第19話 大地の祝祭(1)「討論」
荒れ地の都の大地の神殿は職人組合が管理する宝物庫を併設しており、この区画は厳重な警備で守られている。神殿にはいくつかの礼拝堂があるが、そのうちの一つに宝物庫に隣接する天秤の間がある。
天秤の間の祭壇には巨大な黄金の天秤が置かれている。天秤の片方の皿に職人組合の依頼札を置き、もう片方の札に金貨や銀貨を乗せることで、その札が記録した依頼契約の価値を量ることができるのだ。天秤は遥か昔の神代の遺物であり、使用は誰にでも可能だが、調整や修繕ができるのは古の民だけであった。
この日、ネビウスは職人組合の会長と上級職員立ち会いのもと、天秤の調整をしていた。計測が正しく行われているかどうかを確かめるには、片方の皿に金貨を、もう片方の皿に相当額の銀貨を乗せればすぐに分かるのだが、ネビウスはより精度高く作られた古の民の銀貨と特別な工具を用いることで、僅かな誤差すら残さずに調整をする。この調整が終わったら、あとは布でごしごしと天秤を掃除して終わりである。大小の天秤が多数あるので、ネビウスの調整作業は半日がかりとなった。
ネビウスが最後に祭壇の大天秤を調整して修繕の終わりを告げると、見学していた職人組合の職員たちは拍手をした。
その中でも大きな拍手をし続ける森の民の男の子がいた。
カミットである。
彼はネビウスに駆け寄った。
「ネビウス! すごいね! 天秤はなんでいろんなことの価値が分かるの?」
はしゃぐカミットとは対称的に、ネビウスは苦笑した。
「仕組みは、……よく分からないのよ。あれを作った神代の人たちはほとんどが生きるのを辞めてしまったから」
「呪いって面白いね!」
カミットが目を輝かせて大声で言うと、周囲の雰囲気がぴりっとした。職人組合の会長がわざとらしく咳払いをし、上級職員たちは気まずそうにちらちらとネビウスを見た。
ネビウスは誤魔化すために、うふふと笑った。彼女はカミットを抱き寄せて言った。
「奇跡の御業は神々からの贈り物よ。呪いじゃないの」
カミットは周囲の様子を観察して、このときは「なんで?」とは聞かなかった。
※
神殿を行き交う長衣姿の神官たち。秋が深まるとこの人々は押し寄せる参拝客の相手をしなくてはらない。
これだけでも十分に忙しいのに、祝祭が近くなると、子どもたちまでやってきて、神官は彼らの神官体験指導までする。
その日、カミットは神殿内をぞろぞろと歩く子どもたちの中の一人だった。
神官は十歳以下の子どもたちを神殿敷地内の宿舎の一室に通すと、そこで祝祭の儀式で使う犠牲人形作りを命じた。年長の子供は要領が分かっていて、何を言われるでもなく紐で藁を結って犠牲人形を作り始めた。年少の子どもたちは彼らに教わりながら人形作りに挑戦した。
カミットは全くの無知だったので、人形作りは難航した。彼がちらと横目で見ると、ミーナは手際よく人形作りを進めていた。
ミーナはベイサリオンのスクールに通ってから、ある程度期間が経っていた。彼女には友達もできていたし、小さな子どもたちはミーナに懐いていた。カミットは疎外感を感じて最初は一人でがんばっていたが、人形作りに行き詰まると、ミーナにぐしゃぐしゃになった藁の塊を見せた。
「ミーナ。これはどうしたらいい?」
「えっと、こうして、こうよ」
ミーナは素早く紐を結んで、藁人形の頭を作った。
カミットはできそうになかったので藁の塊を放り捨てた。
「こんな人形作っても、どうせ燃やすんだから意味ないや」
「そんなこと言わないで、がんばろうよ」
ミーナは再度同じ作業をゆっくりとやってみせたが、カミットにはそれもさっぱりだった。
「決まり通りに作らないといけないのがおかしいんだ。こんな人形はてきとうに紐で縛って作れば良いんだよ」
「それは掟だから……」
「ベイサリオンに文句を言ってくる」
カミットは立ち上がった。カミットはこの部屋にいたくなかった。他の子供達の視線はどうにも冷たく感じたし、人形も上手く作れないようでは落ちこぼれのように思われて、居心地が悪かった。
「でもお母さんが」
「お母さん?」
