第151話 呪いの迷宮(7)「密会」
バルチッタたちには知る由もなかったが、エージは彼らを通報できる立場にはなかった。なぜなら彼は探検隊の編成義務を無視して、掟を破って、カミットだけを連れて遺跡を探検していたからである。
エージが取りうる選択は腹立たしい盗賊どもをその場で亡き者にして、その骸を地下下水に放り込むくらいのことであって、そうしようと彼は考えていた。
彼の気が変わったのは、カミットがいかにも親しげにハルベニィと話していたのを見たからだった。
カミットはネビウスによって古代遺跡の設備利用の認可を与えられているらしかった。保存食の利用から移動装置の操作まで、重要なのは地図の活用など、そういった古代遺物に関わるあらゆることが認可を持たぬ者にはできないことだった。帰り道でカミットが得意げにいろいろ話したことには、彼は小さな頃に古の民の別荘で遊び、似たような設備を利用したと言う。エージは今後の探検にもカミットが有用だと判断し、関係性を維持するために、バルチッタたちを見逃したのであった。
ただしエージはバルチッタとハルベニィが風呂敷や衣類の中など、あらゆるところに隠していた古代の遺物を全て没収した。カミットにも持ってきた物を全て提出させて、エージが預かった。
※
地上に上がった後、街でエージと別れてから、ハルベニィがカミットを呼び止めた。
「ちょっと止まれ」
「んん? どうしたの!」
ハルベニィはカミットの服の裾やら、鞄の奥やらをあさり始めた。カミットの毛皮の服には特に隠し場所がたくさんあった。そういった色々なところから古代の遺物、主に小物ではあったが、それらがたくさん出てきた。
カミットは慌てた。
「僕、持ってきてないよ」
「当たり前だろ。俺が仕込んだんだよ」
これを見ていたバルチッタは大喜びである。ハルベニィから遺物をひったくって、愛すら感じさせる眼差しでそれらを恍惚として眺めた。
「でかしたぞ! あの赤毛野郎に全部身ぐるみ剥がれたと思ってたがな!」
ハルベニィは照れを隠すように、へへへと笑った。彼ははしゃいでいるバルチッタに言った。
「落とすんじゃねえぞ」
「生意気言うな」
バルチッタは生意気を言われても機嫌が良いままで、遺物をハルベニィに返した。
「きちんとしまっとけ!」
「はいよ」
すっかり元気になった盗賊たちに、カミットはすまなそうに言った。
「エージは遺物を勝手に取るなって言ってたよ」
ハルベニィはカミットをきっと睨んだ。
「阿呆! お前に売ってやった雷の槍だって遺跡からかっぱらった物だぞ!」
「ええ!?」
カミットは仰天した。知らぬ間に罪に加担していたと知り衝撃を受けた。
バルチッタがカミットの肩を抱いて言った。
「安心しろよ。ネビウスはそんなことは分かってて、金を出した。あの女は掟なんか知ったこっちゃないんだ」
取るものを取ったら、盗賊の二人は行ってしまおうとする。
カミットはハルベニィに呼びかけた。
「僕、第二階層でネビウスたちの街で暮らしてるよ!」
ハルベニィは振り返って、首を傾げた。
「それがどうした?」
「ハルベニィはどこに住んでるの?」
ハルベニィは少しの間悩み、それから答えた。
「教えねえよ!」
「なんで!?」
「お前がしょっちゅう来てたら、仕事にならねえからな」
バルチッタは二人のやりとりを見ているうちに、思惑のありそうな下品な笑みを浮かべた。彼はカミットに言った。
「ぼうず! 俺たちは職人組合に所属してない、ならず者の市で店を出してる」
ハルベニィは驚いてバルチッタを見た。
「なんでバラしてんだ!」
バルチッタはハルベニィに小声で囁いた。
「あいつは大物になるぞ。お前なんかをえらく気に入ってやがって都合がいいぜ。今のうちから手をつけとけ」
