第170話 太陽の祝祭(15)「結婚式」
火はそれが無から燃え上がり、やがては消えてしまうという性質が、生命の誕生と死滅を象徴するものと考えられていた。どんな生き物も命であるという点では同じなので、信仰においては火こそがこの世の最も重要な構成物であるとも言われた。このような背景があって、太陽の都の人々は火の精霊を熱心に信仰している。
火の呪いの頂点に座すのは太陽の化身である。彼は本拠地である太陽の火山の主であるばかりでなく、その行動域は空の化身に匹敵するほど広い。彼は終わりの島の上空に無数にある浮き島を飛び渡り、島のどこへでも一瞬で到達し、各地で発生する呪いの化身を食らうのである。継承一門をもってしても処理しきれなかった強大な呪いの化身も、たとえそれが土地を支配する呪い母であったとしても、太陽の化身にかかれば簡単に滅びる。
太陽の化身は人間に分かりやすい利益をもたらすし、その生態には正義の実行者であるかのような印象があった。こうして五体の大化身の中で最も人間に近い知性を持つ、神がかった存在として崇められることになった。
太陽の祝祭ではその太陽の化身に感謝と犠牲を捧げる。太陽の都の人口は百万人を超えるとも言われ、その大都市を挙げての祝祭は終わりの島全体で見ても圧倒的最大規模の行事である。
祝祭を主催するのは神殿だが、その準備には職人組合を始めとして、各職業団体も大いに関わる。祝祭の食べ物を用意するために商人が遠方から多彩な品や物資を持ち込み、大通りでは積荷を満載した荷車が大渋滞を起こし、一日中ごっとんごっとんと騒音を立てる。その他にも都全体を飾り付けたり、仮設の劇場や小神殿を建てたりするので建設業者や装飾業者も大忙し。都の各地で開催される祈祷や演劇、冠婚葬祭などのイベントは数え切れないほどで、それらを運営する地域団体などもあれば、市民であって祝祭に関わらない人はいないと言ってよい。
カミットはこれまでに三つの都市で祝祭を経験してきたが、太陽の都の祝祭はそれらとは比較にならないほど豪華であることに驚き、大変興奮した。職人組合職員は運営側でボランティアに動員されるが、カミットはそのことを誇らしく思った。彼はエニネから祝祭における職員用の絹の長衣をもらって、それを着た。神官のように、膝下まで覆う服であり、子供用の短衣では手足が出ているのと様子が違い、カミットは少し大人になったような気分がした。
やがて、ついに祝祭の日がやってきた。他の都市の祝祭よりも開催期間が長く、行事も多彩である一方、カミットは開催と同時に一気に盛り上がることを想像していたので、実際は少し違った。
太陽の祝祭は十日に渡って開催される。後半になるにつれ、より大きな催しが増えていく。大神殿での開催の儀式を除けば、祝祭の前半は地味な盛り上がりしかなかったのだ。
祝祭が始まると、人々は仕事を休んで、神殿から配布される食べ物を楽しむ。そういう人々が街角で楽しげにしているのを見れば、祝祭が始まったのだと理解はできるし、広大な都市のあちこちで常に何らかの行事が催されている。しかしカミットはそれらの現場に居合わせるわけではなかったので、終わりの島で最大の祝祭に参加しているのだという実感は薄かった。
カミットはエニネについて、彼女と一緒にいくつかのボランティアに従事した。カミットはジュカ人であったので、表で何かをするのではなく、裏方でエニネの指示で物を運んだり、準備を手伝った。
祝祭の三日目、エニネは行かねばならない場所があると言い出した。彼女はそれにカミットを連れて行くと言った。しかも今回は仕事ではなく、エニネの母の結婚式であるという。カミットは単調なボランティアに飽き飽きしつつあったので、あからさまに喜んだ。エニネは苦笑して、彼に忠告した。
「そんなに楽しい感じではないと思うの。もしかしたらあなたはジュカ人だから、嫌な思いをするかもしれないわ」
「大丈夫だよ。気にしないよ」
「それと、あなたは私の弟子ということで参列するから、カリドゥスたちのところに行ってはだめよ」
カミットはその名を聞いて、ぽかんと口を開けた。
「カリドゥスがいるの?」
「ええ、そうよ」
「なんで?」
エニネの方も不思議に思って、小首を傾げた。
「兄だもの。あんなどうしようもない人だけど、結婚式にはいても良いでしょ」
「兄!?」
「あら?」
「カリドゥスはエニネのお兄ちゃんなの!?」
