第173話 太陽の祝祭(18)「友達」
祝祭では酒場が儲かる。
バルチッタとハルベニィというナタブ商人の親子は通りの露店市に店を出していた。競合する他の店に対して、彼らは空の都から仕入れた珍しい食材によって抜きん出た人気を得た。
祝祭の七日目の昼過ぎ、ビールの注文が入った。ハルベニィがジョッキを持っていくと、カミットがテーブルで待っていた。
ハルベニィは思わず「げっ、なんでお前がいやがる」と言った。カミットはハルベニィの発言を気にすることなく話し始めた。
「ハルベニィ、元気にしてた?」
「おう。元気だったぜ」
ハルベニィはカミットの足元に視線を移した。子供の猪がブヒブヒ鳴き、うろちょろしていた。
「なんだそいつは。生贄か?」
「違うよ! ヤージェは僕の新しい家族だよ」
「うちの店は動物を連れ込んじゃならねえ決まりでな」
「そうなの? あっちのおじさんは猫を連れているよ」
「猫と豚を一緒みたいに言うな。コーネ人に殺されるぞ」
「そっか。気をつけるね!」
カミットが手を伸ばすと、ハルベニィはビールを引っ込めた。
カミットは首を傾げた。
「あれ?」
「未成年は酒を飲んじゃならねえ。常識だぜ」
「ええ!? なんで!」
ハルベニィは有無を言わさず、酒を片付けた。
「さあ、さあ。用事が無ければ帰りな。見ての通り、大繁盛でな。お前の相手をしている余裕はないのさ」
「僕、今日はお休みなんだ。ネビウスは遊んでおいでって言ったんだ」
「そうかあ。だけど俺は忙しくてな」
「お店手伝おうか?」
「大丈夫だ。間に合ってる」
カミットは満席の店を見渡した。天幕の下に二十人くらいの客がぎゅっと詰まって座っていた。店はバルチッタとハルベニィの二人だけで仕切っており、彼らは注文を受けつけたり、料理を出したりするのに、目の回るような忙しさで働いていた。
「僕はずいぶん待ったけど」
カミットが指摘すると、ハルベニィの額に青筋が立った。
「うるせえ。言い返してくんじゃねえ」
「手伝わせてよ!」
「要らねえっつってんだろ。しつこいぞ。昼の一番忙しい時間はもう終わってる。このあとは大丈夫なんだよ」
ハルベニィがカミットをあしらうのに手こずっていると、バルチッタが怒ってやってきた。
「クソガキ、ちんたらすんな!」
このようにバルチッタは徒弟のハルベニィを叱りつけたが、カミットに気づくと、今度は笑顔になった。
「カミットじゃねえか! よくきたな」
ところがカミットはバルチッタのことを好いておらず、彼はかけらも心のこもっていない言い方で挨拶をした。
「やあ、バルチッタ。儲かってそうだね」
「へへっ、祝祭は最高だぜ」
「良かったね」
「ハルベニィにわざわざ会いに来たのか?」
「そうだよ」
バルチッタは顎を撫でて考えるそぶりをし、ハルベニィに言った。
「たまにはガキらしいこともしてこい。カミットに裏市を案内してやれ」
「はあ!? 店がこんな状況で何言ってんだ」
「このあとは少し空くだろ。いいか、夕方には帰れ」
ハルベニィは舌打ちして、バルチッタを睨んだ。
一方のカミットは大喜びであった。
このようなやりとりをしていると、ある客がハルベニィに叫んだ。
「おい、細目のブサイク! ビールを持って来い!」
「あいよ、ちょっと待ってな」
ハルベニィは気にすることなく応じた。彼は哀れなほど目つきが悪く、肌は荒れていて、頬はこけて、体は痩せ細っていた。そのような外見はどんな人種の者が評価したとて、悪いものとされてきた。
このとき異変は直ちに生じた。
カミットはハルベニィが悪い呼び方をされたことに一瞬で激高した。彼は無言で立ち上がって、その客のところへ向かっていたのだ。その客の男は素行が悪く、彼はジュカ人であるカミットにも一言吐いた。
「葉っぱ頭め! お前んちも燃やしてやろうか?」
店の客は全てナタブかコーネ人であり、この冗談は大いに笑いを起こした。
あまりの爆笑で大地が揺れたのかと思われた。
わはは、わはは。ごごごごご。わはは、ごごごご。……、ごごごご、ごごごご。
皆が我に返って、笑うのを止めてみると、大地だけがいつまでも怒りに震えるかのように揺れていた。客たちはまさかカミットが激怒して森の呪いを発動しかけていて、彼らの足元に巨樹の芽が胎動しているとは思わない。太陽の都で地震が起きるということは昨今の災害事情を想起させ、彼らを震え上がらせた。