カミットは首を傾げて聞き返した。ミーナは怯えた様子で言った。
「あの、その、……ネビウスになんて言ったら」
「ああ、ネビウスね。大丈夫だよ。ネビウスは怒らないから」
カミットは勝手に部屋を出て、神殿内の中庭を横切り、ベイサリオンがいる礼拝堂に出向いた。
ベイサリオンは祭壇の近くで参拝客に囲まれて、彼らに教えを垂れていた。彼は子供のように小柄だったが、人々は彼を崇め、姿勢を低くして敬った。
カミットは以前と同じく、全ての大地はベイサリオンの肉体と同一であるように感じた。そうであれば、荒れ地の都の人々はベイサリオンの膝や足の甲の上に立っているようようなもので、だから彼らはこんなにもベイサリオンを恐れ、敬うのだろうかと想像した。
カミットはしばらく待っていたが、客が途切れる気配がなかったので、思い切って順番待ちの列に混ざってみた。
やがてカミットがベイサリオンの前に立つと、ベイサリオンは少しだけ驚いた様子を見せるも、他の参拝客にするのと変わりない落ち着いた様子でカミットに声をかけた。
「少年よ、大地の化身に祈りを捧げるか」
「違うよ」
カミットは首を横に振った。
「僕はベイサリオンに質問に来たんだ」
ベイサリオンを尊敬する一般の人々にとっては、無礼なジュカ人の男の子は不快でしかなかった。「土枯らし」「人食い」などの言葉が投げつけられたが、ベイサリオンは彼らを一睨みで黙らせた。彼は威厳ある様子でカミットに語りかけた。
「思うところを言ってみよ」
「なんで人形を作るの」
「大地の化身に祈りを捧げるための儀式に必要なのだ」
「なんで燃やすの? 作ったそばから燃やすなら、どうして作るの?」
ベイサリオンは顎髭を撫でて「ふーむ」と唸り、「座りなさい」と言って、立ったままでいたカミットを床に座らせた。
「君のようなのには具体的な話が良かろうな。先ず、藁が大事だ。きちんとした土で育てた大地の霊に満ちた藁だ。そして次に人形を作る作法、古くから伝わる作法を用いることで我々の信仰心、これも霊の一つと言っても良い、これが藁の霊と混ざり合って満ちる、その物体的な結果が人形なのだ」
「なんで古くから伝わる方法だと信仰心が霊と混ざるの?」
「古来からその儀式を精霊たちが見てきたが故に、精霊の生死の環が私達の儀式を内包しているのだ。人形行列の行進は市民の信仰をより広く集めるために必要で、人形を燃やす儀式は魂の昇華と大地への還元となる。これら一連の儀式は精霊の誕生と死に対して人が関与しなくてはならない必要な過程だ。とどのつまり、全ては精霊の御業だが、古き呪いの伝統が今の我々に恵みをもたらしている」
「うーん。まあ、いっか」
「おや。なんで、と聞かないのか。疑問の余地は残っているぞ?」
ベイサリオンはカミットが理解しきれていないことを見抜いており、誤魔化しを許さない様子だった。
カミットは落ち着いて少し考えてから言った。
「人形はちゃんと作れば良いんでしょ?」
「分かったことはそれだけか?」
カミットはベイサリオンの挑発を受けて、堂々と立って真っ向から睨んだ。言い合いならば負けたくなかった。たとえ相手が偉大な大神官であろうとも。
「ネビウスはそういう意地悪をしない。ネビウスはもっと分かりやすく教えてくれるし、分からないことは言ってこない! 僕が分からないのは、ベイサリオンの説明が下手だからだ!」
カミットはとてつもない大声を出したし、その発言内容があまりに過激だった。人が溢れ、ざわめいていた神殿内が静まり返った。ベイサリオンを尊敬する一般の人々、また本殿内で参拝客に信仰を説いていた他の神官などもにわかに気色ばんで、ベイサリオンとカミットのやりとりを注視した。
ベイサリオンは腕組みをして呆れた様子でため息をついた。彼は心配して寄ってきた他の神官を手で払う仕草をして追い返した。そして少し考えてから、カミットを横に座らせた。
「分からぬなら、分かろうとしなさい。人形のことはもうよい。せめて賢き母の与えてくれた機会を無駄にしないよう、私の側で見ていなさい」
カミットは拗ねていたが、その後はベイサリオンと参拝客のやりとりを黙って観察した。




