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ネビウスクロニクル  作者: 石井
太陽の都編
160/259

第160話 太陽の祝祭(5)「知識業」

 職人組合ギルドいにしえたみが創設したので、彼らが名付けをした例にれず、古代の言葉で組織の特徴をとらえた名が付けられた。

 ただしその名称にもかかわらず、職人組合ギルドには特別な任務があった。この組織は五大都市の神殿と共に、呪いに関わる終わりの島(エンドランド)全域の安全保障に責任を持つのだ。

 組織の中核を成すのは数と質を両方備えた中級職員である。

 エニネはまさにその中級職員であり、彼女の仕事は土地の呪いの化身や怪物について、調査員から上がってくる情報を分析・判断し、然るべき者に対処させることであった。

 一日職務から離れただけで、エニネの専用机には大量の書簡しょかんが積まれていた。初級職員がざっと目を通して、中級以上の職員に渡すべき案件が抽出ちゅうしゅつされているが、それでもその量はすさまじかった。

 彼女はこの日初出勤した弟子に聞いた。


「文字は読めるのよね?」

「うん!」


 カミットである。彼は元気よく答えた。

 その日、職人組合ギルドの事務方のオフィスはざわついていた。長机がぎっしりと置かれて、それぞれの初級以下の職員は不定の机で並んで仕事をする。中級以上の職員では専用机が与えられるが、壁の仕切りはないので、エニネの様子は他の職員からまるわかりである。

 エニネは「じゃあ読んでおくのよ」と言って、書簡しょかんをカミットに渡し、彼女自身は上級職員の執務室に出向いた。カミットの弟子申請をするためである。エニネは直属の上司に昨日のネビウスとのやり取りを報告し、結論として次のことをべた。


「ネビウス・カミットを私の弟子にします」


 エニネがネビウスにカミットの指導を申し出てから翌早朝、ネビウスはこのことを了承する手紙をエニネに寄越よこしていた。

 エニネの上司は小柄なコーネ人だった。彼は煙草たばこをやりながらこまり顔で言った。


「君は私に相談すべきだと思わなかったのかい?」

「ですので、今しています」

「事後報告でな。ネビウスがそうと了承してしまったのなら、我々が後からひっくり返すわけにもいかないし」


 彼はエニネが提出した届けに「ええい」と言って乱暴に印を押した。エニネは契約書を受け取り、にこりと笑った。


「カミットは私達で制御すべきだと思います」

「可能かね?」

「私ならできますよ。ですが私ではどうにもならないことが一つだけあります」

「きっとそれは私だって無理だろうな」

継承一門カイラが申し立てをしてくるでしょうが、どうぞっぱねるように会長に言ってください」

「今の継承一門カイラはかつてなく強力だ。最強の十二剣師エトセイヴァがこの夏には守り子になるのだから」


 エニネは彼の発言の意味を全て理解していた。職人組合ギルド継承一門カイラの上位であるにもかかわらず、このところ命令をしぶっていたり、過剰なまでに関係性に気をつかっているのもこれが理由だった。

 おきてが禁じているとしても、今後は神殿と継承一門カイラが強いつながりを持つことはあまりにも明らかだった。相対的に職人組合ギルドの力は弱まることになる。

 エニネは言った。


「信仰と武力が一点に集まるのは困りますよね」

「そうだ。我々が先祖代々守ってきたやり方が根底こんていからくずれる可能性だってある。だからな、さわらず、つつかず、穏便おんびんに、というのが会長の方針だ。彼の考えに私も賛同した。均衡きんこうというのはれるから動揺どうようする」

「もちろんこのまま何もしなければ天秤てんびんの支配者はコウゼンになるでしょう。だけど私は職人組合ギルドとしてまだやれることがあると思います」


 話が終わり、エニネが部屋を出ようとすると、彼女の上司は一言助言した。


「エニネ。君は有能だ。私は君を買っている。しかし上級の席は限られている。残念だが、君は歓迎されてはいない。投票があれば、私は一番弟子の君をすだろうが、これまでのように守ることはできない」

