第15話 職人組合(3)「縛られざる者」
ある日の仕事で、エニネが外仕事なのでカミットに武器を持つように言った。カミットはいつもの弓矢を担ぎ、故郷から持ってきたナイフを腰にぶら下げた。
エニネは先端に布を巻いた長杖を持ってきていた。
現地に着くまで、カミットが気軽にいろいろと喋っても、エニネはほとんど無視した。ある邸宅の前に着くと、エニネはいかにも事務的に言った。
「今日は延滞金の取り立てをするわ。有事になることはないから、私が許可をしない限り決して武器を使わないこと。武器に触るのも禁止」
「うん。エニネは僕が守るよ」
エニネはカミットを睨んで舌打ちをした。彼女は邸宅の門をくぐり、敷地内にずかずかと入っていった。
その家の主である痩せた体型の中年男は応接間で椅子にかけてふんぞり返っていた。彼はつばを飛ばしながら言った。
「職人組合はふざけているのか。町娘と小僧をよこすとは、見くびられたもんだな!」
「僕は魔人を倒したネビウス・カミットだよ!」
カミットが名乗ると、エニネがいらいらした様子で杖を床に打ち付け、ガッと鋭い音を鳴らした。カミットは慌てて、エニネの背後に下がった。
「旦那様。私は職人組合事務職中級のエニネでございます。先日の取引物の件、神殿より査定額の変更が知らされましたので、その差額を返納していただくよう申し上げていましたが、期日を過ぎてしまいましたので」
「納得できないな。俺は専門家だぞ。言っておくが、高く売りつけたりはしてねえ!」
「天秤の意思に従ってください」
「くそっ。素人がごちゃごちゃ言いやがる。職人組合は天秤とやらが絶対だと信じていやがる」
「信じるも何も、掟に従うだけです」
「どっちにしろ、今は金がない。出すものは出しちまった」
「支払いを延期すると、超過分の延滞金が発生しますよ。お早めの支払いを勧めます」
男は悔しそうに歯噛みして、その視線をカミットに向けた。
「おい、種まき小僧の土枯らし!」
「ん? 僕のこと?」
「そうだ。呪われた森の葉っぱ人間め。よくも都に出てこられたな。お前らがいると畑がダメになっちまう。森へ帰れ!」
「んー。んん?」
カミットが理解できずに首を傾げたときだった。
エニネの杖が封印の布を弾き飛ばして、その先端に火を燃え上がらせた。
男は驚いてひっくり返り、椅子から落ちた。
エニネは杖を男に突きつけて言った。
「荒れ地の都の寛容の掟はジュカ人その他の非ナタブ種に対する差別を禁じているのよ。よくも職人組合職員の前で、おぞましい発言をできたものね」
「くそ! おい、杖を下げろ。衛兵! 衛兵!」
男が喚き散らすと、剣や槍を持った衛兵が部屋に駆け込んできた。
衛兵の一人がエニネの火に驚いて、短剣を投げようとした。
それより一瞬早く、カミットは森の呪いで蔦を放ち、衛兵の腕の動きを妨害した。
エニネはため息をつき、火を消して、杖を下ろした。彼女は衛兵たちに助け起こされている商人の男に軽蔑の眼差しを向けた。
「旦那様。後日、また伺いますので、お支払いの用意をよろしくお願いいたします」
※
カミットが初めてのお金の取り立てを経験した、その日の夜のこと。
カミットがネビウスに話すことを考えながら、路地裏のネビウス邸に戻ると、居間で商人の中年男がネビウスと話していた。カミットはひと目見て、昼間の男だと気づいたが、男の方はカミットを見ても、眉をひそめただけだった。
「ネビウス、趣味が悪いぜ。ジュカ人のガキを連れているのか」
ネビウスは既に酒に酔っていて、あはは、と機嫌よく笑った。
カミットは言った。
「おじさん。お金、ちゃんと払ってね」
すると男は表情を強張らせ、勢いよく立ち上がった。
「お前、昼間の!」
男が今にもカミットに殴り掛かりそうに思われたとき、ネビウスがくいっと指先を動かすと、男は椅子に引き寄せられるようにずどんと座り直した。男は騒いだ。
「ネビウス! 呪いを使うんじゃねえ!」
「私の若獅子に乱暴するのは許さないよ」
