第188話 階層都市(2)「結婚、花髪」
コウゼンとエニネの結婚式はコウゼンの一族の豪邸にて行われた。エニネはこの結婚式をこぢんまりとしたものにしたかったが、コウゼンや周囲の意見によって、結局盛大な式をあげることになった。
式の当日、エニネはタタという名の服職人が作った花のドレスを着た。
更衣室で花嫁と服職人は少しだけ話した。
「ジュカ人の王族になった気分だわ」
エニネがこのように言うと、タタは微笑んで答えた。
「私の師匠がジュカ人だから、私は得意なのよ。発注に合わせたつもりだけど、大丈夫そう?」
「とても満足しているわ」
エニネがジュカ人貴族風のドレスを着たことには政治的な意図があった。神殿の惨劇はジュカ人の王権主義者によって引き起こされており、太陽の都で元々強かったジュカ人差別がさらに悪化すると予想された。
コウゼンとエニネはそれを阻止しなくてはならなかった。それは善悪の判断というよりも、そもそもの発端となった人種間の軋轢をこれ以上増大させてはならないと考えたからだった。
したがってこの式において、カミットが招待されて、彼の魔人討伐の功績を表彰する一幕があったことも同じ理由による。
カミットはコウゼンから獅子の紋章を施された宝石の首飾りを受け取り、エニネからは花束とともに頬にキスを贈られた。彼は参列した人々から拍手と賞賛を送られたのであった。その際、カミットは大声で人々に訴えた。
「僕はジュカ人だけど、みんなと仲良くできるよ! ジュカ人にも良い人達はいっぱいいるんだよ!」
人々はこの声に再び拍手で応えた。
その結婚式はある夫婦の新しい門出の日というには、あまりにも政治的だった。この式において、都市の有力者たちは一同に集まり、互いの関係を再建するためのやり取りをした。
そのような場で、新婦エニネの母であるナタブのドゥリメは躍動していた。彼女は社交界で名を馳せる人気歌手だったので、その華やかな振る舞いが人々を惹きつけた。本人からして、彼女は権力者たちに囲まれてお喋りができて、ご満悦だった。
ドゥリメはエニネがコウゼンと共に挨拶にやってくると、意気揚々と語った。
「まあ、なんて私の賢くて美しい娘!」
ドゥリメはエニネを熱烈に抱きしめ、頬にキスをした。
次に彼女はコウゼンに話しかけた。
「守り子様! なんて精悍で力強い御方なのかしら! 私の娘を選んでくださってありがとう!」
コウゼンはドゥリメに対して「彼女は良き妻になってくれると思います」と述べた。
エニネはドゥリメの前になるとほとんど喋らなくなるのだが、このときは自ら話しかけた。
「お母さん、無事で良かったわ」
「英雄カリドゥスのおかげよ!」
「本当にそうね」
「あなたも私を助けに来ようとしてくれたんですってね! あなたは不器用だけど、本当は、そんなにも私を愛してくれていたのよね!」
ドゥリメは急に泣きだして喜び、再びエニネに熱い抱擁をした。
エニネがげっそりしていると、その様子を親族席のカリドゥスが暖かく笑って眺めていた。
式が進んでいくと、職人組合による重大な発表が行われた。それはエニネの直属の上司であるコーネ人男性によって公表された。
「コウゼンの妻であるエニネは我々の一員の中の上級席となることが決まった。というのは、先日の戦いでその席に悲劇的な欠員が生じたためであり、エニネはその地位に相応しいと天秤が判断したからである」
エニネはこの発表を覚悟を持って聞いていた。彼女は上級職員になるということで、スピーチをした。
「責任ある立場に任命されたことを誇りに思います。守り子の妻として、職人組合の上級席として、終わりの島の平和と安全のために力を尽くします。皆様のご支援をよろしくお願い致します」
※
神殿の戦いの後、カミットはエニネの弟子として学びつつ、職人組合の初級職員として仕事を続けた。
