第160話 太陽の祝祭(5)「知識業」
職人組合は古の民が創設したので、彼らが名付けをした例に漏れず、古代の言葉で組織の特徴を捉えた名が付けられた。
ただしその名称にもかかわらず、職人組合には特別な任務があった。この組織は五大都市の神殿と共に、呪いに関わる終わりの島全域の安全保障に責任を持つのだ。
組織の中核を成すのは数と質を両方備えた中級職員である。
エニネはまさにその中級職員であり、彼女の仕事は土地の呪いの化身や怪物について、調査員から上がってくる情報を分析・判断し、然るべき者に対処させることであった。
一日職務から離れただけで、エニネの専用机には大量の書簡が積まれていた。初級職員がざっと目を通して、中級以上の職員に渡すべき案件が抽出されているが、それでもその量はすさまじかった。
彼女はこの日初出勤した弟子に聞いた。
「文字は読めるのよね?」
「うん!」
カミットである。彼は元気よく答えた。
その日、職人組合の事務方のオフィスはざわついていた。長机がぎっしりと置かれて、それぞれの初級以下の職員は不定の机で並んで仕事をする。中級以上の職員では専用机が与えられるが、壁の仕切りはないので、エニネの様子は他の職員からまるわかりである。
エニネは「じゃあ読んでおくのよ」と言って、書簡をカミットに渡し、彼女自身は上級職員の執務室に出向いた。カミットの弟子申請をするためである。エニネは直属の上司に昨日のネビウスとのやり取りを報告し、結論として次のことを述べた。
「ネビウス・カミットを私の弟子にします」
エニネがネビウスにカミットの指導を申し出てから翌早朝、ネビウスはこのことを了承する手紙をエニネに寄越していた。
エニネの上司は小柄なコーネ人だった。彼は煙草をやりながら困り顔で言った。
「君は私に相談すべきだと思わなかったのかい?」
「ですので、今しています」
「事後報告でな。ネビウスがそうと了承してしまったのなら、我々が後からひっくり返すわけにもいかないし」
彼はエニネが提出した届けに「ええい」と言って乱暴に印を押した。エニネは契約書を受け取り、にこりと笑った。
「カミットは私達で制御すべきだと思います」
「可能かね?」
「私ならできますよ。ですが私ではどうにもならないことが一つだけあります」
「きっとそれは私だって無理だろうな」
「継承一門が申し立てをしてくるでしょうが、どうぞ突っぱねるように会長に言ってください」
「今の継承一門はかつてなく強力だ。最強の十二剣師がこの夏には守り子になるのだから」
エニネは彼の発言の意味を全て理解していた。職人組合は継承一門の上位であるにもかかわらず、このところ命令を渋っていたり、過剰なまでに関係性に気を遣っているのもこれが理由だった。
掟が禁じているとしても、今後は神殿と継承一門が強い繋がりを持つことはあまりにも明らかだった。相対的に職人組合の力は弱まることになる。
エニネは言った。
「信仰と武力が一点に集まるのは困りますよね」
「そうだ。我々が先祖代々守ってきたやり方が根底から崩れる可能性だってある。だからな、触らず、突かず、穏便に、というのが会長の方針だ。彼の考えに私も賛同した。均衡というのは触れるから動揺する」
「もちろんこのまま何もしなければ天秤の支配者はコウゼンになるでしょう。だけど私は職人組合としてまだやれることがあると思います」
話が終わり、エニネが部屋を出ようとすると、彼女の上司は一言助言した。
「エニネ。君は有能だ。私は君を買っている。しかし上級の席は限られている。残念だが、君は歓迎されてはいない。投票があれば、私は一番弟子の君を推すだろうが、これまでのように守ることはできない」
「ありがとうございます。でも、戦う覚悟はできていますよ」
この日、太陽の都の職員組合として初のジュカ人の職員が誕生したのであった。
※
エニネは代わる代わるやってくる初級職員に対し、質問に回答し、的確な指示を出していた。その横でカミットは何時間も一本の報告書と睨めっこしているばかりであった。
十二歳のカミットには職人組合職員の安全担当職の事務方に期待される仕事を行う能力は無かった。彼は読み書きの訓練は最低限しか行ってこなかったし、文章の情報から現場の具体的な状況を想像する力は皆無だった。
先ず言葉が分からなかった。書き言葉は日常会話の言葉と違って、多様な名詞が登場した。彼は行ったことのない場所の地名や見たことのない動物や呪いの名が出てくるたびに、エニネが徒弟時代に自作したとかいう分厚い辞典で調べねばならなかった。ところが言葉の解説を見ても、やはり理解できないこともあって、カミットは頭が爆発しそうな思いがしながら報告書を読み解いたのであった。
カミットは家から出られるとあって、最初はやる気満々で息巻いていたが、昼休憩のときにはすっかり気持ちが弱ってしまった。
食堂でエニネと並んで食事をしている間、彼はうだうだ言った。
「知らないことを知らないのが悪いって言われたってさ、そんなの知らないよ!」
エニネはふふふと笑った。
「あの辞典を作ったのは私が十歳から十二歳のときだから、今のあなたと同じ頃よ。ちゃんと勉強すれば大丈夫」
「僕だってネビウスがちゃんと教えてくれていれば知らないことは無かったのにさ!」
「何も言ってこない母親だって良いじゃない。子供は気楽だわ」
「僕はそうは思わないな!」
エニネは次の言葉を言うべきかは少し迷った。彼女はできるだけカミットに説教をしたくなかった。
「あなた、荒れ地の都のベイサリオンのスクールに通ったでしょ?」
「ん? そうだよ」
ベイサリオンは荒れ地の都の大地の守り子である。彼は私塾を開いていて、子どもたちに神官になるための様々な教養を伝授していた。なおカミットはネビウスの推薦で本来は選ばれし者しか入れない狭い枠の中に無理やり入塾したにもかかわらず、一ヶ月足らずで「つまらない」と感じ、ネビウスへの断りもなく無断欠席するようになり、そのまま退学した。
エニネはさらに聞いた。
「どうして辞めることになったの?」
「んん? なんでそんなこと聞くの?」
カミットは「これは聞かれたくない」という気持ちが顔に出てしまっていた。たった今の会話で彼はいくつかの矛盾を曝け出していた。彼はエニネには多くのことを見抜かれてしまっていた。
エニネはべつにここで彼を問い詰めるつもりではなかった。
「向き不向きがあるのね。たぶんあなたは必要なことをその場で準備する性格なのよ。私はすごい前からいろいろ準備するけど、無駄も多いわ」
カミットは拗ねて、口を尖らせた。
「ふーん。僕がいろいろ知らないのはネビウスのせいじゃないって言いたいんだね」
エニネはくすりと笑った。
「もし良ければ、塾を紹介するわよ? 朝から晩まで、お勉強するところだけど」
カミットはエニネのからかいに気づいて怒った。
「そんなところ絶対行きたくないよ!」
「じゃあここでがんばりなさい」
「なんだよ。大人って嫌だな!」
エニネと言えば、史上最年少で中級職員に昇進し、上司には楯突く、豪族に向かって言いたい放題など、彼女自身が良くも悪くも尖った評判の人であった。仕事において有能であることは誰もが認めるところだが、近寄りがたい雰囲気の人であった。エニネは他の職員と私的な交流を持つこともなく、彼女は「恐ろしい」「謎めいている」という印象を持たれていた。
そんな彼女が時折笑顔まで見せる相手がジュカ人の男の子であるカミットであった。周囲の職員たちはこういった別の点でも、エニネの隠されていた一面に驚き、ざわついたのであった。
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