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ネビウスクロニクル  作者: 石井
太陽の都編
178/259

第178話 太陽の祝祭(23)「戦友と初陣」

 神殿全体が激しく揺れて、カミットとエニネは互いに掴まり合いながらしゃがみ込んで耐えた。

 不幸中の幸いだったことには、森の化身による侵食が進んだことで神殿の通路の壁や天井はどこもかしこもつたと根によって支えられ、建物の倒壊を防がれた。

 カミットとエニネは逃げる人々とは反対に、上層階を目指していた。カミットの森の呪いは他の森の化身を戦わずして退しりぞけることができた。

 このことが明らかになると、エニネは神殿から脱出するよりも、逃げ遅れているかもしれない職人組合ギルドの会長や上級職員たちを救出すべきと考えた。カミット一人では適切な判断はできないので、エニネは現場まで彼を導くと決心したのである。

 エニネとて目まぐるしい状況の変化に混乱していたが、彼女は冷静な頭でこの一事件が終わった後のことを懸念していた。職人組合ギルドの上層部に関わる者たちが一日でごっそりといなくなったりすれば、もはやその組織は成立し得ない。

 問題は組織の存続云々ではなかった。太陽の都(ソルガウディウム)職人組合ギルド終わりの島(エンドランド)の全てではないとしても、この組織無くして島の治安維持は成り立たないことは明白だった。

 エニネはカミットの森の呪いを上手く役立てれば、その起こりうる最悪の悲劇を防げると考えた。彼女は普段は戦いの場に身を置いていないとしても、今は勇気を出して立ち向かわねばならなかったのだ。

 神殿はいくつかの通路は既に瓦解がかいし、森の化身が操る植物が道を塞いでいたりして、ただ移動するにも危険と困難に満ちていた。

 ようやく見つけた通れるらしい道があって、そこへ駆けていったところ、通路の角からゆらゆらと揺れる不気味な影が姿を見せた。

 エニネは息をんだ。

 それは全身を炎に包まれた火の化身だったのだ。元は人であったものが、今は黒ずんだ体を絶えず焼かれて、おぞましい悲鳴を上げながら、エニネたちに向かってきた。

 引き返して逃げようとすると、今来た道からは森の呪いによる人食い植物が迫ってきていた。

 エニネは長杖から火を吹かせて、森の呪いを追い払おうとした。しかし効き目はあまりなかった。森の呪いはあまりにも勢いがすごかったのだ。

 そのとき、どどどど、と獣の駆ける、けたたましい足音をカミットは感じ取った。彼は「ヤージェ!」とその名を叫んだ。

 子猪こじしのヤージェはカミットを探して凄まじい勢いで走っていた。彼は神殿の低階層を走り回って迷子になっていた。残念なことに、神殿の構造は彼には少し複雑過ぎて、適切な通路を選べずに円形の回廊をぐるぐる走り続けていたのである。

 カミットは回廊の方から身を乗り出し、森の呪いによって長大な木を現し、ヤージェがいる場所まで伸ばした。そのとき各階の火の呪いが一斉に吹き上がって、カミットの作った木の道を燃やそうとした。

 そのような危険な状況だというのに、ヤージェはすぐさまその木に飛び乗った。彼は火口の溶岩の海の上を恐れることなく、呪いの木を猛烈に駆け上がった。降りかかる火を物ともせず、焼け落ちていく樹上を一気に駆け抜けたのだ。

 カミットはヤージェを受け止めて抱きしめた。カミットは喜びながらも不安になった。

「ヤージェはネビウスと一緒じゃないの?」

 ヤージェはぶひぶひ鳴いて、彼の背にくくり付けてある布で包まれた物を示した。

 それはカミットの雷の短槍であった。カミットはすぐさま布を剥ぎ取り、やりを手にした。

 カミットはそのやりでエニネに迫っていた火の化身を突いた。火の化身は哀れな悲鳴を上げ、口から火を吐いてきたが、カミットはその口にやりを突き刺して黙らせた。火の化身は動きが鈍かったので、カミットが素早く突けば一方的に倒すことができた。

