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ネビウスクロニクル  作者: 石井
太陽の都編
174/259

第174話 太陽の祝祭(19)「告白」

 一般市民にとっては、祝祭の犠牲式は単なる恒例行事でしかなかった。中には、儀式を見にも行かず、飲んで騒いで楽しく過ごす、そういう者もいる。

 また信仰者ではない他所よそ者などは犠牲の儀式には無関心である。ハルベニィがまさにそうであり、彼は最初は儀式に興味がなかった。

 そんな彼の気が変わったのは、カミットがぽろりと漏らした一言による。

「僕、楽しみなんだ。守り子の代替わりってどんな感じなんだろうね!」

 そのときハルベニィの思考は煙草たばこと酒で浮遊していたが、驚くべき情報によってただちにめた。それまでのてきとうな相槌あいづちではなく、彼ははっきりとたずねた。

「まじかよ。グウマが死ぬのか?」

 カミットは慌てて口を手でふさいだ。

「まだ言っちゃいけなかったんだった!」

「阿呆め。そこまで言ったら、もう全部言え」

 カミットは少しだけもったいぶったが、ハルベニィに興味を持ってもらえたことが嬉しくなり、「誰にも言わないでね?」と前置きし、多くの秘密をぺらぺらと喋った。彼が秘密を漏らしているとき、彼の職人腕輪がじわりじわりと鈍く光っていた。その腕輪には呪いが仕込まれていて、装着者に掟の遵守を強制する効果があった。しかしその呪いはカミットに対しては上手く機能せず、職人組合ギルド職員である彼の口を閉じさせることができなかった。

 ハルベニィは儀式を見に行くと決めた。守り子の代替わりは珍しいことなので、彼は知見を広げるためにも見ておこうと考えたのであった。

 ところが上流階級の街や神殿に行くにはきちんとした市民のあかしを使って紐船に乗らなければならず、ハルベニィはその証を持っていなかった。

 彼はカミットに頼み込んだ。

「ネビウスに言ってくれよ。俺は犠牲の儀式を見たいんだ」

 カミットはハルベニィのためには何でもしてやりたいと思っていたし、ハルベニィが信仰心を持つのは良いことだと考え、この頼みを快諾したのであった。

 こうしてハルベニィはネビウスの同行者ということで犠牲の儀式を鑑賞できることになった。



 祝祭の最後の日、その早朝にハルベニィは都市の第一階層の紐船ひもふねの駅でネビウスと待ち合わせする約束をしていた。

 ようやく陽が上り、街に薄いもやのような光が差し、ぼんやりと明るくなってきた頃だった。それくらい早い時間に行かなければ、今年は祝祭の儀式に参加できるか怪しかった。案の定、ハルベニィは駅前の広場の人だかりに驚いた。

 例年ならば、人々は毎夜を通してうたげに興じ、低い階級の市民などは犠牲の儀式に参加しないことが多いが、今年はとてつもない人数が儀式に参加するつもりでいた。

 それは祝祭の八日目くらいに、守り子の代替わりの噂が流れたからであった。祝祭の最後の三日間、都市はたちまち狂騒に支配された。人々は食べ物をもらうためではなく、守り子の安否を知りたがって神殿に詰めかけた。

 太陽の守り子のグウマはコーネ人の神官ドルイドの家系出身者であり、その身分は元々高く、彼の厳格な性格によるおきての支配は徹底的であり、その高位身分者による抑圧的な治世は常に不人気であった。

 ところが、いざグウマがいなくなると知り、都市市民は強烈な不安に駆られた。グウマの政治手腕は賛否あるとしても、彼の火の呪いの支配者としての実力と功績は事実だったからである。グウマがいなくなれば、太陽の都(ソルガウディウム)の今後の安心と安全は保証されないように思われた。

 人々はグウマの最期を見届け、祈りを捧げなければならないと考え、例年ならば犠牲の儀式に興味がない人であっても、その場に居合わせたいと思ったのであった。

 そういう群衆の一人であるハルベニィは、駅の人混みをかき分けて前に進もうとするも、それどころか人だかりの壁にはばまれて押し出され、駅まで辿り着くこともできなかった。ネビウスが迎えに来る約束だったが、予定通りに合流できるかも分からなくなってきていた。

 広場の隅でハルベニィが途方に暮れていると、ふぁさりと羽の音がした。ハルベニィは見上げて驚いた。黒いふくろうに運ばれてきて、ネビウスがハルベニィの横に降り立ったのである。

「おはよう。あんたが遅いから、私、来ちゃったわ」

「大変なことになっているんだ。そのふくろうが上まで連れていってくれるのか?」

「それは無理よ。ここに来るので、今朝けさの一回分は使ってしまったから」

 ネビウスが言った通りで、ふくろうはどこかに飛んでいってしまった。

「じゃあどうするんだ。船に乗るには半日はかかりそうだぜ」

「歩くしかないでしょ」

「まじかよ!? じゃあ一緒に行く意味ねえじゃねえか!」

「あんたみたいなのが上の方で不注意にうろちょろしてたら、すぐに逮捕されるわ。そんなことになったら、カミットが悲しむわ」

「息子のためってか? 甘やかしてんなあ。ああいうやつが育つわけだぜ」

 ネビウスは即座に言い返した。

「親が良いから、あんたみたいにひねくれてないのよね。損得ばっかり考えるようになったら、人間おしまいよ」

 この一言はハルベニィにどすんと効いてしまった。彼はぶつぶつ言った。

「あんな風に何にも考えないで生きていけるかよ」

 ネビウスはうふふと笑い、ハルベニィの頭を撫でた。ハルベニィはその手を払った。

「子供扱いすんな! 俺は大人だぞ!」

「友達の親に付き添ってもらって、お祭りに出かけるくせに?」

「うるせえよ! 生まれが良ければ、こんな手間もいらなかったんだ」

 二人はいろいろと話しながら、傾斜の険しいみやこの路地を歩き出した。途中で人通りが多くなると、ネビウスはハルベニィと手を繋いだ。ハルベニィは気恥ずかしがって、表情をらしたが、繋いだ手はそのままにしていた。



