表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ネビウスクロニクル  作者: 石井
太陽の都編
166/259

第166話 太陽の祝祭(11)「野生の呪い子」

 シグルマはその子どものいのししをとてつもないお宝であるかのようにして、カミットに見せた。

 カミットは大喜びした。


「ネビウスに丸焼きにしてもらおう!」


 シグルマはカミットの反応にがっくりと拍子ひょうし抜けして、彼に注意した。 


阿呆あほう! 魔獣を焼いて食うやつがあるか!?」

「食べちゃだめなの? だったららないや」

かんにぶいやつだな。あれは火の力を持った獣の中でも稀有な、霊力れいりょくに満ちた魔獣だ。大人になれば、そのきばあしでもって、どんな密集陣形ファランクスをも打ちくだくだろうよ!」

「ふーん。そっか」


 カミットは知らない言葉の意味を聞かずに、そのまま流した。

 シグルマの宣伝文句がカミットにはさっぱりひびいていなかった。シグルマは腕組みをしてうなった。


「おまえさんは突破力のある騎馬きばがいかに有用か分かっていないか」

「突破力!?」

「お?」


 その言葉は少年の想像力を刺激した。カミットは興奮しだした。彼は戦いにおいてはしばしば生まれ持った小柄な体格を不利に思うことがあった。その不得意をおぎなえるものはぜひとも欲しかった。


「魔人を倒すのに役立つかな?」


 シグルマはきっかけを得るや、たちまちそこに集中した。


「おうとも! 敵であれば何であれだ! 怒りの火を全身にまとって、血肉を燃え上がらせ、痛みを忘れ、眼の前の敵を粉砕ふんさいするまで走り続ける! それが火のいのししだ!」

「すごい!」

「どうだ? 欲しいか?」

「欲しい!」

「よおし。ただ、それにはもう少しやらねばならないことがあるんだが、その前にずは少し触れ合ってみるのが良いだろうな!」

「んん?」


 ここでカミットはすぐさま警戒けいかいした。魔物飼いが養豚農家や羊飼いなどとどう異なるのかを彼は知らなかった。魔物飼いには組合がないので、ありふれた職種でもないだろうと思われた。

 秘境の里を出て以来、カミットはそれなりに世の中を見て回った。そのため彼は世の中の人々がそれほど親切ではないし、財産を意味もなくゆずり渡すこともないと知っていた。ところがいざ受け取ってしまったら、もはやカミットの所有ということにななる恐れがあった。

 シグルマは手袋やら何やら、いろいろと用意しだして、火のいのししおりから出す準備をしていた。

 カミットはシグルマに言った。


「僕、そんなにお金ないよ。ネビウスも買ってくれるか分からないし」

「おい、おい。金などらぬ。俺は同族やその親族にはけ物どもの対価は受け取っていない。これは俺の純然じゅんぜんたる厚意こういだ」

「え!? そうなの?」

「あっはっは。たとえばな、ネビウスはお前さんを育てるときに、そのために掛かった費用を取り立てたか?」

「そんなことしないよ」

「ネビウスのつるんでる友達どもはお前さんに何かを請求したか?」

「そっか! シグルマはネビウスの昔からの友達だもんね!」

「そういうことだ」


 シグルマはすっかり準備をととのえて、火のいのししおりから取り出そうとした。そうして彼がおりを開けた瞬間であった。

 火のいのししはすさまじい脚力で飛び出し、シグルマに頭突ずつきした。


「んぐごっ!?」


 シグルマは悲痛に叫んで、頭を抑えた。彼は「痛え、痛え」と叫んで、転げ回った。

 火のいのししはその駆けたあとに火を起こしながら、走り去った。

 シグルマは大声で言った。


「ああ! 大変だあ! カミットよ。あれを捕まえてこないと、近くの山が火事になってしまうぞ!」


 カミットはそんなことになっては大変だと思い、

「捕まえてくる!」とさけんで、火のいのししを追いかけて、走っていった。


 カミットが去った後で、シグルマは顔を抑えていた手を外し、むくりと起き上がり、全くの無表情でおりなどを片付け始めた。





 カミットが火のいのししを追いかけていると、いのししの群れが別方向から突進してきた。戦いになるかと思われたが、いのししたちはカミットには襲いかからず、並走しだした。彼らは逃げている子供のいのししを追いかけているらしかった。

 結局、いのししの群れの目的はシグルマによって奪われた子供だったのだ。シグルマがたくみに隠していたので、子供の行方が分からず、いのししたちは手当たり次第に人里や農家を襲っていたのである。カミットはそのことに気づき、走るのを止めた。いのししたちを見送る彼の気持ちは温かった。

