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ネビウスクロニクル  作者: 石井
太陽の都編
181/259

第181話 太陽の祝祭(26)「業火、兆し」

 神殿内部の戦いは熾烈しれつを極め、戦いによる死者は千人近くにもなった。その大半は民間人であり、戦いが始まってから数時間が経ち、被害総数はほとんど固定に近づいていた。生存者は逃げ終え、逃げ遅れた者はほぼ全員が死んだのである。

 仙馬(ボレマロゴ)の登場以降では呪いの勢力の攻勢が激しくなっていた。

 火の化身が連帯行動を始めると、その脅威に継承一門(カイラ)の戦士が立ち向かった。戦士たちが着ているのはハッカネズミの毛で編まれた灰色の外套コートであり、それが火に対する守りを与えていた。この外套コートのおかげで、戦士たちは呪いの化身たちに対して有利に戦えた。

 それでも火の神官(ドルイド)による森の化身の焼却は間に合っていなかった。ついには人食い植物が神殿の外にまで出ようとしていた。

 人と呪いの戦いは数どうしのぶつかり合いだった。際立った個人がいたとしても、彼一人でどうにかできる状況ではなかったのだ。

 グウマは太陽の守り子である。いにしえの民のような例外的な人物を除けば、彼は史上稀なる能力を有する火の呪術師であった。太陽の化身(スタァテラ)の光を浴びて、グウマの半身はどろどろとした灼熱の溶岩のようになっていたが、戦いが始まって数時間が経ち、今なお彼ははっきりと人間の意識を保っており、半人・半化身の状態で呪いを行使し続けていた。

 彼が杖を振ると、火口の溶岩は波打ち、爆ぜて、火の粉を舞い上がらせた。その火が回廊近くに出てきた人食い植物を常に焼き払った。

 こうして神殿の中枢は守られていたが、外縁に近い各部屋や内部通路などはほとんどが森の化身によって占拠されてしまっていた。

 もはや戦いは人の側が明確に劣勢であった。数の戦いは前者の敗北に終わりつつあったのだ。

 グウマは然るべきときに太陽の化身(スタァテラ)の「太陽の怒り」を発動させ、呪いの化身を一網打尽にするつもりでいた。その焼却対象には彼自身も含まれていた。

 その太陽の化身(スタァテラ)がネビウスのところに行ったままで戻ってきていなかった。

 一刻を争う事態であり、グウマは焦っていた。

「ネビウスはどうしたというのだ?」

 グウマは優れた呪術師であったので、雷の呪いがただならぬ気配で辺りを支配していることは理解していた。そうだとしても、その彼ですら既にネビウスが雷の槍で貫かれて倒れているとは思いもしなかった。

 そのとき太陽の火山が不気味に揺れ始めた。

 これまでにない噴火が起きて、凄まじい火がき散らされた。

 その火は一過性のものではなく、火口から連続的に吹き上がって、ある実体を形成し始めた。

 どろどろとした煮え立つ溶岩の体が次第に人の姿を形成し、もたげていた頭が上がってくると、それはコーネ人のような顔をしていた。

 火の巨人とでもいうべき巨体の怪物は溶岩の海から上半身を出していて、その怪物が腕を振るうと、熱波が吹き荒れて、何人かの神官(ドルイド)継承一門(カイラ)の戦士が燃やされて死んだ。

 グウマはすぐさま杖を振り、火の加護を張り巡らした。これにより多くの戦士たちが命拾いした。

 グウマは火口から這い出てこようとする巨人に対峙たいじした。

「やはり隠れていたか、火口の魔人……!」



 グウマが火口の魔人と対峙たいじしていたとき、その彼を弓で狙う者がいた。

 この戦いの元凶である、ジュカ人のフィブロであった。彼は最初の矢を放ったとき、それをカミットに妨害されたことで警戒を強めていた。彼は強力な森の呪術師でもあり、戦いが勃発して以降は森の化身たちに干渉し、呪いの勢力が有利になるように導いた。

 彼の役割は火口の魔人の出現まで辿り着けば、もう終わりに近づいていた。魔人は数十年周期で現れるとされる中、火の呪いにまつわる魔人は発生頻度が少ない幻の存在だった。しかし一度現れれば、その被害規模は五大魔人の中でも最もはなはだしく、それが太陽の火山の火口と来れば言うまでもない。

 今更グウマを射殺したとて、戦いを俯瞰ふかんする観点では何らの意味は無かった。

 しかしフィブロは多くのジュカ人と同様にかつての戦争で親族や友人、愛する人を太陽の都(ソルガウディウム)神官(ドルイド)によって殺されていた。その虐殺の張本人であるグウマを殺すことはフィブロにとって大きな意味があった。

 彼は人喰い植物が繁茂はんもする中に身を潜め、グウマが火口の魔人に立ち向かおうとするところに狙いを定めた。

 グウマを殺すことに夢中になりすぎて、彼は自分自身に向かって、矢の精霊が起こす細い筋が伸びてきていることに気づかなかった。

 矢は孤を描いて飛び、吸い込まれるようにしてフィブロを射た。

 フィブロは肩を射抜かれ、倒れ込んだ。

「射られたのか? 私が? 誰に?」

 フィブロは太陽の都(ソルガウディウム)に弓の名手がいることはもちろん知っていた。

 壁にもたれかかり、待っていると、その人物はフィブロの前に現れた。

 青い花髪(かはつ)は高貴な血筋の証。

 その美貌は在りし日の王妃と瓜二つであった。

 今、フィブロの前にレッサ姫が立っていた。姫に相応ふさわしいドレスではなく、フィブロが憎む継承一門(カイラ)の灰色の外套(コート)にその身を包んで。その背には弓をかつぎ、腰には剣を差して。

