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ネビウスクロニクル  作者: 石井
太陽の都編
167/259

第167話 太陽の祝祭(12)「新しい家族」

 カミットは手綱たづなつないだいのししの子を持ち帰った。

 ネビウスはそれを家には入れさせず、玄関げんかんとびらの前に立ちふさがった。


「誰にもらったって言ったかしら?」

「シグルマだよ! ネビウスの友達でしょ!」

「友達? んー、そうだったかしら」


 ここにシグルマはいなかった。彼は太陽の都(ソルガウディウム)には来ず、現地で調査を続けるなどと言って、いのししの山に残ったのである。

 そこへネビウスと親しいいにしえの民のヴェヴェがやってきた。彼は重々しい様子で言った。


「魔物飼いが現れたか」

「嫌な予感はしてたのよ」

大化身だいけしんを打ち負かす仙馬ボレマロゴなどありえぬと思っていたが……」

「シグルマは調教が上手くいって、ご満悦まんえつってところかしら。こっちは大迷惑なんだけど」


 カミットは大人たちが深刻に話し込むのを見て、事情をさっした。彼はとなりで大人しくしているいのししの子を見た。小さないのししがつぶらなひとみでカミットを見上げていた。カミットは無責任に助けた命が結局助からないかもしれないことに、すまなく思った。


「君を飼えないかもしれないや。ごめんね」


 カミットが落ち込んでいると、ネビウスは彼に言った。


「その手綱たづなを見せなさい」


 ネビウスはカミットが持っている手綱たづなを手にした。ヴェヴェも近寄って、興味深そうに観察した。


「これは逸品いっぴんだな」

「この手綱たづなが呪いしし完璧かんぺきに封じ込めてるわ」

「それならば、カミットに飼わせても、何ら問題はないのでは?」


 カミットはそれまで静かに様子をうかがっていたが、ヴェヴェの発言を聞いて、思わず割り込んでしまった。


「本当!?」


 ネビウスはヴェヴェをにらんだ。


「余計なことを言わないのよ」

「君はこのししの呪いを引き受けるつもりはないのだろう?」

「当たり前でしょ」

「どうせ誰かが引き受けねばならぬ。カミットはもう十二歳なのだし、自分で選んだことの責任を負わせても良い頃だ。魔物飼いは封呪ふうじゅ手綱たづな寄越よこしたのだし、最低限の気配りはしている」

「気配りの仕方がおかしいのよ」


 ネビウスはこれでもかと大きなため息をついてみせてから、カミットに命じた。


「この子猪こししをきちんと洗ってきなさい。世話はあなたがするのよ。ミーナに押し付けるのも駄目だめよ」


 カミットはたちまち喜んだ。


「やったあ! ネビウス! ありがとう!」


 彼は手綱たづなを引いて、いのししを家の裏手にある小さな庭に連れて行った。

 このあとカミットは洗ってさっぱりさせたいのししの子を家に連れ帰った。家の中で手綱たづなをつけておくのは気の毒だと思い、彼はそれを外してやった。

 次の瞬間、大人しかったいのししの様子が豹変し、ひばから火を吹いて、居間の中を走り回って大暴走した。家具はめちゃめちゃに壊れ、あちこちに火が燃え渡った。

 カミットは森の呪いに念じて、どうにかさせようと思った。

 ところがカミットが何をせずとも、いのししは暴れるのをめて、おびえだした。さらに不思議なことには、放たれた火は家具類や書類を燃やすことなく、ゆらゆらとれてとどまっていた。

 台所から、夕食のなべを持ったネビウスが現れた。彼女の髪は燃えるように赤く光っていて、左右の眼は青と赤の輝きをそれぞれ宿していた。その赤いひとみが全ての火を支配していて、家が火事にならずに済んだのであった。

 ネビウスはなべを食卓に置いてから、いのししの子に赤い宝石が埋め込まれた首輪を付けた。するといのししが起こした周囲の火がしぼんで消えてしまった。

 家の中はめちゃくちゃになっていたが、ネビウスは食卓の準備をそのまま続けた。ミーナはさわぎにおどろいて、台所から居間の様子をうかがって、その惨状さんじょうに言葉を失っていた。

 ネビウスがこの最初の事件に驚かなかったのは、生まれてまもない呪い子を育てるにあたって、家財の損害はあまりにも当たり前だったからであった。彼女はカミットなどよりもよっぽど覚悟が決まっていたので、火のいのししが起こす災難さいなんに少しも動じなかった。

 こうして火の呪いを宿したいのししの子が家族の一員となった。

 カミットはいのししに名を付けるという発想を持たなかったが、ネビウスがしばしば「ヤージェ」と呼んだので、それが一家の新入りの呼び名になった。

【おしらせ】

私用につき、2023年3月頃まで更新をお休みします。


2022年12月7日:猪の名を「ベヘムス」としていたのを「ヤージェ」と変更しました。

2022年11月17日「第28話 東の港街(6)悩める母」について、描写とルビの追加をしました。

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