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ネビウスクロニクル  作者: 石井
太陽の都編
169/259

第169話 太陽の祝祭(14)「祝祭前夜」

 呪いを扱える者は誰もが呪われた子供であり、その生涯は常に呪いの化身となる可能性と隣合わせである。どれほど偉大な守り子であろうとそれは同じこと。

 ただし実際に守り子が呪いの化身になってしまった例はほとんど無い。大化身によって選ばれし者は強靭な精神力と使命感を持っているので、彼らは時がくれば必然的にその身を大化身に捧げ、未然に事を収めるからだ。

 当代の太陽の守り子はグウマである。彼はとりわけ強い責任感であらゆる仕事に向き合ってきた。呪術に優れたクロネコ族の一族の出身だが、今は呪いの蝕みにより全身が白毛になってしまった。

 そのときは迫っていたのだ。グウマはこの年の祝祭で自らの最期の使命を果たすと決めた。彼が最初にそのことを打ち明けた相手は、彼の三番目の息子であるイヴトーブだった。イヴトーブは継承一門カイラ剣師セイヴァであり、次の守り子であるコウゼンから最も信頼されていた。

 ある夜に、グウマはイヴトーブを自宅の書斎に呼び出した。財を十分に蓄えた男の部屋だが、仕事に必要な物以外では一つの贅沢品も無かった。

 父はゆったりと椅子にかけていた。一方の息子はただならぬ気配に緊張を高めて、手を後ろに組み、立ったままでいた。

「私の最も優れた息子よ」

「はい、父さん」

 守り子と剣師セイヴァという立場に分かれた彼らが親子として話すのは数年ぶりであった。

 直後、グウマは告げた。

「来月の祝祭で次の守り子が選ばれるであろう」

 イヴトーブは動揺した。

「公示前に剣師セイヴァが知るべきことではありません」

「ネビウスなんぞはどうせ見抜いている。知られているならば隠す方が滑稽だ。今夜はお前の考えを聞くのではない。赤毛の十二剣師エトセイヴァはどのようか?」

「……コウゼンは神官ドルイドとしての学びの準備ができておりません。神殿を伝統に従って導けるかどうかは不明です」

「そうであれば、お前がその不足を補え」

「私は剣師セイヴァです。神殿に干渉できる立場にはありません」

「しかし次の守り子はそういう考えではないだろう。彼は守り子という立場を使い、太陽の都(ソルガウディウム)の全てを支配するつもりでいる」

「未来のことはまだ分かりませんよ」

 グウマは呪いに蝕まれてなお、強靭な意思を宿す眼光でイヴトーブを捉えて言った。

「これから数年の間、秩序は失われ、混沌の時代となる。太陽の都(ソルガウディウム)の安定は終わりの島(エンドランド)の安定と同義だ。お前は我が一族の最も優れた資質を持って生まれた。お前は大いなる責任を持つ者として、立場に囚われずに混沌がもたらす悲劇を取り除かねばならない。敵が混沌を用いるならば、お前もまたそこに身を投じる覚悟を持たねばならない」

 このように言われ、イヴトーブは腹を立てた。

「具体的にはどうしろと?」

 この返しは、厳格な父に対しては常に「はい」としか答えてこなかったイヴトーブにしては、ほとんど初めての反抗であった。

 元気な頃のグウマは息子たちの不始末や反抗には即座の怒声や拳骨を浴びせてきたものだが、今はそれもできない。彼はげほげほと咳き込んで、不機嫌に唸って、それから次のように述べた。

「未来のことは分からぬからな。それはお前が自分で考えろ。自ら考える力のない無能を育てた覚えはない」

「偉大な父の名誉に応えられるよう努めます」

 話は終わりかと思われたとき、グウマは一通の書簡を持ち出した。実はこれこそが本題であった。

「私には文通をしている友人がいる。これまでに数百の手紙を交わしてきた。お前がこのあとを引き継げ」

「どのような方ですか?」

「大地の守り子のベイサリオンだ」

 イヴトーブにははっきりと意外な人物の名であった。噂を聞く限りでは、グウマとベイサリオンはそれほど気が合いそうな二人とは思われなかったからだ。

 その書簡が父から息子に手渡された。

 グウマは直ちに命じた。

「今、読め。そして速やかに返事を書け。重大なことを話し合うわけでもない。お前は挨拶をすればよい」

「今すぐですか? 内容を吟味したいのですが」

「だめだ。お前が返事を書いたことを私は確認しなくてはならない」

 紙やインクは高級品だし、手紙はそう頻繁に出すものでもなく、気軽な内容は書けない。なによりも、送った手紙は厳重に保管され、後代まで残るものなので、イヴトーブは数日かけてしっかりとしたものを書きたかった。

 しかしグウマは命令したら、それがそのとおりに遂行されないと気がすまない人である。

 イヴトーブは父のことを内心で「最期まで、自分だけが正しいと過信する人であった」と恨めしく思ったのであった。



 太陽の祝祭まであと一週間後となったとき、コウゼンに守り子の正式な代替わりが伝達された。それ以来、彼は継承一門の剣の神殿で精霊に祈りを捧げるようになった。

 あるときイヴトーブが祈祷の最中の彼を訪ねた。イヴトーブは人払いをして、礼拝堂に彼ら二人きりになるようにさせた。

 祭壇に突き立つ古代の剣があった。剣の精霊を引き寄せる聖なる剣である。

 コウゼンはそれを見ながら語った。

「日頃、私は剣の精霊にそれほど祈りを捧げてこなかった。しかしこの場所にはもう来ないと思うと、不思議と祈りたいと思うようになった。もっと祈っておけばよかったとすら感じている」

