第177話 太陽の祝祭(22)「炎の賢者」
森の呪いに蝕まれると、その体はまるで樹木のように変化する。そして通りすがりのあらゆる生き物を捕まえて食べるようになる。
かつて森の民は呪われた者が完全に呪いの化身になる前に森の神域に送り出し、森の神官が一族の秘術によって呪われし者が神域から出てこられないようにさせた。この禁足地の手法は森の化身が活発に動き回らないという特性と上手く噛み合っていたので、森の民は他の人種よりも呪いの処理に苦労していなかった。
それも昔の話である。今は森の神官は絶滅し、太古の森はあらゆる場所が人食い植物だらけになってしまい、さらにその怪物たちは森の外まで出てこようとしていた。太陽の都は火の神官を常時派遣して、森の周囲を焼くことで、どうにか現状の境界線を維持してきた。
しかし問題はそれだけでは解決しなかった。森の呪いは人が地図上に引いた線などお構いなしで、太陽の都の外に逃れた森の民に少なからず発症した。太陽の神殿の厳しい管理によって、新たに呪われた者たちは化身になる前に太陽の祝祭で犠牲として太陽の化身に捧げられてきた。
今年は例年よりも多くの森の呪いが生贄に捧げられていた。その者たちが森の魔人の発した呼びかけによって、一斉に人食いの化身となった。
太陽の神殿は火口を取り囲む円形の多層構造になっており、その第一階層から木々がめきめきと生え、それらの樹皮から草花が咲き出した。
その全てが人食いをする呪いの化身であった。毒の花粉が蒔かれ、棘がびっしりと生えた蔓や根が生き血を求めて這い出した。
神殿の構造では、二階や三階にも外部につながる出口があったが、低い階層から逃げようとしていた人々は森の化身に捕まった。運が良い者は外から突入してきた継承一門の戦士によって救出されたが、そういう例は多くはなかった。
森の化身は人を食べて、栄養を吸収し、さらに成長する。そうなってしまっては被害がさらに広がってしまう。
だから太陽の神官たちは森の化身に対しては迷うことなく燃やした。彼らは一列に並び、杖を掲げ、隙間なく炎を放った。化身に捕まった人々の悲鳴が掻き消えるほどの激しい火であった。
神官たちの背後から、守り子のグウマがやってきて指示をする。
「燃やしただけで油断するな。森の化身は種を蒔く。やつらは燃えた灰から復活することがあるのだ。燃やしたものは全て、太陽の化身の胃袋に捧げよ」
神官は年長の者ほど慣れた様子で荷車などを準備して、片付け作業を始めた。
グウマは呪いの感じに優れていた。彼は神殿の上層か、さらにその上の方に凄まじい呪いの気配を感じ取っていた。今しがたの森の呪いの爆発的な活性化原因がそこにあるとも理解していた。
火山の噴火のために吹き抜けとなっている神殿の天井が呪いの木々によって塞がれようとしていた。その木々を青い火が焼いた。燃やされた木々が降り注いできて、溶岩の海に落ちた。ネビウスが何者かと交戦しているらしいと、グウマは把握した。
グウマはネビウスを信用していなかった。たとえ手助けをしても、古き民が最後まで責任を負うことはないのだ。
彼は偉大な者に呼びかけた。
「森の呪いをどうにかせねば。太陽の化身よ、私の最期の願いを聞いてくれ」
火口の溶岩が波打って弾けると、たちまち噴火した。その中から灼熱の鬣のライオンが飛び出した。太陽の化身は彼の家の出入り口を閉じようとする者を始末しに出たのだ。
※
太陽の化身は神殿の屋根に降り立った。
森の魔人によって木が生み出されては、それをネビウスが燃やしており、屋根の上はどこもかしこも炎上していた。青い火の海の中、ネビウスと森の魔人が剣と斧でせめぎ合いをしており、ネビウスは太陽の化身を歓迎した。
「ちょうど良かったわ。手伝ってちょうだい」