 太陽の大神殿は山の火口をぐるりと取り囲んで建設された荘厳な建物である。全ての方角に入り口があり、またそれぞれの入り口前には広場を有する。

 一般の人々は儀式を見物するために、神殿の屋外の広場に集まっていた。群衆の中には、ネビウスとハルベニィもいた。二人は朝早くから歩いて、どうにか儀式に間に合ったのであった。

 昼の盛りになり、太陽が最も高い位置に来た時、太陽の神官ドルイドたちが神殿から出てきて、広場にある祭壇に火を灯した。神官ドルイドの列には子供の見習い神官ドルイドも混じっており、その中にはミーナがいた。見習いの中で呪術に優れる者は小さな祭壇に火を灯す役回りもあった。ミーナはその一人であった。

 一方、カミットはエニネに同行して、職人組合ギルド職員として儀式の管理運営に関わっていた。彼らは火口を取り囲む神殿内の回廊から、溶岩がぐつぐつと煮え立つ様子を眺め、火口の中心上に桟橋のように突き出ている祭壇の間を見下ろしていた。

 エニネはこの三日で何度も言った愚痴をまたこぼした。

「まさか秘密が漏れるなんて」

 守り子の代替わりはただでさえ慎重に行う必要があった。さらに膨大な数の市民が儀式に詰めかけて、神殿と職人組合ギルドは人々の管理に神経をとがらせていた。

 カミットはエニネの隣で腕組みをして、うーんとうなった。

「なんでだろう。みんな秘密にしてたのにね」

 当人は自覚がなかった。カミットはハルベニィが秘密を誰かに話すとは思っていなかった。なぜなら「誰にも言わない」という約束をした上で秘密を話したからである。

 ところがハルベニィはその秘密の重大性を理解していなかったし、バルチッタに対して、儀式を見に行きたい理由をそのまま話していた。そうしてバルチッタが世間話で「そういやよ……」などと気軽に話し、またそれが広がっていたという次第である。

 この日、エニネは長杖を持参していた。彼女は上流階級の嗜みとして、火の呪術が使えた。儀式においては、呪いの発生が著しくなるおそれがあり、それを管理するために、神官ドルイドのみならず呪術が使える職人組合ギルド職員も動員されたのであった。

 カミットは火の呪いが使えないので、彼がここにいる必要は実際にはなかったのだが、エニネには考えがあって、カミットも連れてこられていた。エニネは神殿関係者や街の有力者と挨拶をするときには、あえてカミットのことを紹介した。「彼は三体の魔人を倒したのです」と言って。

 カミットたちがいる回廊を神官ドルイドの列が歩いてきたとき、そのときこそがエニネにとって最も必要な手続きのときであった。列のその先頭を率いていたのはコウゼンであった。赤毛を颯爽さっそうとなびかせ、彼の表情は自身に満ちていた。彼はカミットたちを見つけて足を止めた。コウゼンは機嫌よく話しかけた。

太陽の都(ソルガウディウム)で最も個性的な師弟がいるようだ」

 エニネは慇懃に頭を下げ、他人行儀な口上を述べた。

「儀式が成功することを祈っております」

「ありがとう。そちらの君も祈ってくれているかな?」

 コウゼンはカミットの方を見た。

 カミットは口をひん曲げて、目をそらしていた。彼はエニネに命じられていた行為をしなくてはならなかった。

「……もちろん祈っているよ」

「ありがとう」

「あのさ!」

「なんだい?」

 カミットは顔を真赤にしてぐぐっと押し黙ったが、次の一言をどうにか口にした。

「この前は乱暴なことをしてごめんね! あんなことはもうしないよ。だから仲直りして欲しい!」

 コウゼンはカミットに微笑みかけて、この謝罪を受け入れた。

「もちろんだよ。我々は友人だ。仲違いすることもあるが、友情には変わりない」

「ありがとう! これからもよろしくね」

「ああ、よろしく。君には期待している。共に終わりの島(エンドランド)の平和のために力を尽くそう」

 コウゼンは再びエニネを見た。

「カミットの師匠である君」

 不自然な呼ばれ方をして、エニネは首を傾げた。エニネはすぐに察した。コウゼンは他の神官ドルイドの手前、エニネとこれまでの交流がないという体裁を装っていた。

 エニネは笑顔で聞き返した。

「何でございしょう?」

「名乗りなさい」

「エニネと申します」

「私はコウゼンだ」

「存じております」

「夫はいるのか?」

「未婚でございます」

 実はコウゼンは少し緊張していた。彼は前々から考えていたことを一方的に告白した。

「よろしい。私の妻になりなさい。犠牲の儀式を終えたら、今夜か、近日中に婚礼を行う。準備をしておきなさい」

 神官ドルイドたちや、この会話に聞き耳を立てていた職人組合ギルド職員などが一斉にざわついた。その元凶であるコウゼンはエニネの返事も聞かずに立ち去ってしまった。

 取り残されたエニネは混乱して、その場に立ち尽くしていた。カミットは興奮して騒いだ。

「コウゼンはエニネのことが好きだったの!? 愛してるの!?」

 エニネはシャーッと猫の威嚇いかくする声を出して、カミットを黙らせた。

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