第156話 太陽の祝祭(1)「家族の朝食」
カミットはこれまで通りに街を歩ける状況ではなくなった。
ネビウスが彼の外出を明確に禁じたからである。この対処は継承一門の面子を潰したことに対する、ネビウスの暗黙の配慮だった。
ところがカミットは家の中でじっとしていられる性格ではなかった。彼は表通りから離れた古の民の一族の街の奥まった通りにあるネビウスの邸宅で鬱屈とした時間を過ごした。
その日は朝早くに起きたというのに、カミットはやることもなく、ソファに寝転がっていた。心配したミーナが彼に声をかけた。
「大丈夫?」
カミットはミーナの気遣いに苛ついてしまって八つ当たりした。
「大丈夫じゃないよ! 僕は悪くないのにさ!」
「うん。ごめんね。そうだよね」
カミットは寝返りを打って、ミーナが突っ立っているのを見た。ミーナは太陽の都でも神殿通いをしていおり、彼女はカミットよりも太陽の神殿に詳しいはずだった。
「ミーナは神殿に行ってるんだよね? どんな感じ? 守り子様は元気?」
「えっと。太陽の神殿は、すごい呪いの感じがする。守り子様には会ったことないわ」
「呪いの感じって。そりゃそうだよ! だって神官は呪術師でもあるんだから」
「あ。そっか。そうだね」
カミットはミーナがさっぱり役に立たない受け答えをするので、改めて彼女は頭が悪いと感じた。彼女と話していても苛立ちが増すだけなので、追い払おうと思った。
「朝ごはん、早くしてよ。お腹空いたよ!」
「あ、うん。すぐにやるね」
ミーナが小走りで台所に行った後、カミットはなにやら考えが浮かんできた。
「すごい呪いの感じ……。んん!?」
ちょうどネビウスが眠たそうに目をこすりながら起きてきたので、カミットは飛び起きてネビウスに聞いた。
「ネビウス! 太陽の神殿に魔人がいるんじゃないかな!」
ネビウスはなおもぼんやりとして、
「さあ。わからないわ」と言った。
カミットはネビウスにまでムカついてしまって、大きな声を出した。
「僕は魔人を倒すためにこの都に来たんだよ!」
ネビウスは聞こえているのかどうか定かでない様子で、椅子にかけて、机の上の呼び鈴を鳴らした。ミーナがやってきて水を差し出し、ネビウスは朝の一杯を飲んで、それからカミットに言った。
「魔人が出るかどうかはまだ分からないわ。コウゼンとか、学者とか、ああいう連中が伝承とか伝説をまるっと信じて、勝手に言ってるだけなんだから」
「え!? そうなの?」
「だってどこにもいないんでしょ?」
「んんー!? ……そうだね」
カミットは肩を落として、彼もテーブルを挟んでネビウスの向かいの椅子に座った。彼は少し考えてから、ハッと気づいて行った。
「でもね! ミーナが神殿にすごい呪いの感じがするって!」
「守り子が呪いの蝕みを受けているからよ」
カミットはまたも落胆した。
「そういうことか。……なんだァ。そっか」
ミーナが朝食のパンを焼いて、食卓に持ってきた。家族は食べながら話すのだが、このときはミーナが珍しくよく喋った。
「お母さん。太陽の神殿は本当に変な感じがするのよ」
「あらまぁ。そうなの?」
「祝祭は大丈夫なのかしら?」
ネビウスはパンを少し長めに咀嚼していて、この質問には答えなかった。彼女はミーナに質問して、話題を変えた。
「ミーナ。あなた、火の呪いはどうかしら?」
「火の精霊は気難しいわ」
「ミーナはやっぱり雷の精霊が一番仲良しかしら?」
「うん。火のことは本当はお母さんに教わりたいな」
ここでカミットが話に割り込んだ。
「ネビウス! 祝祭で火の化身の人たちが太陽の化身に食べられるんでしょ?」
カミットはネビウスが逸らそうとした話を戻したのである。ネビウスはそうと分かっていて、にこやかに言った。
「ええ。そうよ」
「僕、よく知らないんだけど、祝祭で化身の人たちが食べられるのが上手くいかないとどうなるの?」
「化身がそのまま残るわ」
「そしたら、その人たちは他の人たちを食べちゃうんだね?」
「そうよ」
カミットは茸の根地で呪い母の誕生を目の当たりにしていた。呪いの化身は親兄弟すらも食べてしまうことを、彼は実体験として知っていた。彼の理解では、祝祭は化身を処理する儀式であり、必ず遂行されなくてはならなかった。
ところが太陽の都の祝祭には懸念すべきことがあった。荒れ地の都、海の都、空の都という、それぞれの都市でカミットは祝祭を見てきた。いずれも最も重要な化身送りの儀式を担ったのは守り子であった。
「太陽の守り子は元気じゃないんだよね?」
「そうねえ」
「守り子がどれくらい大丈夫じゃないか、皆は分かっているのかな?」
さあ、となおもネビウスが受け流すことに徹していると、カミットは今度はミーナを見た。
「守り子はだめそうなんだよね?」
「えっと……」
ミーナは言葉を濁したが、彼女は既にこの朝食の席でそのような見解を示唆する発言をしていた。
カミットは席を立ち、使命感に燃えて言った。
「コウゼンに伝えないと!」
ネビウスが苦笑いして言った。
「あのね、守り子の代替わりは祝祭の日に行われるのよ。だけどこのことをあれこれ言うのは禁止なの。すごい繊細なことなのよ。どの年にやるかは、守り子が決めることよ。周りがとやかく言うことじゃない」
「……んん? そうなの?」
「そう、そう」
「そっか。そしたら、僕はやることないな」
カミットは再び意気消沈して、椅子に座り直したのであった。
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2022年10月31日「第16話 職人組合(4)満たされぬ器」について、描写の修正とルビの追加をしました。