戦いそのものは彼の生活を変化させなかったが、太陽の化身との同化によって彼の葉髪は燃えてしまい、カミットは早く髪が元に戻って欲しいと思っていた。
ある日の朝、彼は顔を洗い、頭をぽりぽりとかいた。するとぶつぶつとした感触がおかしく、彼はネビウスの鏡で自分の頭を確認した。彼は驚いてしまって、大慌てでネビウスに報告した。
「ネビウス! 頭にブツブツができちゃったよ!」
ネビウスは朝は居間の食卓でゆったりと過ごすのがお決まりだった。彼女はカミットの訴えを軽くいなそうとした。
「あらま。葉髪の新芽じゃなくて?」
「違うよ。なんだか変だよ。気持ち悪いんだ!」
そこでネビウスが確認をした。彼女はすぐにその実態を理解した。
「これは蕾だわ」
「蕾!? なんで!」
ネビウスは慌てるカミットに優しく語りかけた。
「直に花が咲くの。レッサみたいに花髪になるのよ」
カミットはようやく安心して、彼は椅子に座った。ミーナが彼の朝食を用意して、カミットはパンとスープを食べ始めた。
「僕の頭、変じゃないかな?」
「ええ。大丈夫よ」
「ミーナもそう思う?」
ミーナは柔らかく笑って言った。
「うん。カミットはカミットだもの」
カミットはにかりと笑った。
「そっか! じゃあいいや!」
カミットにとっては彼の髪の問題はその日の朝にはもう解決したのだった。
ところがネビウスはこのことを気にかけていて、かつての弟子である十二剣師のレッサに連絡を取った。
レッサは森の王族の血を引いており、ジュカの貴種にしか発現しない花髪の報告を受けると、すぐにカミットの様子を見に来た。カミットはレッサの前では静かにしていた。レッサはカミットの蕾の髪を検査し、ネビウスに礼を述べた。
「速やかな報告をありがとうございます」
「大丈夫そうかしら?」
「それはあなたの方が詳しいでしょう」
レッサが把握したかったのは、カミットの花髪に呪いの気配がないかどうかだけであり、それがないと分かったら、彼女はすぐにも帰ろうとした。
そのときネビウスがレッサを引き止めて話を切り出した。
「カミットはこんな調子で私が育ててきたから、ジュカの学びが足りていないわ。誰か、そういうのに詳しい人が教えてあげてくれたら良いのだけど」
「残念ですが、ジュカの伝統は既に絶えました。これ以上の争いの種を育てるべきではないです」
「この子の訳のわからない呪いも困りものだわァ」
「それはあなたが責任を持つべきでしょうね」
ネビウスはにやにやと笑いながら、レッサに近づいた。レッサはつんとしていたが、ネビウスを拒みはしなかった。
ネビウスはレッサに抱きついて言った。
「私、今年いっぱいは太陽の都にいるつもりよ。その間、カミットにいろいろ教えてあげてくれるジュカ人の大人がいてくれたら助かるのだけれど」
「さっきからそういう言い方は何なのですか。古の民の標準的なやり方だとしたら、そんなものは世間では通用しませんよ」
「んー、……お願いよ!」
ここまで黙っていたカミットも「お願いします!」と大きな声で言った。
レッサは深く大きなため息をついた。
この日以降、カミットは数日おきにレッサの家に通い、彼女から植物の知識や世話の仕方を学んだ。また呪いに関するいくつかの儀式についても講義を受けた。カミットは物覚えは良かったが、植物の世話を日々の決まり事として行うのは苦手であり、このことはレッサから再三の注意と指導を受けることになった。
学びはジュカ人的教養以外にも及んだ。レッサのあらゆる生活面において、彼女の継承一門の弟子である赤肌のヨーグ人のジンが付き添っていた。カミットはジンから武術の稽古をしてもらう機会ができたのである。カミットが槍の指導を受けるのは、海の都以来となった。