バルチッタはカミットが癇癪を起こすことを知っていた。彼は場所によってはそういうことも歓迎したが、太陽の都で騒ぎを起こすのは避けたかった。彼はカミットに駆け寄って押し留めようとした。
「止せ、坊主! 抑えろ」
これに対し、カミットは獣のように唸って、バルチッタを威嚇した。バルチッタは驚いてしまって、カミットから後ずさった。
ハルベニィが叫んだ。
「親父! カミット! ぼーっとすんな!」
彼は通常の地震対策として、机の下に避難していた。彼もまた、カミットがどういう呪いを持っているかを知らなかった。
そのときであった。
小さな猪のヤージェが猛烈に突進していって、カミットに激突した。カミットは「ぎゃっ」と叫んで、転倒した。カミットが立ち上がろうとすると、ヤージェがのしかかってさらに抑え込んだ。
しばらくの間二人はやり合った。カミットは怒りに吠えて、ヤージェに掴みかかった。ヤージェも負けずにカミットに頭突きしたり、噛みついたりした。
そうしている内に森の呪いは影を潜め、地鳴りは止まっていた。
ところがそのあとも店のど真ん中でカミットとヤージェが喧嘩を続けた。二人の戦いは酒飲みの客たちを楽しませた。
ヤージェは普段はネビウスに世話をされており、特別な行動を仕込まれていた。ヤージェは飼い主であるカミットと呪い子どうしで支え合うように、呪いの気配に対して、抑制的に動くよう躾けられたのである。
ハルベニィは一通りの客を捌いてから、カミットを店の裏手で看護した。カミットの腕に包帯を巻いたりしているとき、カミットがそれまでむっつりと黙っていたのに急に言った。
「ハルベニィはブサイクじゃないよ」
「なんだそりゃ。嫌味か」
「違うよ。本当だよ」
このことを言われるまで、ハルベニィはカミットがどういうつもりで怒っていたのか見当がついていなかった。ハルベニィは思い至って笑った。
「お前が口出すことじゃねえだろ。俺は俺の面を嫌いじゃねえ。それで十分だ。誰から何を言われようと構わないさ」
「だめだよ。悪く言うやつはやっつけないと!」
「お前だって、森の民だってんで、いろいろ言われるだろ。一々やり合っていたらキリがないぜ」
「僕は魔人を倒してきたから、あんまり悪く言われないんだ。太陽の都でも魔人を倒すよ」
「そりゃあ良い考えだな。実際に効果もありそうだ」
ハルベニィは次にヤージェが疲れ切って寝転んでいるのを見た。カミットがずいぶん殴ったので、彼も怪我をしているかもしれなかった。
「豚の世話はしたことねえぞ」
カミットはすぐに怒っていたのを思い出した。
「ヤージェはもう家族じゃない。ネビウスに丸焼きにしてもらう」
「おい、おい。早まるな。落ち着いてから、よく考えてみろ」
カミットはしばらく怒っていたが、一通りを吐き出すと、考えていることが変わってきて、今度はごきげんな笑顔になった。
「ハルベニィ! このあと遊ぼうよ!」
「阿呆め。俺は子供じゃねえんだから遊ばねえよ」
「でも、ハルベニィは十三歳でしょ?」
「俺はこの前十四歳になった」
「すごい! おめでとう!」
「でもな、十四歳になれば大人になるってのは掟がそう決めているだけさ。大事なのは、そいつが何をしているかだ。俺は自分で稼いで、自分で生きてる。だから俺は子供じゃねえ」
「僕も仕事して、お金もらってるよ?」
「お前はあれだな、言動が子供なんだよ」
「なんで!? 僕だってちゃんとしてるよ!」
「もう少し落ち着いて、いろいろ考えられるようになれば、お子様を卒業できるかもな」
カミットが怒ると、ハルベニィは楽しげにケケケと笑った。
このあと、ハルベニィはバルチッタから言いつけられたとおりに、カミットに裏市を案内した。だいたいは、店の看板を見て「あれはこういう店だ」とハルベニィが口頭で説明しただけだった。未成年では入れない店がほとんどだったからである。
実際に入ったのは煙草屋であった。
ハルベニィは慣れた様子で、パイプを咥えてすぱすぱやって、煙を上手に吐いたりして、表情を蕩けさせていた。
カミットは初めての煙草にたちまち噎せた。カミットは煙草の美味さが分からないのでは、また子供扱いされると思って頑張ったが、我慢したあとでは余計に咳き込んで、その辛さに涙まで流した。