「ええ。そうよ。そうなのよ」
このときエニネはカリドゥスに腹を立てた。彼はもしかしたらエニネの存在を周囲に一言も話しておらず、彼の一族の突出した才能である有能な妹の存在を抹消すらしているのかもしれなかった。
※
エニネはさも当然のようにカミットを彼女の母の結婚式に連れて行ったが、彼女は実はカミットを参列者として申請していなかった。ある豪族の邸宅で庭などを解放して行われた祝宴の席で、エニネは親族席で作り物の笑顔をして食事をするだけであり、カミットは彼女の横で急遽用意された椅子にちょこんと座って気まずくしていた。
その祝宴はコーネ人の豪族の男とナタブの女であるドゥリメの結婚であり、彼らは共通認識としてジュカ人が大嫌いであった。一般に太陽の都におけるナタブのジュカ人嫌いはコーネ人のそれを上回る。
エニネがドゥリメにカミットを紹介したとき、ドゥリメの笑顔は凍り付いたし、彼女の新たな伴侶となる男もこれ以上ないほどの苦笑いをしたのであった。危うく母と娘の戦争が起こりかけたが、カリドゥスが何とかとりなしたので、どうにか結婚式が行われたという次第である。
祝宴の途中、ドゥリメが衣装変えをするときに、エニネは呼び出された。
ドゥリメは本業が人気歌手であり、彼女は劇場でいつもされているように化粧直しをされながら、隣に突っ立っているエニネに行った。
「あのジュカ人は魔人殺しなのだそうね。カリドゥスの友達なんですって」
「そうよ」
「あなたの弟子で、ジュカ人なのに職人組合職員。しかも古の民のネビウスの子供。私、ネビウスって大嫌いなのよ。あの女ってジュカ人ばっかり贔屓して、ナタブには冷たくって、ちっとも平等じゃないでしょ。この世の一番最低な女よ」
「カミットは弟子だから、私はどこへ行くにも、彼を連れて行かないといけないのよ」
エニネがすらすらと述べると、ドゥリメは彼女をきっと睨んだ。
「正直、あんな気持ちの悪い、葉っぱ頭の緑肌の化け物が私のおめでたい結婚式にいるのは最悪な気分よ。魔人を倒したって、ただ剣で斬ったり刺したりしただけでしょ。そんなことで血の罪をあがなえると思ったら大間違いなのよ」
「母さんのすばらしい式なのに、申し訳なく思うわ」
その後、ドゥリメはしばらく無言でいて、ドレスを着替え終えると、今度は笑顔で手を差し出した。
母と娘は祝宴の会場に腕を組んで登場した。ゆっくりと歩く間、ドゥリメがエニネに言った。
「エニネ。あなたもう十八歳でしょ。もうあなたったら、私がカリドゥスを産んだときよりも二つも歳上なのよ」
「ええ。いつのまにか歳を重ねたわ」
「あなたは年増の私が色ボケしてると思ってるでしょうけど、もちろん違うわ。人生って、自ら設計するものよ。私はよく考えて、計画を立てて、それを実行しているのよ。私に言われたままでやってこられたのが、ずっと続くわけじゃないのよ。大人は自分で考えるのが大事なのよ」
歩いていった先は、ドゥリメの結婚相手の豪族の親族席である。ドゥリメは彼らにエニネを紹介した。というよりも、エニネとその豪族の一族のある若い男に挨拶させるのがドゥリメの目的であった。
紹介が済むと、豪族の当主である男は機嫌よく語った。
「私はジュウゼンが嫌いなのだ!」
ドゥリメは彼の腕に抱きつき、「親子揃って、身勝手で、天秤を自分の物だと勘違いしている、おこがましいやつよ!」と言った。
ジュウゼンは大豪族で、その息子のコウゼンは次期守り子である。ジュウゼンと言えば、以前にエニネが仕事で揉めたこともあった相手である。ジュウゼンは悪評の多い人であり、その最もよく言われる特徴は掟を無視した横暴な振る舞いについてであった。職人組合とも衝突が多く、エニネや彼女の上司からしても厄介な相手であった。そのジュウゼンに対し、エニネが一歩も引かない物言いをしたという噂話は既に知られたことであった。このことは結婚式のその場で、すぐに言及された。
「さすが、ドゥリメの娘は大豪族相手でも物怖じしない」
するとドゥリメがすかさず言った。
「頭も良いのよ」
「分かっているとも。母に似て、すばらしい娘だ。私の息子の相手としても不足ないぞ」
エニネは彼らの会話をほとんど聞いていなかった。ふと見回すと、彼女のいたテーブルにカミットがいなくなっていた。案の定、カミットは勝手に移動して、カリドゥスたちの傭兵たちのテーブルでわあわあ騒いで楽しくやっていた。