 エニネはカミットが火の化身を滅多刺しにしているのを驚いて眺めた。彼女にしてみれば火を吐いてくる相手に真っ向から槍を突き出すなんて考えられないことであった。

 カミットは火の化身をざくざく刺して、もう起き上がらないだろうと確信すると、エニネの方に振り返って、にかっと笑った。

「倒した!」

「ええ、ええ。……すばらしいわ」

 エニネは面食らいながらも、どうにか褒め言葉を口にした。

「これで偉い人達を助けに行けるね! 僕がエニネを守るよ!」

「ありがとう。お願いするわ」

 二人が気づいていない内に、彼らの背後から森の化身が地を張って近づいた。

 咄嗟とっさにヤージェが飛び出した。彼はきばから火を拭き上げながら突進し、森の化身を追い払った。

 カミットは戦友の活躍を喜んだ。

「ヤージェも戦ってくれるんだね!」

 ヤージェは力強く「ぶぎいっ」と鳴いて応えた。



 神殿の最上階層の一室では職人組合ギルドの上役たちがまだ留まっていた。彼らは迫りくる火の化身や森の化身に対処するために脱出が遅れていた。

 そこへカミットとエニネが到着した。カミットが彼の森の呪いを発動することで、その階層の森の化身たちはだいたいは大人しくなり、それでも静まらないものはカミットが槍で突き、ヤージェが火の足で踏みつけて燃やした。

 エニネは職人組合ギルドの重要な人物がほとんど生き残っていたことに安堵のため息を漏らした。

 エニネの上司であるコーネ人男性が彼女に話しかけた。

「君が生き残っていたこともまた奇跡だが、しかしここから脱出するのは困難だ」

「いいえ、カミットは道を切り開けます」

「彼か」

 そのときカミットは部屋に入ってこようとする森の呪いをヤージェと一緒になって始末していた。

 カミットはエニネに提案した。

「窓から逃げれば良いんだよ。僕の呪いで足場を作るよ」

「神殿の外壁には強力な魔除けが施されているわ」

「んん? でも、やってみようよ!」

 カミットは窓の方へ駆けていって、森の呪いによって、神殿の外壁に樹木を発生させた。それらをぐねぐねと曲がらせて、階段のような見た目に変化させた。

 エニネや他の者達は目を丸くしてその様子を眺めた。

 カミットはエニネににかりと笑いかけた。

「やったあ。できた!」

 このことはエニネや他の職員たちに喜びよりも不安をもたらした。

「神殿の魔除まよけが機能していない」

「大変だ。外はどうなっているのか」

「呪いの化身を閉じ込められているのか」

 ここでエニネが言った。

「今は私達は生き延びなければなりません。カミットの作った足場を使って、外まで降りましょう」

 エニネたちは呪いの化身が神殿から溢れ出て、人々を襲っているのではないかと不安がったが、実際にはまだそこまでの事態にはなっていなかった。

 呪いの化身は出入り口以外からは出ていくことはできなかったし、そういう通路は継承一門カイラの戦士によって徹底的に封鎖されていた。コウゼンの指揮は機能しており、最悪の悲劇は防がれていたのである。

 カミットはエニネや他の人々と一緒に、彼が作った仮設の足場を使って、神殿外壁の断崖絶壁を降り始めた。

 この段階になってようやく彼らは外の景色をよく見ることになった。

 数万人もの観衆が狂乱に陥って、神殿周囲の広場は阿鼻叫喚の地獄絵図と化していた。

 さらにカミットを驚かせたのは、東の空に雷雲が立ち込めていたことである。カミットはその方角を指さしてさけんだ。

仙馬ボレマロゴだ!」

「なんですって?」

 一緒にせっせと降りていたエニネが息を切らして問い返した。

 カミットは再度言った。

仙馬ボレマロゴは大化身と戦いたがるんだ。大変だよ。太陽の化身(スタァテラ)と戦いに来たんだ」

 状況のあまりの目まぐるしさにエニネはもう限界だった。彼女は極度のストレスでかえって笑みを見せて、カミットにたずねた。

「それは、私達がどうにかできることなのかしら?」

 カミットは腕組みをして悩んだ。彼はかつて大化身たちと仙馬ボレマロゴの戦いを見たことがあった。そこに人の介入する余地などなかったように思われた。

 彼は真顔で言った。

「無理かも!」

 しかしカミットには考えがあった。

「僕、ちょっと行ってくるよ!」

「あなた、今無理って言ったじゃない!」

「でも、僕の森の呪いなら何かできるかもしれないんだ」

「危険すぎるわ。やめなさい」

「大丈夫だよ。また会えるよ!」

 カミットはエニネの静止を振り切り、樹木の階段を駆け上がっていった。

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