ネビウスは太陽の化身に手を伸ばした。この呼びかけに太陽の化身が応えて、彼は天に向って高らかに吠えた。
日光が大地を焼き尽くすが如く降り注ぎ、森の呪いによって生み出される木々がその激しすぎる光によって生育を阻まれ、伸長が止まった。
森の魔人はなおも動じなかった。彼はネビウスに語りかけた。
「大化身の扱いは困難になった。今や、偉大な者どもの活動には時間の制限がある」
ネビウスはただちにはその発言の意味を理解しなかった。
そのとき、遥か彼方の空に雷鳴が轟いた。次には不気味な風が吹き始めた。
東の海の方に積乱雲が現れていた。それが猛烈な勢いで太陽の都に向かってきた。
ネビウスは舌打ちして唸った。
「もう! いい加減しつこいわ!」
今やその雷鳴の主はあまりに有名であった。
雷の魔獣、仙馬の急襲がすぐにも迫っていたのだ。
「ムカついたわ。もう知らない」
このように不穏に呟くと、ネビウスは太陽の化身を右目の赤い瞳で見つめた。ネビウスの右の赤い魔眼は万物を燃やす。その目に睨まれた者はたちまち燃えて、灰になる。
太陽の化身の元々燃え続けている体がさらに激しい火で包まれた。それにもかかわらず、太陽の化身は苦しむ様子もなく、それどころかその火を喜ぶようにして歓喜の雄叫びを上げた。やがて激しい光を放って、彼の体全体が焼き尽くされ、消えてしまった。
森の魔人はネビウスから離れようとして飛び退いた。
ネビウスはほくそ笑んで言った。
「あら、勘が良いのね」
燃え尽きた太陽の化身の灰が不気味な気流に導かれてネビウスの右手に集まってきていた。全ての灰が彼女の右手にたどり着くと、凄まじい光を放った。まるで彼女の手が太陽そのものであるかのように赤熱して高密度の火を纏っていた。
「試してみる? あんたの森の呪いだったら耐えられるかもしれないわ」
ネビウスの挑発に対して、森の魔人は首を傾げて、せせら笑った。
「俺が恐れて逃げると思ったか? 死を恐れるのは命の行動だ。俺はまだそれほど人間にはなれていない」
「それだけべらべら喋るようなら、立派なものよ」
ネビウスは剣を鞘に収めた。
次に屋根瓦をとんと蹴って跳んだ。
その号は炎の賢者である。火の呪いを彼女ほど上手く扱える者はいないのだ。
炎の円環が現れ、ネビウスの背後に後光が瞬いた。
それがカッと爆ぜた。
その爆発の衝撃に押し出されて、ネビウスは一瞬で森の魔人へと達し、太陽の拳で魔人を殴り飛ばした。
衝撃は凄まじく、太陽の神殿の西側の屋根と最上階の辺りが全てまるごと吹き飛んでしまった。
塵埃が舞い上がる中、瓦礫の中からネビウスが起き上がった。太陽の化身が炎のライオンの姿に復活してネビウスに寄り添った。ネビウスは彼を慈愛のこもった瞳で見つめ、優しく撫で、言った。
「ありがとね。よくやってくれたわ。でも今は神殿の方をお願い。犠牲が増えすぎてるわ。火の呪いをどんどん食べちゃって」
太陽の化身はぐぐぐと甘えるような声で唸り、火口の方へと飛び上がって、神殿の中に戻っていった。
ネビウスは森の魔人を探した。呪いの気配を探ればすぐに見つかった。彼は瓦礫に埋もれて、倒れていた。体全体が黒焦げになり、胴体にはぽっかりと穴が空いて、ごほごほと苦しそうに咳き込んでいた。
「まだ生きているの? しぶといのね」
「呪いで呪いを殺すのは困難だ。身をもって理解した。ネビウス、恐れるに足らず」
森の魔人の言う通り、彼の傷はみるみる修復していた。
ネビウスは躊躇った。太陽の化身の火で魔人を倒しきれないのであれば、誰かがしっかりと止めを刺さねばならなかった。ここにコウゼンでも来てくれれば、彼に剣を振らせるのだが、残念ながらネビウスと森の魔人は二人きりであった。




