第164話 太陽の祝祭(9)「野山の散歩」
カリドゥスがカミットを害獣駆除につれていきたいと申し出たことは、エニネにとって悪い提案ではなかった。最近のカミットは仕事のやる気が無くなっていることに、エニネは気づいていたからだ。彼の生活に少し変化を与えることが、おそらく現在の落ち込みを上向かせるだろうと、エニネは考えた。
しかし職人組合の正規職員を傭兵の扱いで外部からの依頼に派遣するわけにはいかなかった。
そこでエニネはカミットに一応の名目を与えた。すなわちカミットの使命は職人組合調査員として、呪いに関わる怪物の記録をすることであった。
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カリドゥスは十人の配下を連れて、太陽の都の支配域の北西の端の方、太古の森に近い野山を訪れた。
カミットはカリドゥスの配下ではなかったが、傭兵団に同行していた。
両者はこれまでの魔人との戦いで良い連携を築いたことで信頼関係ができていた。そのためカミットは傭兵一行に昔からの仲間のようにしてすぐに溶け込んだ。
野山を歩く道すがら、カミットは近頃学んだ自然や動物に関する知識を得意になって披露した。すると年長の友人たちはおもしろがってカミットを囃し立て、話し手が心地よくなるような合いの手を入れたので、カミットはいっそう調子に乗った。
カミットは孤高のカリドゥスにも気兼ねなく話しかけた。
「ねえ! カリドゥスは猪の牙が燃えるのを知ってる?」
「見るのは初めてだな」
「僕も初めてだよ! 楽しみだね!」
「そうだな」
カリドゥスは楽しげに応じたが、彼の笑顔は控えめだった。彼は皮肉屋でであり、普段から大声で笑ったりはしなかった。
彼は荒くれ者の傭兵たちを統率する指揮官であり、傭兵団「三体殺し」において格別に尊重されていた。
したがって誰もカリドゥスに向かって乱暴な物言いはしないし、あまり親しい態度も取らない。その点ではカミットの振る舞いはときどき他の傭兵たちを不安にさせていた。
そんなカリドゥスがカミットには特別に甘かった。彼は必ずしも面倒見の良いお兄さんなどではなかったし、むしろうるさい子供などは嫌いですらあった。それでもカミットの行動については、それがどんなものであれ、カリドゥスは苛つく気配を微塵も出さなかった。実際、そのような負の感情はカリドゥスの内心においても一切なかった。
それは彼らの森の魔人討伐での出会いが最高のものであったからであり、今日に至るまでその関係に少しの傷もついておらず、それどころか常に互いに有意義な結果のみを残してきたからであった。
傭兵はしばしば縁起を重んじた。カリドゥス本人は知識階級に近い出身であったのでその傾向は強くなかったが、彼の配下の戦士たちはカミットが大好きであった。彼らはカミットを連れて行くことによって、仕事が上手くいくと信じていた。
そして実は、魔人がいつまで経っても姿を現さず、時間が無為に過ぎていくことは、それ自体がカリドゥスにとっては懸念すべきことであった。なぜならカリドゥスを持ってしても、傭兵たちを制御するのは難事であったからだ。
傭兵たちは痛みや危険を恐れないという長所を持ちつつ、平凡な日常生活を送る上では短所が多かった。都市生活は誘惑も多く、散財してしまって、金に困りだす者まで現れた。彼らに不満や鬱憤を溜め込ませ、暇にさせておくことは指揮官にとって危険であった。
そこでタイミングを見て、楽しいピクニックに連れて行ってやることは、傭兵団の経営観点から見て非常に有効と思われた。それには気分の上がるお守りもあった方がなお良かった。だからカリドゥスはカミットを連れてきたのである。
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山奥の養豚農家に着くと、破壊された納屋と一面の焼け野原を前にして、傭兵団の楽しい気分は吹き飛んだ。
カミットはすぐに紙を用意し、現場の状況を文書で記録した。
農夫の話によると、近くの山を長年支配してきた大猪の一族がここ最近になって急に暴れだした。その猪は近くの農家を手当たり次第に襲撃して、家畜の納屋や柵を破壊し、飼育されている豚を山に放つという悪行に及んでいた。しかも猪たちは食べる量がとてつもないので、豚を野に放つついでに飼料や作物を食べていってしまう。その被害は甚だしく、早くに退治できないと、農家は今後やっていかれないという。
カリドゥスは農夫に一応確認を取った。
「その猪は呪い母や呪い子じゃないんだな? どうも何かの目的を持っているような気配がないか?」
「そうであったなら、神殿や職人組合が支援金をくれただろうよ」
「なるほどな」
「役立たず連中の調査によると、本当にただの野生の猪だ。俺たちでは倒せんが、あんたたちならいけるだろう。群れの一番大きいやつを狩れば、勢いが無くなるだろうから、よろしく頼む」
「よし、分かった」
カリドゥスは仲間たちを見やった。傭兵たちはやる気十分であり、彼らは剣や槍を掲げて、カリドゥスに戦う意志を示した。カミットも書くのを止めて、筆を掲げた。
2022年11月13日「第25話 東の港街(3)守り子」について、描写の修正・追加とルビの追加をしました。