 フィブロは彼女に慇懃いんぎんに語りかけた

うるわしの姫君! 私は王国の名誉のために、あの虐殺者の守り子を殺してみせましょう!」

 レッサは冷淡な視線を向けた。普段誰に対するのとも違う、高圧的な口調で、彼女は言った。

「王国は滅んだ。お前は一族の汚名を上塗りした。一族の霊たちはお前を非難し、軽蔑けいべつするだろう」

 王家の忠臣に対するねぎらいの言葉などあるはずもなかった。

 フィブロは王国の姫君が失われたことなど最初から知っていた。彼はレッサの転身を憎み、出会ったときには必ずや殺そうと決意していた。

 ところが今、彼は目の前のその人にいかなる乱暴も働く気が起きなかった。幼い頃から教え込まれた王家への忠誠心と、高貴なる存在を犯してはならぬという魂の束縛が彼の行動を制御したのであった。

 一方、レッサも躊躇ためらいがあって、フィブロが無抵抗でいるにもかかわらず、すぐには斬らなかった。

 互いの視線が交わり、時が止まったかのようであった。

「姫君、私は敬愛し続けておりました。水もない乾いた土地で飢えと屈辱の日々を耐えました。見てください、火口の魔人が私達の怒りを代弁してくれているようです! 熱波と火の粉舞う、あの日、都の宮殿が焼け落ちた日のようです!

 天秤てんびん均衡きんこうをもたらすのです!

 復讐は果たされます!」

 そのとき火口の魔人が暴れ、業火をまとった溶岩が撒き散らされた。

 レッサは継承一門(カイラ)外套(コート)があったので呪いの火は平気であり、フードを被りはしたものの、大きく避けるそぶりは見せなかった。

 そのレッサをかばおうとして、フィブロが飛び出した。

 フィブロは火を浴びて、たちまちその身を燃え上がらせた。彼は言葉にならない悲鳴を上げて、もがき苦しんだ。彼は叫んだ。

「王家に忠誠を! 私の心をあなたに! 父よ、母よ、妹よ! 一族よ、永遠なれ!」

 レッサはフィブロが焼け死んでいくのを言葉を失って眺め、その場に立ち尽くしていた。

 ジュカ人の暗殺者は他にもいた。彼らはフィブロに異変があったことを察して駆けつけてきて、そこでレッサを見るやたじろいだ。

 レッサは彼らに言った。

「私も、お前たちも、覚悟はしていたはずだ」

 レッサは剣を抜いたが、ジュカ人たちは武器を構えないでいる。

 彼らは無防備なままでいて、レッサが剣で斬りかかっても、抵抗せず、逃げることすらしなかった。

 レッサが最後の一人を斬ったとき、彼女は返り血で全身を赤く染めていた。



 戦いが始まって数時間、職人組合ギルドの要請を受け、千人以上の傭兵が山頂に到着した。

 ナタブ傭兵の先陣は傭兵団「三体殺し」である。

 その首領はカリドゥス。金髪を後ろへ撫で付けた髪型をして、その表情は野心と戦意に満ちていた。彼は四体目の魔人を殺すためにせ参じたのであり、その名誉の更新を心待ちにしていたのだ。

 彼は神殿前広場の惨状を見て、皮肉っぽく笑った。

「やれやれ。他のどんな都市よりもお粗末な有様だ」

 冗談を言いつつ、カリドゥスは真剣な顔になった。彼は仲間たちを鼓舞した。

「既に俺たちは出遅れている。魔人討伐の手柄を継承一門(カイラ)に独り占めせるなよ!」

 数十人からなる傭兵団がこの呼びかけに野太い声で応えた。

 その直後だった。

 神殿で噴火が起きて、聳え立つ神殿の最上層から、コーネ人のような耳を持つ炎の巨人が、ぬっと顔を出した。

 それが火口の魔人であるということは誰もが理解していた。

 カリドゥスは配下の傭兵が走り出して突っ込んで行こうとするのを、退却の角笛を吹くことで、一旦止めさせた。彼は仲間たちに知恵を説いた。

「あれはデカすぎる。少し頭を使わないと、やりつついたところでどうにもならん」

 傭兵はだいたいが血気盛んであったりもして、特にカリドゥスの英雄譚は彼らに夢を見させてしまっており、他の傭兵団は続々と神殿に突入していった。

 カリドゥスは火口の魔人がもたらす火の威力をよく観察した。傭兵団「三体殺し」では上物の火の魔除けをしたかぶとよろいを支給しているが、それで魔人の攻撃を防げるのかを見定めるつもりでいた。

 配下の傭兵たちは魔人殺しの名誉が他の傭兵に取られると思って焦っていた。彼らはカリドゥスに文句を言わないまでも、不満そうに睨んでいた。カリドゥスは彼らを冷静にさとし、方針を示した。

「巨人を倒すには、デカい槍が必要だ。どうやって準備するか。……おや? あれは……?」

 カリドゥスは神殿の外壁にへばり付いている樹木の階段を認めた。彼には魔除けの知識があり、神殿が呪いに侵されているなら、非常にまずい事態であるとも理解していた。

 しかしこのときカリドゥスは悲観するどころか、思いがけない宝物を見つけた気分でいた。

 カミットが樹木の階段を降りてきていたのだ。

 しかしカミットは負傷していて、さらに彼は瀕死のヤージェまで抱えていて、その足取りは非常に遅かった。早くに救出せねば、神殿の揺れによって振り落とされる危険もあった。

 カリドゥスは仲間たちに命じた。

「俺たちの小さな仲間が困っているようだ。迎えに行ってやれ!」

 この命令を受けるや、傭兵団「三体殺し」の戦士たちは全速力で駆け出していった。

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