 イヴトーブはくすりと笑った。

「祈っている暇があれば、稽古をした方が良いと、君はよく言っていた」

「若かった。私は早急に実力を高めなくてはならなかった」

「君は正しかった。明瞭な思考は常に正しい道と結果を示してきた」

「ふむ。実は今度の祝祭で私は守り子となる。自動的に継承一門カイラの所属でもなくなる」

「そうか。寂しくなるかな」

「ならないさ。私達は来る危機に対処すべく、さらなる連携を深めることになるだろう。私が守り子になれば、十二剣師エトセイヴァの席が空く。そこに君が就けるよう、調整を勧めているところだ」

 コウゼンの言わんとするところは、彼が守り子となった後も、継承一門カイラに対して影響力を持ちたいということである。その実行役として、イヴトーブを指名するのは、いかにも自然であった。

 ところがおかしいのは、十二剣師エトセイヴァを指名するのは職人組合ギルドなのである。守り子にその権限はないのだ。それどころかおきてでは、守り子は職人組合ギルド及び継承一門カイラに対して、あらゆる影響力を持つことを禁じられている。

 このときイヴトーブの脳裏にはグウマの遺言がよぎったが、彼はコウゼンに注意も忠告もしなかった。幼い頃からの関係として、コウゼンは指揮官で、イヴトーブはその副官だった。

 コウゼンはイヴトーブに対していつもしてきたように、彼の考えの全てを語った。

「隠れ潜んでいる魔人が現れるのは、きっと守り子の代替わりが行われる祝祭のときか、その直後だ。我々は環境の変化に惑わされず、対応しなくてはならない。そのとき既に、一時的とは言え、偉大な守り子の守護が失われているのだ。その弱ったすきを狙って、これまでにない大きな攻撃が仕掛けられるかもしれない」

「ずいぶん悲観的だな。新しい守り子がしっかりとみやこを守ってくれるんだろう?」

「私はおそらくグウマ様ほど強大な呪術師にはなれない。才能は分野に個別のものであり、生まれ持つものだ。残念だが、私には剣の才能しかない。グウマ様は彼がみやこに君臨しているだけで、そのこと自体が圧倒的な守護をもたらしていたはずだ」

「だから君は剣師セイヴァみやこに集合させているんだね」

「そうだ」

 このところコウゼンは祝祭を口実にして、職人組合ギルドを通じて、終わりの島(エンドランド)各地に派遣している継承一門カイラの戦士たちを太陽の都(ソルガウディウム)に戻させていた。

「そこまで言うなら、根拠はあるのかい? それも君のお友達からかな?」

「いや。今回は、……ネビウスだ。実は彼女が密かに伝えてきた。魔人は祝祭の日に出る」

「そういうことか」

 ネビウスの子息のカミットは継承一門カイラ及び十二剣師エトセイヴァと激しく衝突したが、その後の罪の追求はなかった。コウゼンは十二剣師エトセイヴァの円卓会議において、カミットを擁護する立場を堅持していた。それはネビウスがカミットの罪を代償するための情報を与えたからであった。

 イヴトーブは懸念した。彼は直感的に、魔人討伐にはカミットが必要だと感じていた。空の都(パラテラ)きのこの根地の戦いを経て、そのように信じるようになっていた。

「では本当に大きな戦いがあるんだね。カミットはどうするつもりだい?」

「彼は子供だからな。私は元々怒ってもいないし、おきてによって彼を裁くつもりもない」

「なるほど。新しい守り子がおきてに厳しくないのは、市民は暮らしやすくなりそうだね」

「締めるべきところは締めるつもりだ」

「カミットを戦いに参加させるなら、事前に円卓に承認してもらった方が良いのでは?」

「いや。彼はナタブ傭兵と連携するだろうから、私達とは別行動だ」

 コウゼンとイヴトーブがこのように深刻な話をしていた頃、カミットは魔人のことなどすっかり頭に無くて、職人組合ギルドで事務仕事の日々を送っていた。コウゼンは魔人の情報をエニネに明かしていなかった。エニネとカミットは職人組合ギルド職員として、祝祭の準備に関わる仕事を続けていた。

 エニネは中級職員としては例外的に守り子の代替わりが行われることを知っていて、神経を尖らせて仕事に当っていた。そのことを知っているということなら、カミットも同じで、彼らは秘密を共有する仲だった。

 休憩のとき、エニネはぼやいた。

「みんな、気楽よね。今度の祝祭は大変だっていうのに」

 カミットはエニネの横で果実のジュースをごくごく呑んでいた。彼は口の周りを服のすそでごしごし拭いた。

「でもさ、その分、生贄いけにえのご馳走がいっぱいになるんでしょ!」

 エニネは吹き出して笑った。

「そうね。うたげのご馳走は食べきれないほどになるわ」

「楽しみだね!」

 荒れ地の都(ペキ)では、彼らは祝祭の夜を二人で過ごした。大地の祝祭はこれといったトラブルもなく、全てが予定通りに穏やかに行われた。カミットとエニネは今回の祝祭もそうなるだろうと思っていた。

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