第172話 太陽の祝祭(17)「お守り」
祝祭の期間であろうと、カミットは朝夕は家で家族と食事をした。ある日の夕食のとき、カミットはミーナに聞いた。
「神官の勉強はどう?」
だいたいの場合、ネビウス一家の食事の席ではカミットが彼自身の事を喋り続けているので、彼がミーナに話を聞くのは珍しかった。質問が漠然としていたし、ミーナは急に聞かれると答えに詰まった。
そのため会話に奇妙な無言の時間が生じた。カミットはミーナが答えないでいるので、この話をやめて、エニネの母の結婚式のことを話し出そうとした。
するとネビウスが少し強引にカミットの質問を補助して、話題の中心をミーナに引き戻した。
「祝祭の儀式のために、どんなことをしているのかしら?」
ミーナはネビウスに対してはリラックスして話した。
「えっと、生贄の豚の骨で儀式に使う道具を作っているの」
「まあ、すてきね。道具はどんなものがあるの?」
「えっとね」
このときカミットは自分の話ができなかったことに一瞬苛ついていたが、興味深い話題に関心を移らせることで怒りを忘れた。彼はミーナに聞いた。
「儀式に使えるってことは、呪いの道具だね?」
「うん。火の呪いでしっかり炙って、象徴物にするの」
「身につける装飾品とか、杖の先端のやつだね」
「うん」
「ミーナはそれを使って火の呪いが使えるの?」
「道具は無くても、呪いはできるわ」
「すごい!」
カミットが褒めると、ミーナは心から嬉しそうに笑った。このときカミットは急に思い出して、どどどどと走っていって、彼の部屋から紐で束ねた動物の骨を持ち出してきた。
「これさ! ツクサ人の洞窟で取ってきたやつ! 忘れてた!」
それらは拾った当初は酷く汚れていたが、その後はネビウスが処理をして、今は清潔な骨である。
「呪いの道具にしてよ! ミーナなら作れるでしょ」
「え、良いけど。生贄の儀式で使うの?」
「違うよ。売るんだよ」
カミットはさも当然のように言った。だいたいのことには小言を言わないネビウスがこのときは口を開いた。
「呪いの道具を売るのは掟に反するわ」
ミーナもこれに頷いた。しかしカミットはなおも主張した。
「でもさ! ネビウスはハルベニィから雷の槍を買ってくれた。あれは呪いの道具だよ」
「神官が印を付けた道具で、正しく売られたものを正しく買うことは認められているわ。私は天秤の取引札を介して代金を支払ったのよ」
「んん? ハルベニィは遺跡から盗んできたって言ってたよ!」
「まあ、そうなの。そしたら、あなたの雷の槍は神殿にお納めして、ハルベニィのことを通報して逮捕してもらいましょ」
「ええ!? そんなのだめだよ!」
カミットは腕組みをして少しの間だけ考えた。まさかネビウスが雷の槍の出自を本当に知らなかったはずもないし、ハルベニィを牢獄の都送りにするつもりなんて無いだろうから、彼女は冗談でカミットをからかっているのだ。
カミットの考えでは、彼が呪いの道具を作って仕入れ、それを商人であるハルベニィに卸すつもりでいたのだが、ネビウスはそれに賛同していない。そもそもネビウスは以前にカミットが商人になると言ったときにも難色を示していた。もしかしたらネビウスには何か考えがあるのかもしれなかった。彼は久々に魔人のことを思い出した。
「全部の魔人を倒したら、僕たちはどうなるんだろう?」
このとき初めて、ネビウスは将来について言及した。
「荒れ地の都に戻るわ。あなたにはもう一回、ベイサリオンと話してほしいの」
「僕が神官になるってこと?」
「そうではないわ。でも、ベイサリオンは長生きだし、彼は神官になる前にたくさんの経験をしてきた人だから、色々なことを教えてくれると思うのよ」
「そのときはネビウスも一緒なの?」
「ええ、もちろん」
カミットはネビウスが明言したことを素直に喜んだ。
ところがこのとき、不穏な気配がゆらりと漂った。ミーナがネビウスをじとりと睨んでいた。彼女はいつもの自信の無い様子と違って、はっきりとした口調で言った。
「でも、お母さんは双子に興味があるわ。他人のあの人達を特別扱いしてる」
終わりの島で双子と言ったら、空の都の守り子の姉妹しかいなかった。ミーナは近い内にネビウスが一人で空の都に行ってしまうのではないかと疑っていた。
カミットはミーナの豹変が「なんだか変だぞ」と思いつつ、深くは考えなかった。彼もネビウスが今後どうしていくつもりなのかを知りたかった。
ネビウスはあっさりと言った。
「あの二人とは約束をしたから、いずれは会いに行くわ。でもそれはすぐではないわ」