「どいつもこいつも! とにかく、金を貸せ! 牢獄の都から遥々来たのに、職人組合の愚か者どもが考えもしないで、金を払えとしか言わん!」
「借金こさえて燃え上がってりゃ世話ないわ」
「くそっ、馬鹿にするな!」
ネビウスはにやにやと笑って言った。
「あんたに金を貸すのは不安だわね。持ってる物を明日見に行くから、いくらか買ってあげるわ」
「ああ、それでも良い! いや、そうだな! それがいい!」
男はネビウスの酒をさらに二杯、三杯と飲んでから、夜遅くに帰っていった。
カミットは翌朝、朝食の席でネビウスに聞いた。
「あのおじさんは友達なの?」
「まさか。バルチッタはただの知り合いよ。ちょっと前に牢獄の都に行ったときに縁があってね。彼は牢獄の都から出てきたばかりで、世の中のことが分かっていなくて、私に金を借りに来たの」
「どうしてお金を貸さなかったの?」
「友達ではないから」
カミットはパンをもぐもぐやりながら言った。
「今日はあのおじさんの物を買いに行くの?」
「そうよ」
「何時頃?」
「正午過ぎかしら」
ふーん、と呟き、いつもはおしゃべりなカミットが黙々と食事をした。
※
バルチッタ邸にて行われたネビウスの買付けを、職人組合の事務職員とその徒弟が張り付くように見張っていた。現金のやりとりが確認出来次第、差し押さえるためである。
バルチッタは上機嫌が一転してネビウスに怒鳴った。
「あいつらを呼びつけたのか!」
「そんなつもりはなかった」
ネビウスはバツが悪そうにしてぽりぽりと頭をかいた。
いつもならばネビウスに何でも報告するカミットが、昨夜に限っては「その日やったお仕事」について話していなかった。ネビウスはカミットの仕事内容をこのときは知らなかったし、エニネとカミットが同席することになるとは思ってもみなかった。
バルチッタはエニネを睨んで、吐き捨てた。
「くそっ。女のくせに!」
ネビウスがバルチッタを小突いた。
「ちょっと。私もいるんだよ」
「ネビウスを女とは思わん」
「失礼なやつね。……ねえ、お嬢さん」
ネビウスはエニネに話しかけた。
エニネは緊張した面持ちで「はい」と応じた。
「私はうちの坊やにしてやられちゃったんだけど、私とバルチッタのやり取りは本来こっそり行う予定だったの」
「私がここに居合わせたのは、予定通り取り立てに来たからです」
「あなた、勘違いをしているようね」
ネビウスは右の赤い瞳を燃え上がらせ、エニネを睨んだ。
周囲の気温が急に上がり、大気が揺らめいた。
エニネはネビウスに睨まれると、顔面を真っ青にして、その場で動けなくなり、手足は震え、杖を落としてしまった。
ネビウスはさらに脅しかけた。
「あなたは子猫。私は獅子なの。獅子って知ってる? この世で最も血の気の多い、最強の一族よ」
「燃やしちゃだめだよ!」
カミットはエニネの前に飛び出て両手を広げて立ち塞がった。
ネビウスの視線から解放されたエニネはその場で崩れ落ちて、地面にへたり込んだ。
ネビウスはカミットに対しては人が変わったように優しい笑顔を向けた。
「坊や。私は人を燃やしたことはないのよ」
「でも燃やすときの目だった」
カミットはなおもエニネを庇ってネビウスの前に立ち続けた。
「私はその生意気な小娘に腹が立っただけよ」
「ネビウス! エニネは僕の師匠だから、いじわるをしちゃダメだ!」
ネビウスは腰に手を当てて、ため息をついた。
「そのお嬢さんを職人組合に連れ帰ってやりなさい。魂が弱っているから睨まれたくらいでくらくらするの。職人組合の呪術師に診せるのよ」
カミットはエニネを助け起こし、彼女に肩を貸しながら職人組合まで帰った。道中、カミットは今回の取り立てを提案したことに責任を感じて、エニネに釈明した。
「ネビウスが怒るなんて思わなかったんだ」
エニネは八つ当たりをして、苛ついて言った。
「あんたのせいじゃないわ」
職人組合に戻ってから、カミットは呪術師の診療を手配しようと、他の職員に話しかけた。
エニネはこれを止めさせて「帰りなさい。今日の仕事は終わりよ」と言って、裏方に引っ込んでしまった。




