第167話 太陽の祝祭(12)「新しい家族」
カミットは手綱で繋いだ猪の子を持ち帰った。
ネビウスはそれを家には入れさせず、玄関扉の前に立ち塞がった。
「誰にもらったって言ったかしら?」
「シグルマだよ! ネビウスの友達でしょ!」
「友達? んー、そうだったかしら」
ここにシグルマはいなかった。彼は太陽の都には来ず、現地で調査を続けるなどと言って、猪の山に残ったのである。
そこへネビウスと親しい古の民のヴェヴェがやってきた。彼は重々しい様子で言った。
「魔物飼いが現れたか」
「嫌な予感はしてたのよ」
「大化身を打ち負かす仙馬などありえぬと思っていたが……」
「シグルマは調教が上手くいって、ご満悦ってところかしら。こっちは大迷惑なんだけど」
カミットは大人たちが深刻に話し込むのを見て、事情を察した。彼は隣で大人しくしている猪の子を見た。小さな猪がつぶらな瞳でカミットを見上げていた。カミットは無責任に助けた命が結局助からないかもしれないことに、すまなく思った。
「君を飼えないかもしれないや。ごめんね」
カミットが落ち込んでいると、ネビウスは彼に言った。
「その手綱を見せなさい」
ネビウスはカミットが持っている手綱を手にした。ヴェヴェも近寄って、興味深そうに観察した。
「これは逸品だな」
「この手綱が呪い猪を完璧に封じ込めてるわ」
「それならば、カミットに飼わせても、何ら問題はないのでは?」
カミットはそれまで静かに様子を伺っていたが、ヴェヴェの発言を聞いて、思わず割り込んでしまった。
「本当!?」
ネビウスはヴェヴェを睨んだ。
「余計なことを言わないのよ」
「君はこの猪の呪いを引き受けるつもりはないのだろう?」
「当たり前でしょ」
「どうせ誰かが引き受けねばならぬ。カミットはもう十二歳なのだし、自分で選んだことの責任を負わせても良い頃だ。魔物飼いは封呪の手綱を寄越したのだし、最低限の気配りはしている」
「気配りの仕方がおかしいのよ」
ネビウスはこれでもかと大きなため息をついてみせてから、カミットに命じた。
「この子猪をきちんと洗ってきなさい。世話はあなたがするのよ。ミーナに押し付けるのも駄目よ」
カミットはたちまち喜んだ。
「やったあ! ネビウス! ありがとう!」
彼は手綱を引いて、猪を家の裏手にある小さな庭に連れて行った。
このあとカミットは洗ってさっぱりさせた猪の子を家に連れ帰った。家の中で手綱をつけておくのは気の毒だと思い、彼はそれを外してやった。
次の瞬間、大人しかった猪の様子が豹変し、牙から火を吹いて、居間の中を走り回って大暴走した。家具はめちゃめちゃに壊れ、あちこちに火が燃え渡った。
カミットは森の呪いに念じて、どうにかさせようと思った。
ところがカミットが何をせずとも、猪は暴れるのを止めて、怯えだした。さらに不思議なことには、放たれた火は家具類や書類を燃やすことなく、ゆらゆらと揺れて留まっていた。
台所から、夕食の鍋を持ったネビウスが現れた。彼女の髪は燃えるように赤く光っていて、左右の眼は青と赤の輝きをそれぞれ宿していた。その赤い瞳が全ての火を支配していて、家が火事にならずに済んだのであった。
ネビウスは鍋を食卓に置いてから、猪の子に赤い宝石が埋め込まれた首輪を付けた。すると猪が起こした周囲の火が萎んで消えてしまった。
家の中はめちゃくちゃになっていたが、ネビウスは食卓の準備をそのまま続けた。ミーナは騒ぎに驚いて、台所から居間の様子を伺って、その惨状に言葉を失っていた。
ネビウスがこの最初の事件に驚かなかったのは、生まれてまもない呪い子を育てるにあたって、家財の損害はあまりにも当たり前だったからであった。彼女はカミットなどよりもよっぽど覚悟が決まっていたので、火の猪が起こす災難に少しも動じなかった。
こうして火の呪いを宿した猪の子が家族の一員となった。
カミットは猪に名を付けるという発想を持たなかったが、ネビウスがしばしば「ヤージェ」と呼んだので、それが一家の新入りの呼び名になった。
【おしらせ】
私用につき、2023年3月頃まで更新をお休みします。
2022年12月7日:猪の名を「ベヘムス」としていたのを「ヤージェ」と変更しました。
2022年11月17日「第28話 東の港街(6)悩める母」について、描写とルビの追加をしました。




