第159話 太陽の祝祭(4)「繋がる縁」
カミットはエニネを居間に案内して、ソファに座らせた。彼は客をもてなした経験がなかったので、想像を働かせて、とりあえずネビウスの書斎から葡萄酒を持ってきて、盃で乾杯しようと考えた。そうして彼が食卓の上で準備をしていると、エニネが注意した。
「カミット、それはお酒ね?」
「そうだよ!」
カミットはハッとして言った。掟は子どもの飲酒を禁じているのだ。
「エニネだけ飲めばいいよ。僕は飲まないから! ……僕、まだ大人じゃないからね」
カミットは言いながら落ち込んでいた。
エニネは喉が乾いていた。彼女はカミットに水をもらえるよう頼んだ。カミットは台所に走って、カップに水を入れて持ってきた。
「水だよ!」
「ありがとう」
「どういたしまして!」
ネビウス邸の居間は、食卓の周りだけは片付いていたが、それ以外の場所はネビウスの私物らしい書簡や古代の遺物が散らかっていて、貧民街の雑居の長屋ならともかく、とてもきちんとした人物の住居とは思われない様子だった。エニネは「掃除夫を雇ったら?」と言いたくなったが、ネビウスを批判することになるので、ぐっと堪えた。いずれにせよ、このような環境で子どもたちが社会常識を備えた大人に育つのか、エニネには疑わしかった。
エニネはネビウスと話をするつもりで来たのだったが、念のためカミットからも聞き取りをしようと考えた。
「継承一門のことだけど、聞いてもいいかしら?」
カミットはエニネの向かいに座って、表情を強張らせた。
「僕は何も悪くないよ」
「あなたを叱るつもりはないわ。あなたの考えを聞かせて」
カミットは森の民が差別されたり、暴力に晒されるべきではないこと、そのことを強い影響力を持つコウゼンが民衆に命じるべきだと考えたことを話した。
「自慢じゃないし、僕が一人でやったことじゃないけど、僕は魔人を三体も倒したんだよ」
「すばらしいことよ」
エニネは心から言った。
カミットは少しほっとした様子で、これまでの経験をぽつぽつと話し始めた。
「魔人を倒すとみんな喜んでくれた。東の港街のヨーグ人は最初は僕が森の民だからって言って嫌いだったけど、魔人を倒した後は仲良くしてくれたんだ」
「そうだったのね」
「だからさ。僕は太陽の都でも魔人を倒すよ。そしたら、きっと皆、僕の言うことを聞いてくれると思うんだ。森の民だって、皆と一緒に仲良くできるって思ってもらえるんじゃないかな」
「本当にすばらしい考えだわ」
エニネは言葉とは裏腹に、その眼差しには哀れみがこもっていた。
カミットは口を尖らせた。
「僕は間違っているのかな?」
「いいえ。きっと間違っているのは世の中の方ね」
カミットは一転して笑顔になった。
「そうだよね!」
「でも、そうだからと言って、無理やり相手に言うことを聞かせるのはまずいわ。それじゃあ上手くいかない」
カミットは再び落胆した。
実はエニネは自らが発している言葉が薄ら寒く、彼女自身に突き刺さるように感じていた。思い通りにいかないからと、手段を選ばず、啖呵を切って、やりたい放題しているのは彼女そのものだった。
今だって掟を破り、十二剣師コウゼンと秘密裏に連絡し合っている。全ては彼女の思惑を押し通すためである。今日、エニネはカミットを叱るつもりがなかったのは本当で、彼女は自身にその資格がないと思っていた。
エニネは職人組合職員として、輝く経歴を形成してきた。
しかし上級職への昇進が今一歩届いていなかった。彼女に不足している能力は指導力、調整力とされていた。
このあとネビウスが帰ってくるまで、エニネはカミットの旅の思い出を聞いた。カミットは緊張が解れて、楽しげに語ったのであった。彼が何を考え、どのようなことを学び、経験してきたかをエニネはよく理解した。
やがてネビウスがミーナを連れて、帰宅した。ネビウスはエニネを見ると、良い顔をしなかった。ネビウスの一言目は挨拶もなく、敵意に満ちていた。
「あのときの生意気な小娘ね。勝手に人の家に入るんじゃないわ」
カミットがエニネを庇って言った。
「僕が入ってもらうようにしたんだよ」
これに対して、ネビウスはただ一言だけ、
「カミット。部屋に行ってなさい。今は大人の話し合いをしているの」と言った。
カミットは口をひん曲げて、ネビウスを睨みつけて、ずかずかと歩いて部屋から出ていった。
エニネはネビウスに言った。
「あなたにお願いがあって来たの」
「打算に付き合ってられないわ」
エニネは義兄のカリドゥスにカミットを預ける計画を急遽変更した。
「カミットを私の弟子にするわ。荒れ地の都でもそういうつもりだったんでしょ?」
ネビウスはぽりぽりと頭をかいた。彼女は二年前のことも知っていて、エニネに聞いた。
「前は投げ出したくせに?」
「あの頃は若かったから」
「十五歳も十七歳も一緒よ」
「いいえ。今は十八歳よ」
ネビウスは腕組みをして唸った。そして言った。
「駄目よ! 打算だけの小娘にうちの子は預けない! 帰ってちょうだい!」
こんなことを言われて、エニネはつい怒りそうになったが、ぐっと堪えた。彼女はなおも説得だけに専念した。
「彼は有望でしょ。こんな家に閉じ込めておいてどうするの。太陽の都にいる間に、可能な経験を少しでも多くさせるべきだわ」
「私はあんたみたいなお堅くて、お高い、連中が大嫌いなのよ! 賢い振りして偉そうに!」
今回ばかりはエニネにも難しい戦いであった。職人組合という後ろ盾を持って押し切ったり、内部の評価を背景に権力争いをするのとは訳が違う。
ネビウスはただ強靭な個人である。しかも今回はどうやらエニネにカミットを取られるのが嫌でたまらない様子で、かなり感情的になっていた。
エニネに使える武器は純粋な言葉だけであった。彼女は最後にもう一押しだけした。
「彼には公的な立場が必要よ。継承一門と事件を起こしたことを相殺できるだけの、強くて、確かな立場がね」
エニネはこれ以上は言わず、ネビウス邸を後にした。
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2022年11月3日「第18話~第22話」までの描写の修正とルビの追加をしました。特にベイサリオンの外見描写などについて変更を適用しました。




