食べ始めていた。
ネビウスはカミットとミーナに微笑みかけて言った。
「今年もまた、あなたたちが健やかに暮らしたことを嬉しく思うわ。この日々に感謝しましょう。さあ、美味しい物を食べましょう!」
許可が降りるや、カミットはご馳走にかぶりついた。ネビウスは終わりの島の屈指の料理人であり、この世にネビウスの作るご馳走ほど美味しい物はないとカミットは思っていた。今年はミーナもいくつかの料理を作っており、カミットが「ミーナが作ったスープも美味しい!」と言うと、ミーナは幸せそうに笑った。




