第155話 呪いの迷宮(11)「最も恐ろしき者」
太陽の都では社会不安のときにはしばしばジュカ人が鬱憤晴らしの標的になってきた。一部の民衆は地震や噴火の被害が起こるようになったのはジュカ人が呪いをかけたからだと考えた。これがジュカ人街襲撃の理由だった。
今回の事件がこれまでの事例と少し違ったのは、歴史あるジュカ人の服飾職人街が被害に合ったので、ファッションを嗜むコーネ人やナタブの上流階級などにも衝撃を与えた。
そして誰よりも人種的正義感に燃えた少年がいた。
カミットである。彼はこれまでジュカ人である自覚をほとんど持たずに生きてきたが、被害を受けた人々の悲しみと無念を想像すると、身の引き裂かれる思いがし、尋常でない怒りを覚えた。彼は愚かな民衆に分からせてやらねばならないと考えた。
一人で騒いだところで、大人たちは話を聞かないことを彼は知っていた。言葉は通じないのである。そこで訴えようと考えた先はコウゼンであった。
白昼堂々、カミットは継承一門の剣の神殿に突撃した。
彼は怒りに燃えていて、歩いた足跡には有毒な薔薇の花を咲かせて、勇敢な戦士たちをも慄かせた。敷地の門の衛兵が止めようとしたが、カミットは木の戦士たちを発生させて戦わせ、門を突破した。
そのまま敷地内に入り、稽古場などを素通りして、中央にある剣の神殿に向かう。
黒毛のコーネ人剣師、イヴトーブが立ち塞がった。
「カミット! 落ち着け! 君の行動は理性が欠落している!」
「僕はコウゼンと話すよ。太陽の守り子が言わないとだめなんだよ!」
カミットは巨樹を現して、威嚇した。イヴトーブや他の剣師は後ずさった。
継承一門は呪い子殺しの専門家集団であった。そんな彼らの本拠地が由来不明の呪い子によって侵入され、しかも聖地である剣の神殿まで入ってこられようとしていた。
緊急事態に、十二剣師の会議が即時中断された。継承一門の頂点に立つ十二人の剣師が、神殿の入り口へ出てきた。コウゼンとレッサは若手であったので、それぞれ後列に立っていた。
敷地内の庭や建物はどこもかしこも無数の鋭い棘を持つ薔薇で覆い尽くされていた。神殿などの強力な魔除けがほどこされた施設だけが無事で、薔薇を逃れた戦士たちは避難していた。
コウゼンは進み出て、カミットに言った。
「これはどういうことだ。君は大変なことをしたんだぞ。分かっているのか?」
「ジュカ人の服屋の街が燃やされた! こんなのどうってことないよ!」
「継承一門には権威がある。決して踏みにじることの許されない神聖な権威だ」
「違いなんてないよ! ちゃんと言ってよ! 悪い奴らに駄目だって!」
「君のやり方は間違っているぞ」
カミットとコウゼンが言い合っても、互いの主張は噛み合わず、議論にならなかった。
この間、レッサは冷めた表情で彼らのやりとりを見ていて、途中で剣に手を伸ばした。彼女は全ての剣師の中で森の呪いの討伐において最高の戦績を誇っていた。だからこそジュカ人でありながら十二剣師にまで上り詰めたのである。
一触即発の雰囲気の中、空からネビウスの呑気な声がかけられた。
「あらァ。大変なことになってるみたいねェ!」
黒い梟が不可思議な力でその数倍もの重さの人間を軽々運んできた。ネビウスは十二剣師とカミットの間に降り立った。
ネビウスはカミットに言った。
「えーっと。けっこう派手にやったのね」
カミットは腕組みをして、むすっとした顔でネビウスを睨んだ。
「僕は間違ってないよ!」
「はい、はい。分かったわ。帰ったら、よく考えてみましょ」
ネビウスはカミットに歩み寄った。
「坊やは先に相談してくれたら良かったのよ」
「ネビウスは何もしてくれないじゃないか!」
「あら、あら」
十二剣師たちは互いに目配せし合った。レッサが彼らの代表として、ネビウスに話しかけた。
「ネビウス。これは重大な事件ですよ。ここは継承一門の剣の神殿です」
ネビウスはカミットには優しく微笑みかけていたが、振り向いて剣師たちに向けたのは冷徹な敵意であった。
「分かっているわ。だから私は坊やを守りに来たのよ」
「彼が我々に害を為したのです」
ネビウスはレッサを見つめ、くすくすと笑った。
「あんたたちのいつもの言い分よね。あなたもすっかり染まっちゃって」
「何もなかったでは済まされません」
「だったら私と喧嘩する?」
「脅しですか?」
「同じよ。あなたを愛したのと同じ」
レッサはネビウスを睨んだ。その瞳には憎しみと悲しみと愛が映っていたが、ネビウスは何も読み取らなかった。
ネビウスはカミットが生み出した薔薇に呼びかけた。
「そうやって怒りばっかり食べるんじゃないわ」
ネビウスが左の青い瞳に火を宿して輝かせると、その火で燃やすまでもなく、薔薇は全て枯れてしまった。
ネビウスはすっとカミットに近づき、彼を抱きしめた。
黒い梟が舞い降りてきて、ネビウスの腕に止まった。十二剣士はその梟が強大な闇の呪いを支配する夜の王であると一目で理解した。彼らはいっせいに剣を抜こうとした。
ネビウスはそんなことはお構いなしに、夜の王の闇の呪いを借りて、十二剣士にだけ聞こえる特別な声で忠告した。
「ネビウス・カミットは私の子どもよ。彼が成人するまで、誰にも手出しはさせない。彼が起こした不始末は私の責任。あなたたちは私を非難すれば良いのよ。そしたら私、受けて立つわ」
夜の闇の力によって、ネビウスの声はおどろおどろしい響きとなり、聞く者の体の底まで恐怖を浸透させた。その声は剣師で最高の実力を持つ者たちの体を痺れさせて、剣すら抜かせなかった。
ただ一人、コウゼンだけが雄叫びを上げて飛び出し、剣を振った。彼とて恐怖に慄いていたが、このような状況では継承一門の面子が丸つぶれであり、彼は最強の剣師としての責任感によって恐怖を打ち払ったのであった。
コウゼンの一太刀は場を支配していた闇の力を切り裂いた。それに続いてレッサや他の剣師たちも恐怖から解放され、剣を抜いた。しかし、それでも誰もネビウスに挑もうとはしなかった。
ネビウスはカミットを抱いたまま一緒に歩いて、継承一門の神殿の敷地から悠然と出ていった。
お読みいただきありがとうございます。
ブックマーク、ポイント☆など入れていただければ幸いでございます。
2022年10月29日「第15話 職人組合(3)職務執行、縛られざる者」について、描写の修正とルビの追加をしました。