「あんな阿呆と仲良くできるかよ」
「馬鹿野郎。商売のためだ!」
ハルベニィはバルチッタの意見を渋々《しぶしぶ》受け入れたが、カミットには条件を出した。
「お前が俺たちの周りをうろつくと、継承一門に目をつけられるかもしれねえ。俺たちはただでさえ危険を冒して、この都で商売をしてる」
カミットは口を尖らせて拗ねた。
「友達と会うだけなのにな!」
「仕方ねえだろ。遊びじゃねえんだ」
まあでも、と言って、ハルベニィは付け足した。
「ネビウスは良い客だ。あいつが何か欲しがったときには売りに行くさ」
ハルベニィが妥協案を示すと、カミットはこれ以上ないほどの笑顔になって叫んだ。
「ほんと!? やったあ!」
※
太陽の大神殿は都市の第三層全域に及び、火口を囲むようにして建設された。
拝殿の間は火口そのものに面しており、祭壇からは煮え立つ溶岩の海を臨む。
ネビウスは灼熱の赤髪がその場に誰よりも見合っているように思われた。火の呪いに優れた者でなければ立ち入ることも困難な場所を彼女は悠然と歩いた。
祭壇で白毛のコーネ人神官が膝を付いて、祈りを捧げていた。ネビウスは彼に話しかけた。
「久しぶりね。元気してたかしら?」
「そう見えるか?」
掠れた声、衰えて痩せ細った肉体、しかし彼はまだ四十七歳であった。この時代でも高齢ではあったが、老人と呼ぶにはまだ若かった。彼の場合、七十歳のベイサリオンが大地の守り子として健康にやっているのと比べれば、あまりに状況が違っていた。
彼は息を切らしながら、杖を突いて立ち上がった。
その男は現在公式に太陽の守り子とされていて、その名はグウマであった。彼はネビウスを睨みつけ、敵意の明らかな様子で言った。
「この私を見下げに来たか!」
「止しなさい。もうやめましょうよ」
グウマは他の神官が支えようとするのを追い払って自力で歩こうとした。すると彼は転んでしまった。杖がからんからんと虚しい音を立てた。
ネビウスが彼に近づくと、グウマはあらん限りの声でネビウスを威嚇した。
「私は自ら逝くのだ! 我が友、太陽の化身に食らってもらう! ああ! 待ち遠しい、その時はもうすぐだ! 偉大な者と私は一つになる!」
グウマは青白い気体を口から吐いた。それは霊気といい、魂や精霊の血とも言われる。
他の神官たちが恐れて手出しできないでいるので、ネビウスが無理やりにグウマを助け起こした。
グウマはネビウスを押しのけることもできず、彼女に支えられるばかりであった。
ネビウスは静かに言った。
「あんたのことは馬鹿だと思ってきたし、はっきり言って見下してる。べつに今に始まったことじゃないわ。あんたが守り子になって以来、二十年以上前からずっと馬鹿だと思ってたもの」
グウマは苦しそうにぜえぜえと息を切らしていた。
「……言いたい放題だな。惜しいことだ。もう私にはやり返す力もない」
「でも、一つだけ立派よ。あんたは今も逃げてない」
「老人をあやすように言うな」
「それだけだけどね」
ネビウスが神官たちに叫んだ。
「ぼさっとしてないで、あんたたちの守り子を助けなさいよ!」
神官たちはわっとやってきて、グウマのことをネビウスから預かった。
彼らが去った後、ネビウスが祭壇に腰掛けて待っていると、溶岩が底の方からせり上がってきて、その中から灼熱の鬣を持つライオン、太陽の化身が姿を現した。
互いに表情一つ変えず、彼らは顔を近づけあって、何事かの意思を伝え合った。
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2022年10月24日「第12話 呪いの森(5)宴、醒めたる眼差し」について、描写の修正とルビの追加をしました。




