第152話 呪いの迷宮(8)「公私」
太陽の都は莫大な人口を抱える大都市だが、政治の仕組みは終わりの島の他の地域と変わらず、地区ごとに地元の豪族が政治を仕切っている。
豪族は政治を行い、職人親方は経済を行う。世間への影響力や尊敬のされ方ならば豪族の方がはるかに強い。両者は持ちつ持たれつの関係にあったのだが、ときどきは人員や金の問題で揉めた。
職人組合は親方たちの代理人として、こういった問題にも対応する。送り込まれるのは経験豊富な上級職員であるが、将来有望な中級職員が同行することもある。
赤毛のコーネ人豪族と職人組合の上級職員が会談している間、エニネは上司の後ろで控えていた。彼女は権限もないので黙っていたのだが、あからさまに不機嫌な顔でいたので、相手方の豪族の男を怒らせた。
「なんなのか! その女は!」
エニネの上司はまずいと思ったらしく、エニネに退席するように命じた。
ところが相手の豪族の男は収まらなかった。
「こんな女に入れ込んで取り立てるとはな! 最古の歴史を持つ職人組合も落ちたものだ!」
エニネは十八歳の栗毛をしたコーネ人女性であった。古い価値観の男性や権力者の中にはどんな分野だろうと女性が要職に着くことを嫌う者がいた。
エニネは部屋から出ようとしていたが、ぴきりときてしまって、さっと振り返った。彼女の上司は身振りで抑えろと命じたが、エニネは無視して口火を切った。
「女で身を滅ぼす男もいますよ」
「なに?」
「大変ですよね。偉大な一族の次男が女遊びばかりで、本職はさっぱりなのですから」
赤毛のコーネ人豪族はジュウゼンという名であった。彼の長男は剣師コウゼン、次男は学者のエージであった。その他にも多くの子どもがいたが、都で良くも悪くも有名なのはこの二人の息子であった。
ジュウゼンはエージの話をされるのを嫌っていた。彼は苛ついて言った。
「関係の無いことを言うな!」
「ご次男のことで、ずいぶんと訴えられているのでしょう? 天秤からこぼれ落ちたものが多くありそうです」
エニネの発言を受けて、ジュウゼンがぐっと言葉を詰まらせた。
公的な取引においては、職人組合が発布する天秤の札を通して、対応する金銀銅貨の価格が量り取られる。この天秤の札を介さない取引は掟によって禁じられていた。
エニネが言いたいのは示談金のことだけではなかった。天秤が量るのは価値ばかりではない、罪もまた天秤によって明らかにされるのだ。
豪族の一族は天秤にかけられることもなく罪を免れることがあったことに対し、一般の市民は些細な罪で牢獄の都送りになることがあり、この格差は問題となっていた。
ここでエニネの上司が言った。
「エニネ。私達は話し合いをしているのだ。脅しにきたわけではない」
「お好きになさってください。私は出ております」
応接間を出て、エニネは邸宅から出ていこうとした。
時刻は夕方頃、このときちょうどコウゼンが帰宅した。彼の赤毛は一族の血筋を示しており、精悍な面持ちと武人気質は彼が父から受け継いだものであった。
二人は玄関で鉢合わせになった。エニネがにこりと笑いかけて、そのまま通り過ぎようとすると、コウゼンが口を開いた。
「新たな呪い母が生まれた」
「お疲れ様。あなたができなかったのだから、他のどの剣師でも無理だったと私達は判断したわ。まだ検討中だけど大丈夫そうよ。それじゃあね」
エニネが行ってしまおうとすると、コウゼンが彼女の手を掴んで引き止めた。エニネは言った。
「今ちょうど、あなたのお父さんと喧嘩してきたところなの。上司があっちの部屋でまだやり合ってるわ」
コウゼンは「おい、おい」と呟いて、困り顔になった。
「何をしているんだ。君は本当に気が強いな」
二人でもごもごと喋っていると、使用人がコウゼンに寄ってきて、荷物を預かろうとした。コウゼンはそれを断り、エニネと共に外に出た。
彼は言った。
「さすがに私の家ではまずい」
エニネはくすりと笑った。
「なにが?」
この付近一帯の街はジュウゼンの一族が支配しており、コウゼンにとっては勝手知ったる庭であった。
エニネが通りを歩いていくと、コウゼンは彼女の横を歩いた。
「君、夕食はまだだろ?」
「ええ。そうよ」
「付き合いたまえ。落ち着いて話せる、良い場所がある」
「だめよ。掟に反するわ。上司のことも待たないといけないし」
職人組合職員と継承一門の戦士は私的に交流してはならないのであった。彼らはこの頃、秘密裏に連絡し合って、互いの情報を共有してきたが、それは仕事のためであった。
コウゼンは恥ずかしげもなく堂々と言った。
「私は守り子になる。継承一門の所属ではなくなるだろう」
エニネは少し悩んだが、コウゼンに寄り添うように近づき囁いた。
「エージとカミットが遺跡の最深部に到達したみたいだけど、魔人は見つからなかった」
「そんなはずはない。魔人は遺跡にいるはずだ」
コウゼンの困惑をよそに、エニネはさらに次の情報を与えた。
「それから、ネビウスが神殿に現れたわ。守り子と何か話し合ったみたい」
コウゼンは目を見開いた。彼の表情には驚きと喜びが入り混じっていた。次の言葉には力が込もった。
「いよいよか」
「魔人はもっと調べるわ」
「ああ、頼むよ」
コウゼンは離れていくエニネを名残惜しそうに見つめた。彼はエニネに語りかけた。
「立場というのはときに厄介だ」
「あら。あなたがそういう立場でなければ使い道もなかったけど?」
「憎まれ口を言う」
「疲れているでしょ。もう帰って休んだら?」
「君も私の家からこんな離れて、上司を待つのではなかったか?」
二人は話しながら歩いていたら、いつのまにか太陽の都の街を見下ろせる高台に辿り着いていた。
夕焼けが赤く輝き、二人を照らしていた。
エニネはくすりと笑った。
「あなたが着いてくるから、撒こうと思ったのだけど」
「残念だったな」
コウゼンは周りに誰もいないのを確認して、エニネを抱き寄せた。
エニネは本当はまだ気持ちが乗っていなかったが、コウゼンの熱烈さに押し切られ、流れに身を任せたのであった。
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2022年10月25日「第13話 職人組合(1)徒弟入り」について、描写の修正とルビの追加をしました。




