第148話 呪いの迷宮(4)「幸運な者たち」
エージは考え込むと周りが見えなくなって、その場にじっとして黙りこくることがよくあった。遺跡のあちこちでそれが起こり、カミットは何も教えてもらえず放置されるばかりで、すっかり困ってしまった。彼は転がっている遺品などを観察して時間を潰したが、それでも退屈は極まった。
三日間の探検の間、エージは寝食を忘れて、古代に思いを馳せていた。カミットはこの様子を知って、どうやらエージが探検隊を好まないのは単に彼がロマンチストだからではないと気づいた。
昼夜の分からぬ遺跡の中、カミットは小刻みな睡眠を取り、ときどきは食事を挟んだりして、自分のペースを維持した。
「ねえ。君」
エージがカミットに話しかけた。カミットは拾ってきた古代の遺物らしい棒を振り回して遊んでいた。
「なに?」
「あれは何に見える?」
「んん?」
彼らは透明な硝子張りの通路を歩いていた。通路は広大な空間の外縁部を囲んでおり、内部で輝く球体が無数に飛び交う様子を観察できた。
これまでに訪れた場所にも様々な物珍しいオブジェやら装置やらがあったので、カミットは改めて見るほどのものかと思った。カミットは一応答えた。
「星!」
「それは誰にでも言えることだね」
「なんで! じゃあ精霊だね!」
「それもよくある答えだ」
「んー。なんで僕に聞いたの?」
「君は別の視点をくれるかもと思ったのさ」
エージはカミットの回答に失望しているのを隠さなかった。そのあと彼はまた黙り込んだ。
カミットは首を竦めて、また棒を振り回し始めた。ヨーグ人の大英雄タゴンよろしく、その棒を槍に見立てて稽古のようなことをした。彼は遺跡に潜む魔人を倒す想像をしてわくわくしていた。
※
カミットとエージが探検を続ける一方、二人の盗賊はちょうど三日前に激しく喧嘩した。ハルベニィは顔などに青あざを作っていて、バルチッタも頭にこぶを増やしていた。ハルベニィは最初は我慢していたが、そのあとでバルチッタの後頭部を瓶で殴りつけたのである。ハルベニィはしばしばバルチッタによって暴力を受けていたが、彼もやられっぱなしで終わる性格ではないのであった。やり返した後には、地図の喪失という悲劇について、ハルベニィはその責任が誰にあったかを説明し、バルチッタを完全に論破した。
「いいか。地図が無くなった以上、俺たちの最優先の目的は遺跡の脱出だ」
「くそっ。ガキが仕切るな!」
「うるせえ! てめえの不始末だぞ! 俺のやり方でやる! そうでなければここでお別れだ!」
「ぐっ……」
バルチッタはすぐ頭に血が上ってしまう愚か者であったが、それでも彼はハルベニィの判断能力を高く評価していた。まだ十三歳のハルベニィはどういうわけか十分に優れた知性を身に着けつつあった。彼の機転はしばしばバルチッタの危機を救ってきたほどである。
ハルベニィは現状のような最悪の事態を考えて、目印になりそうな場所に雷の呪いの発光灯を置いてきていた。
重要設備がある広い空間は位置が変動しないだろうという願望を頼りに、彼らは出口を目指した。分かれ道のたびに二人は揉めたが、ハルベニィは決して譲らなかった。
そうして三日が経った。
食糧がなくなった。
最後のパンはハルベニィが隠していたのだが、疲れて眠り込んだときに、バルチッタが勝手に取って食べてしまった。二人はまた喧嘩したが、腹が減ってしまって、その元気もなかった。
ハルベニィはバルチッタを恨んだ。
「てめえのせいだ。くそっ。俺はネビウスに認められてたんだぞ」
「うるせえ! こんなときにアイツの話をするな! くそっ……、……ちくしょう」
それでも彼らは歩いた。お腹をぐーぐー鳴らして、意識を朦朧とさせていた。彼らは透明の硝子張りの通路に至り、星々のように輝く球体が飛び交う様子を眺めた。
バルチッタはハルベニィを睨んだ。
「ここはちょっと前にも来たな」
ハルベニィはくたびれていて、元気なく言った。
「さっきの遺跡のガタガタでまた道が変わっちまったんだ」
二人が絶望に打ちひしがれていると、そこへ元気な声がかけれれた。
「ハルベニィ!」
カミットであった。彼は持っていた棒を捨てて、ハルベニィに駆け寄った。
ハルベニィは混乱した。彼は今際の際で夢を見たのかと思った。彼はカミットのことなどこの数ヶ月で思い出したこともなかったので、本当に困惑した。
「ああん!? なんだァ!?」
「久しぶり!」
このときバルチッタが二人の間に割り込んで、これ以上ないほどの喜びで破顔して、カミットに抱きついた。
「坊ず! お前、ネビウスと一緒か!」
カミットは露骨に嫌そうな顔をして言った。
「ネビウスはいないよ。離してよ」
「おい、おい。つれないな。それより、坊ずよ、お前、飯はあるか!?」
「ないよ」
バルチッタは再び絶望した。ハルベニィもがっくりと項垂れた。カミットはバルチッタを押し返して離れると、後ろの方で突っ立って、光の球体が飛び交うのを観察しているコーネ人の若者、エージに話しかけた。
「エージ! ご飯ある?」
エージはびくりと肩を跳ねさせた。彼はそれまでバルチッタたちに気づいていなかった。彼は学者の雰囲気でいたのを終わらせた。エージはカミットに静かに聞いた。
「彼らは君の友達?」
「ハルベニィはね!」
「そうか。難しいな」
エージはバルチッタたちを睨んだ。どこからどう見ても、二人は明らかに盗賊であった。エージは掟にうるさくないが、古代の遺物に対しては情熱を持って研究していた。遺物を盗む輩は彼の敵であった。
バルチッタとハルベニィは新たな危機を察していた。彼らは逃げ出せないかと考えていたが、エージのコーネ人の鋭い視線で睨まれて、鼠が恐れるようにして身動きが取れなくなっていた。
この沈黙をカミットが破った。
「もうちょっと行ったらご飯あるよ!」
エージは首を傾げた。
「遺跡の外まではまだかなりあるよ?」
「ん? どういうこと? すぐそこだよ」
カミットが意気揚々と歩きだすと、エージは新たな展開に興味を持って、バルチッタたちの処置を後回しにした。
通路の途中にあった小部屋で、カミットは壁に埋め込まれていた古代の硝子板のようなものを、指でぴっぴっぴと打った。すると硝子板の中で光がいくつか飛び散り、古代の文字のようなものが浮かび上がった。その直後、隣の排出口から古代の繊維によって包装された保存食や飲み物が出てきた。
「坊ず! でかしたぞ!」
バルチッタは興奮して、それをつかみ取り、包装を乱暴に破り、固形状の不思議な食べ物にがっついた。
ハルベニィが開け方の勝手が分からないでいると、カミットが包みを破いてやった。カミットは言った。
「こういうのはあんまり美味しくないけどね」
「そんなこと気にするもんか!」
ハルベニィはぱさぱさに乾燥した古代の保存食をあまりに急いで食べて喉を詰まらせそうになった。カミットが気を利かせて飲み物を渡すと、ハルベニィはそれも一気に飲み干した。
エージがカミットに近づいた。
「君、僕のやつも頼むよ」
「いいよ!」
カミットは活躍できたのが嬉しかった。彼はエージにも古代の食べ物を出してやった。
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2022年10月20日「第9話 呪いの森(2)守り子」について、ベイサリオンの外見描写の変更、描写・台詞の修正とルビの追加をしました。




