第154話 呪いの迷宮(10)「火が損なう物」
森の王族の末裔であるレッサ姫は十年続いた戦いの最期を見届けた人であった。
太陽の化身が燃える鬣から火の粉を散らし、畏怖の咆哮を轟せると、森の都は業火に包まれた。守り子を筆頭に、太陽の神官が並びたち、彼らは杖から火を放った。火炎は波状を成して、森を呑み込んだ。
神樹の宮殿が焼け落ち、千年の歴史が終わりを迎えようとしていた。
姫もまた一族の他の者達と同じ運命を辿るはずだった。
ところが、炎に飲まれようとしていた彼女を、青い火が包んだ。その火は暖かく、彼女の生命を烈火の中で守った。
青い大蛇がどこからともなく現れ、その姿はあらゆる獣を丸呑みにできそうなほど大きくなり、神官たちの前に体を横たわらせて、都へのこれ以上の放火を抑止した。
太陽の化身が噛みつくと、大蛇は呻いて、どこかへ消え去ってしまった。
結局、都は燃やされてしまったが、ネビウスは太陽の化身たちを足止めしている間に、レッサを助けたのであった。
戦争はこれで終わったが、戦後処理はさらに長引いた。森の一族の残党が島の各地に散らばって、要人暗殺や公共物の破壊、人食い草の種を畑にばらまくなどの行為に及んだからである。
古の民が介入したのはこのときであり、彼らは隠れ潜んでいる森の一族を見つけ出して殺した。山奥や離島に逃げた者ですら、例外なく全員が葬り去られたと言われる。少なくともその時点では、凶行の意思を持つ者たちは全てこの世から消えたのである。
何でも相談して決めるのが古の民であった。彼らは森の一族の危険分子を抹殺することも、四年もの会議を経て、最後に多数決をして決めた。このとき反対を表明したのはネビウスただ一人だけだった。決議の後で彼女は不穏な言葉を残した。
「それでも呪いは言霊になって、影を残すわ」
※
太陽の都の市民は歴史的な背景からジュカ人を敵視してきた。荒れ地の都のベイサリオンから説得を受け、太陽の守り子グウマは後年には融和政策と差別の禁止を掟によって定めた。それでも民間ではジュカ人に対する根強い嫌悪感情が渦巻いていたのだ。
「なんだか嫌な感じがするわ」
服職人のコーネ人の女、タタは師匠であるジュカ人の仕立て屋を訪れていた。彼女は新作の相談をするために来ていたが、通りの不穏な気配を感じ取っていた。
師匠は老齢のジュカ人女性であり、枯れた葉っぱの髪の葉髪と色褪せた薄茶色の肌をしていた。陳列されているのは森の一族の彩り豊かな花のドレスだったが、当の本人は質素な見た目の麻布の服だった。ジュカ人が街を歩くには、できるだけ目立たない様子でなくてはならなかったからだ。
彼女はタタの試作品の服を見ながら、柔らかな口調で言った。
「あんたは感じが良いものね。神官でもやっていけたわね」
「他人事みたいに言って!」
「私はあんたが早く良い男と一緒になって欲しいわ」
「今の話と関係ある?」
「ないかしら?」
親子よりも歳の離れた二人は他愛無い話をしたものであった。
やがて通りがさらに騒がしくなっていた。
「なんなのよ」
タタが様子を見に行こうとすると、店にジュカ人の若者が駆け込んできた。
「逃げろ! ジュカ人狩りだ!」
久しく聞かなかった言葉であった。
タタたちが逃げる時間もなく、火を灯した松明が店に投げ込まれた。火はまたたく間に美しい花のドレスに燃え移った。
「嘘、嘘! やめて!」
タタは布で火を叩いて消そうとしたが、とても消火が追いつく状況ではなかった。若い衆がタタを引っ張り出し、この不毛な抵抗をやめさせた。
「あの人の服が燃えるのよ! ジュカ人の宝が!」
タタは涙をこぼし、声を擦り切らした。
「ありがとう。あんたは良い子よ」
その声はどこまでも優しさに満ちていた。ジュカ人の老婦人は彼女が魂を込めた作品が燃える様子を憂いを帯びた瞳で見つめていた。
タタははっとした。この人が失ってきたのは、たった今のことだけではなかったのだ。かつて森の都には太陽の都から服職人が留学にいくほどの優れた仕立て屋の集まる聖地があった。その場所も全て戦争によって燃えて無くなった。
タタたちは焼け落ちる店からどうにか逃げて、外に出た。太陽の都で最も伝統あるジュカ人の街が、怒りに我を忘れた民衆によって火を放たれて、消え去ろうとしていた。
「なんでこんなことができるの?」
タタは絶望して呟き、崩れ落ちた。
このあと暴動から少し遅れて、衛兵が到着した。彼らは暴徒を打ちのめし、そのほとんどを逮捕した。
しかし失われたものは元には戻らなかった。
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