いずれというのがいつなのか、ネビウスは語らなかった。だとしてもネビウスが弟子と認めた者をそのままにしておくこともなく、彼女は今後の数年間で双子の空の守り子たちに教えを施すつもりであった。
いつもそうであったが、ネビウスは将来の具体的な話をしたがらなかった。彼女はカミットが抱えている骨の束を見やり、なんとはなしにミーナに言った。
「火の呪い除けを作ってやりなさいな。あなたの祈りがカミットを守るわ」
この提案をミーナは喜んで了承した。カミットもこの上ない名案だと思った。
三日後には、ミーナは神殿通いと平行して、火除けのネックレスやいくつかの装飾品を作った。カミットはそれを受け取り、ネックレスは首から下げ、他の細かい物は服や鞄に付けた。ミーナが持て余した大きめの骨が残っていたので、それらはネビウスの預かりとなった。
この数日、ミーナは珍しく個人的なことに呪いを用いた。彼女はカミットに降りかかるあらゆる災厄を滅ぼしてくれるように、家と神殿を行き来する道を歩く間も、いつもそのことを祈っていた。
そうしていると、彼女は知らず知らずの内に呪いを蓄え、それどころか呪いはその身から溢れんばかりの質量を伴った。
夕暮れ時、ミーナはふんふんと鼻歌を歌い、カミットに贈る装飾品を弄りながら、帰り道を歩いていた。
このとき白毛のコーネ人の少女であるミヤルがミーナの前に現れた。ミヤルは自分からやってきたにもかかわらず、酷く恐れていた。ミヤルはミーナに負けず劣らずの人見知り気質だった。彼女はおどおどとして言った。
「あの、突然会いに来てごめんなさい。その、私、……言われて来たの」
ミーナの方は落ち着いていた。彼女は茸の根地でのことも伝え聞いており、ミヤルが呪い子であると、ひと目見て分かっていた。彼女は家での様子とは違って、尊大な態度をして、ミヤルを見下げて言った。
「かわいそうな子。呪いに蝕まれているのね」
ミヤルは不安が増して、余計に怖がった。彼女は何とか言い返した。
「あなただって呪われているわ」
「私はお母さんの子供だから大丈夫。あなたとは違うわ」
「でも、その、プロメティアは呪いを使いすぎだって、言ってこいって言われたの」
プロメティアはミーナの本名であった。それを知る者は必ずしも多くない。ミーナは本名で呼ばれるのは、いつでも嫌がった。ミーナはたちまち極端な不機嫌になり、ミヤルを観察してその弱点を探し出し、次のように述べた。
「皮肉だわ。もう手遅れのあなたみたいなのを使いによこして、私にあなたみたいにならないようにって言うのね。それは意外と効果的なのかも」
ミヤルはきょとんとして首を傾げた。
「手遅れ? 何が?」
「あなたみたいな白くなっちゃった人、かわいそうで見てられないわ。とっとと帰ってよ」
「でも、その、呪いは使わないで。それを約束して」
「うるさいわねェ。誰が何を命令しているのかしら。あなたみたいなのが私と同じだと思わないでね。私は選ばれたのよ。私は祝福されて生まれてきたの。誰も私を疎んだりしないし、この世から消えてほしいとも思われていない。あなたとは違ってね。
さあ、早く消えてちょうだい。そしてあなたの陰気なご主人さまに伝えなさい。私が火の呪いを使うことが気に入らないなら、それはすばらしいこと。私はもっとやってあげるわ」
言われている最中に、ミヤルは泣き出してしまった。ミヤルは走って逃げ去った。ミーナはその後ろ姿を睨みつけ、ふんと鼻を鳴らした。
その日の晩、ミーナは寝室でネビウスと一緒に寝ているときにミヤルのことを報告した。
「お母さん、呪いの化身が都に入り込んでいるわ。白毛のコーネ人よ」
「あらま、そうなの」
「グウマ様に言った方が良い?」
「えーっと……」
ネビウスは少しだけ考えた。
「止しましょう。あなたのことを詮索されたら困るわ」
「あ、そっか。お母さんの言う通りね」
「ミヤルとは仲良くできそう?」
ミーナは露骨に嫌がった。
「え、いやよ。あれは呪いの化身でしょ」
「彼女はその一歩手前よ。まだ言葉が通じているもの」
「親や家族を食べるなんて、ありえないわ。どんなに呪いに蝕まれたって、私だったら絶対にしない。あの子はもう人間じゃないわ。すぐに滅ぼされるべきよ。太陽の化身は何をしているの。お母さんが言えば、彼は働くんじゃないの?」
「ライオンは相応しい相手としか戦わないのよ。ミヤルはまだそこまでじゃないのね」
「ふーん。変なの。敵なんだから、全部燃やしちゃえばいいのにね」
ミーナはネビウスに抱きついて目を閉じた。この親子はいつも同じ寝台で寝ていた。ミーナにとって夜寝るときはいつも恐ろしかったが、ネビウスと一緒になってからはそれも安らぎの時間となっていた。