 彼は去りゆくいのししたちに語りかけた。


「家族は一緒が一番だよね!」


 カミットが安堵あんどした直後であった。

 ちょうどいのししの家族が合流したであろうあたりで、炎が吹き上がった。火はたちまち辺りの草木に燃え広がった。

 カミットは何事かと思い、すぐさま駆けつけた。彼はこのまま山火事になってはまずいと思って、自らの森の呪いに命じて、水泡を生み出す不思議な木々を生み出して、火事に対応させた。その一方で、彼自身はいのししたちの観察に集中した。

 燃え落ちる木々の中、いのししの群れが小さな子供を遠巻きに取り囲んでいた。いのししたちは恐ろしい声でえ合って、彼らの雰囲気ふんききおだやかではなかった。

 子供のいのししは群れに混ざろうとして走っていくが、これを大人のいのししえておどかして、近づかせなかった。

 子供のいのしし懇願こんがんするかのように必死にえたが、群れのいのししたちはけっして受け入れなかった。

 そしてあろうことか、いのししの群れはその小さな子供のいのししを踏みつけて殺そうとしだした。

 カミットはその行為の意味を理解していた。きっとその小さないのししは呪いを宿して生まれた子供なのだ。ネビウスが以前語っていたことには「野生動物の呪い子はそれぞれの種で呪いの問題を処理している」という。それがまさに今、カミットの眼の前で起ころうとしていた。

 呪い子は危険である。呪いのむしばみによって、やがては人食いの怪物になってしまうからだ。それを未然に防ぐために神殿や継承一門カイラの戦士たちが存在している。自然の中にもその不都合を解消するための本能が野生動物にそなわっている。

 シグルマは魔物飼いを名乗った。

 ところがこの世に魔物飼いという職業は存在しない。なぜなら終わりの島(エンドランド)にはどんな職業でも組合があって、魔物飼いの組合は存在しないからだ。したがってシグルマは職人組合ギルドに登録される正規の職人ではないのだ。

 魔物というのが呪い子のことならば、もしかしたら飼いならすことで、その呪いと和解させられるのではないかと思われた。世には知られていなくても、いにしえの民ならばそういう特別な知恵と技を持っているかもしれなかった。

 いのししの子供は悲痛な叫びを上げて、助けを求めているように見えた。

 カミットは決意を固め、突進した。彼はいのししの群れの中に分け入り、子供のいのししの前に立った。彼はいのししの群れに向かって吠えた。


「あっちいけ!」


 猪たちは珍妙な乱入者に少し戸惑とまどっていたが、やがて群れの一頭がカミットに向かって突進した。

 カミットは逃げることなく、その場に立ち続けた。

 彼には森の呪いがあった。

 その呪いは宿主やどぬしの危機のときには力強く守ってくれるのがお決まりだった。たとえそれが燃え盛る火の海の中であろうと。

 いのししがカミットに突撃しかけたとき、巨樹が大地を割って出てきて、いのししを受け止め、押し返した。

 いのししたちは騒然としたが、その立派なきばから火を吹かせて威嚇いかくした。

 巨樹の方はそんな威嚇いかくはお構いなしであった。大きなふさに水泡をたくわえる花を咲かせると、それを辺りにき散らして雨を降らせた。

 火のいのししたちは分が悪いと見てか、しばらく吠え続けた後で退散した。





 シグルマは高所の岩の上に立ち、カミットがいのししの群れを退しりぞける様子を眺めていた。彼はうそぶいた。


「カミットめ。やはりけ物を連れていたか。いや、もしやあれは……」


 このときシグルマは周囲の気配を察した。彼はにやりと笑って、わざと周りに聞こえるように言った。


「狩人ども。狩るべき相手は俺ではなかろう」


 十一人の傭兵ようへいが大岩を取り囲んでいた。

 カリドゥスが岩にのぼって言った。


「俺もそれなりに経験してきたが、貴様ほどあやしいやつには会ったことがない」


 シグルマはこれを言われて、声をあげて笑った。

 カリドゥスは剣を突きつけて言った。


いのししが暴れているのは貴様のせいか。貴様を殺せば、獣どもは大人しくなるかな?」

「その問題はじきに解決する。呪いを受け持つ者が現れたからな。ほれ、見ろ!」


 シグルマの視線の先では、カミットがいのししの子供を抱き上げていた。

2022年11月16日「第27話 東の港街(5)槍の加護」について、描写の修正とルビの追加をしました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