「ありがとうございます。でも、戦う覚悟はできていますよ」


 この日、太陽の都(ソルガウディウム)職員組合ギルドとして初のジュカ人の職員が誕生したのであった。





 エニネは代わる代わるやってくる初級職員に対し、質問に回答し、的確な指示を出していた。その横でカミットは何時間も一本の報告書とにらめっこしているばかりであった。

 十二歳のカミットには職人組合ギルド職員の安全担当職の事務方に期待される仕事を行う能力は無かった。彼は読み書きの訓練は最低限しか行ってこなかったし、文章の情報から現場の具体的な状況を想像する力は皆無かいむだった。

 先ず言葉が分からなかった。書き言葉は日常会話の言葉と違って、多様な名詞が登場した。彼は行ったことのない場所の地名や見たことのない動物や呪いの名が出てくるたびに、エニネが徒弟とてい時代に自作したとかいう分厚い辞典で調べねばならなかった。ところが言葉の解説を見ても、やはり理解できないこともあって、カミットは頭が爆発しそうな思いがしながら報告書を読み解いたのであった。

 カミットは家から出られるとあって、最初はやる気満々で息巻いきまいていたが、昼休憩のときにはすっかり気持ちが弱ってしまった。

 食堂でエニネと並んで食事をしている間、彼はうだうだ言った。


「知らないことを知らないのが悪いって言われたってさ、そんなの知らないよ!」


 エニネはふふふと笑った。


「あの辞典を作ったのは私が十歳から十二歳のときだから、今のあなたと同じ頃よ。ちゃんと勉強すれば大丈夫」

「僕だってネビウスがちゃんと教えてくれていれば知らないことは無かったのにさ!」

「何も言ってこない母親だって良いじゃない。子供は気楽だわ」

「僕はそうは思わないな!」


 エニネは次の言葉を言うべきかは少し迷った。彼女はできるだけカミットに説教をしたくなかった。


「あなた、荒れ地の都(ペキ)のベイサリオンのスクールにかよったでしょ?」

「ん? そうだよ」


 ベイサリオンは荒れ地の都(ペキ)の大地の守り子である。彼は私塾を開いていて、子どもたちに神官ドルイドになるための様々な教養を伝授していた。なおカミットはネビウスの推薦すいせんで本来は選ばれし者しか入れないせまわくの中に無理やり入塾したにもかかわらず、一ヶ月足らずで「つまらない」と感じ、ネビウスへの断りもなく無断欠席するようになり、そのまま退学した。

 エニネはさらに聞いた。


「どうして辞めることになったの?」

「んん? なんでそんなこと聞くの?」


 カミットは「これは聞かれたくない」という気持ちが顔に出てしまっていた。たった今の会話で彼はいくつかの矛盾むじゅんさらけ出していた。彼はエニネには多くのことを見抜かれてしまっていた。

 エニネはべつにここで彼を問い詰めるつもりではなかった。


「向き不向きがあるのね。たぶんあなたは必要なことをその場で準備する性格なのよ。私はすごい前からいろいろ準備するけど、無駄むだも多いわ」


 カミットはねて、口をとがらせた。


「ふーん。僕がいろいろ知らないのはネビウスのせいじゃないって言いたいんだね」


 エニネはくすりと笑った。


「もし良ければ、じゅくを紹介するわよ? 朝から晩まで、お勉強するところだけど」


 カミットはエニネのからかいに気づいて怒った。


「そんなところ絶対行きたくないよ!」

「じゃあここでがんばりなさい」

「なんだよ。大人ってだな!」


 エニネと言えば、史上最年少で中級職員に昇進し、上司には楯突たてつく、豪族に向かって言いたい放題など、彼女自身が良くも悪くもとがった評判の人であった。仕事において有能であることは誰もが認めるところだが、近寄りがたい雰囲気ふんいきの人であった。エニネは他の職員と私的な交流を持つこともなく、彼女は「恐ろしい」「謎めいている」という印象を持たれていた。

 そんな彼女が時折笑顔まで見せる相手がジュカ人の男の子であるカミットであった。周囲の職員たちはこういった別の点でも、エニネの隠されていた一面に驚き、ざわついたのであった。

お読みいただきありがとうございます。

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