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ネビウスクロニクル  作者: 石井
太陽の都編
155/259

第155話 呪いの迷宮(11)「最も恐ろしき者」

 太陽の都(ソルガウディウム)では社会不安のときにはしばしばジュカ人が鬱憤うっぷんらしの標的になってきた。一部の民衆は地震や噴火の被害が起こるようになったのはジュカ人が呪いをかけたからだと考えた。これがジュカ人街襲撃の理由だった。

 今回の事件がこれまでの事例と少し違ったのは、歴史あるジュカ人の服飾ふくしょく職人街が被害に合ったので、ファッションをたしなむコーネ人やナタブの上流階級などにも衝撃を与えた。

 そして誰よりも人種的正義感に燃えた少年がいた。

 カミットである。彼はこれまでジュカ人である自覚をほとんど持たずに生きてきたが、被害を受けた人々の悲しみと無念を想像すると、身の引き裂かれる思いがし、尋常じんじょうでない怒りを覚えた。彼はおろかな民衆に分からせてやらねばならないと考えた。

 一人でさわいだところで、大人たちは話を聞かないことを彼は知っていた。言葉は通じないのである。そこでうったえようと考えた先はコウゼンであった。

 白昼はくちゅう堂々(どうどう)、カミットは継承一門カイラつるぎの神殿に突撃とつげきした。

 彼は怒りに燃えていて、歩いた足跡には有毒な薔薇ばらの花を咲かせて、勇敢な戦士たちをもおののかせた。敷地の門の衛兵が止めようとしたが、カミットは木の戦士たちを発生させて戦わせ、門を突破した。

 そのまま敷地内に入り、稽古場などを素通りして、中央にあるつるぎの神殿に向かう。

 黒毛のコーネ人剣師(セイヴァ)、イヴトーブが立ち塞がった。


「カミット! 落ち着け! 君の行動は理性が欠落している!」

「僕はコウゼンと話すよ。太陽の守り子が言わないとだめなんだよ!」


 カミットは巨樹を現して、威嚇いかくした。イヴトーブや他の剣師セイヴァは後ずさった。

 継承一門カイラは呪い子殺しの専門家集団であった。そんな彼らの本拠地が由来不明の呪い子によって侵入され、しかも聖地であるつるぎの神殿まで入ってこられようとしていた。

 緊急事態に、十二剣師エトセイヴァの会議が即時中断された。継承一門カイラの頂点に立つ十二人の剣師セイヴァが、神殿の入り口へ出てきた。コウゼンとレッサは若手であったので、それぞれ後列に立っていた。

 敷地内の庭や建物はどこもかしこも無数のするどとげを持つ薔薇ばらおおくされていた。神殿などの強力な魔除まよけがほどこされた施設しせつだけが無事で、薔薇ばらのがれた戦士たちは避難ひなんしていた。

 コウゼンは進み出て、カミットに言った。


「これはどういうことだ。君は大変なことをしたんだぞ。分かっているのか?」

「ジュカ人の服屋の街が燃やされた! こんなのどうってことないよ!」

継承一門カイラには権威けんいがある。決してみにじることの許されない神聖な権威けんいだ」

「違いなんてないよ! ちゃんと言ってよ! 悪い奴らに駄目だめだって!」

「君のやり方は間違っているぞ」


 カミットとコウゼンが言い合っても、互いの主張はみ合わず、議論にならなかった。

 このかん、レッサは冷めた表情で彼らのやりとりを見ていて、途中で剣に手をばした。彼女は全ての剣師セイヴァの中で森の呪いの討伐において最高の戦績をほこっていた。だからこそジュカ人でありながら十二剣師エトセイヴァにまで上り詰めたのである。

 一触即発の雰囲気の中、空からネビウスの呑気のんきな声がかけられた。


「あらァ。大変なことになってるみたいねェ!」


 黒いふくろうが不可思議な力でその数倍もの重さの人間を軽々運んできた。ネビウスは十二剣師エトセイヴァとカミットの間に降り立った。

 ネビウスはカミットに言った。


「えーっと。けっこう派手にやったのね」


 カミットは腕組みをして、むすっとした顔でネビウスをにらんだ。


「僕は間違ってないよ!」

「はい、はい。分かったわ。帰ったら、よく考えてみましょ」


 ネビウスはカミットに歩み寄った。


「坊やは先に相談してくれたら良かったのよ」

「ネビウスは何もしてくれないじゃないか!」

「あら、あら」


 十二剣師エトセイヴァたちは互いに目配めくばせし合った。レッサが彼らの代表として、ネビウスに話しかけた。


「ネビウス。これは重大な事件ですよ。ここは継承一門カイラつるぎの神殿です」


 ネビウスはカミットには優しく微笑ほほえみかけていたが、振り向いて剣師セイヴァたちに向けたのは冷徹れいてつな敵意であった。


「分かっているわ。だから私は坊やを守りに来たのよ」

「彼が我々に害をしたのです」


 ネビウスはレッサを見つめ、くすくすと笑った。


「あんたたちのいつもの言い分よね。あなたもすっかりまっちゃって」

「何もなかったでは済まされません」

「だったら私と喧嘩けんかする?」

おどしですか?」

「同じよ。あなたを愛したのと同じ」


 レッサはネビウスをにらんだ。その瞳には憎しみと悲しみと愛がうつっていたが、ネビウスは何も読み取らなかった。

 ネビウスはカミットが生み出した薔薇ばらに呼びかけた。


「そうやって怒りばっかり食べるんじゃないわ」


 ネビウスが左の青い瞳に火を宿してかがやかせると、その火で燃やすまでもなく、薔薇ばらは全てれてしまった。

 ネビウスはすっとカミットに近づき、彼を抱きしめた。

 黒いふくろうが舞い降りてきて、ネビウスのうでに止まった。十二剣士エトセイヴァはそのふくろうが強大な闇の呪いを支配する夜の王であると一目ひとめで理解した。彼らはいっせいに剣を抜こうとした。

 ネビウスはそんなことはお構いなしに、夜の王の闇の呪いを借りて、十二剣士エトセイヴァにだけ聞こえる特別な声で忠告した。


「ネビウス・カミットは私の子どもよ。彼が成人するまで、誰にも手出しはさせない。彼が起こした不始末ふしまつは私の責任。あなたたちは私を非難すれば良いのよ。そしたら私、受けて立つわ」


 夜の闇の力によって、ネビウスの声はおどろおどろしい響きとなり、聞く者の体の底まで恐怖を浸透しんとうさせた。その声は剣師セイヴァで最高の実力を持つ者たちの体をしびれさせて、剣すら抜かせなかった。

 ただ一人、コウゼンだけが雄叫おたけびを上げて飛び出し、剣を振った。彼とて恐怖におののいていたが、このような状況では継承一門カイラ面子めんつが丸つぶれであり、彼は最強の剣師セイヴァとしての責任感によって恐怖を打ち払ったのであった。

 コウゼンの一太刀は場を支配していた闇の力を切り裂いた。それに続いてレッサや他の剣師セイヴァたちも恐怖から解放され、剣を抜いた。しかし、それでも誰もネビウスにいどもうとはしなかった。

 ネビウスはカミットを抱いたまま一緒に歩いて、継承一門カイラの神殿の敷地しきちから悠然ゆうぜんと出ていった。

お読みいただきありがとうございます。

ブックマーク、ポイント☆など入れていただければ幸いでございます。


2022年10月29日「第15話 職人組合(3)職務執行、縛られざる者」について、描写の修正とルビの追加をしました。

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