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ネビウスクロニクル  作者: 石井
太陽の都編
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茸の根地(9)「宿縁」

 ミヤルは炎の中で息ができなかった。その苦しみは単に熱で空気が焼かれているからというよりも、もっと何か重大な物がほろぼされる予感によって増大した。

 ひたひたとって忍び寄る者がいた。

 手が伸ばされて、そっとミヤルの肩に触れた。ひんやりとした感触がして、矢の突き刺さっていた肩を優しくでた。

「お兄ちゃん?」

 ミヤルは顔を上げた。

 そのとき彼女が見たのは、緑色の鱗の肌をした怪物だった。彼の手足にはひれがあって、ヨーグ人の子供らしかった。そうではあるが、彼は葉髪ようはつをしていて、森の民であるジュカ人のようにも見えた。

 彼の皮膚にはげたような黒ずんだこけが張り付いていていた。そのこけうごめいていて、生き物のようであり、呪いの気配をただよわせていた。

 ミヤルはおどろかなかった。

「あなただったのね。私を食べにきたの?」

 その呪いの子はミヤルを引っ張って、どこかに連れて行こうとした。しかしミヤルは太陽の火によって弱っていて、自力で歩くことができなかった。

 そこへ矢が飛んできた。

 ミヤルは叫んだ。

「危ない!」

 黒いこけまとった呪いの子はミヤルをかばった。彼は背中に矢を受けて、ぎゃっと叫んだ。


 矢を放ったのはカミットだった。彼は空から飛び降りてきて、短槍を持ってミヤルと苔の呪いの子へと突進した。

 彼はある月追い《ルナシーカー》が狼のルプスシルヴァの苔の呪い子を連れていることを知っていた。ミヤルも苔の呪い子もまとめてここで殺さねばならぬと彼は直感していた。

 彼はやりを振りかざして、二人まとめて突き殺そうとした。

 やりの切っ先が苔の呪い子の背に刺さるかと思われたとき、黒いこけが呪い子の背から翼のように噴出して、それは触れただけで鋭い痛みがあった。カミットは思わぬ反撃をまともに食らってしまい、苦しんで転げ回った。

 彼はすぐに立ち上がった。森の呪いがしっかりと守りを与えなかったことに腹を立てつつ、今度こそやってやろうと思って、槍を持ち直して、ずんずんとせまった。

 こけの呪い子も立ち上がった。彼は自分を大きく見せるように両手を広げ、ミヤルを背後に隠すように振る舞った。彼は恐ろしげにうなって、今にも襲いかかってきそうであったが、実際には自分からは一歩もカミットに近づかなかった。

「なんで!?」

 カミットは苛立いらだった。無抵抗の相手を殺すのは、英雄の行いとは思われなかったからだ。彼自身が呪い子であることから、もしかしたら目の前の二人も社会に適応しうる選ばれた者なのかもしれないという考えが頭をよぎった。

 指示をあおぐべきコウゼンは炎の向こうで月追い《ルナシーカー》の相手で忙殺ぼうさつされていた。

 結局カミットはどうするべきか判断できなかった。

 その一瞬の思考のおくれの間に、翼の大蛇が地面を素早くってきて、苔の呪い子とミヤルを連れ去った。

 カミットは咄嗟とっさやりを投げたが、大蛇はつばさで風を起こして、やりを払った。

 コウゼンたちも月追い《ルナシーカー》を倒しきれなかった。月追い《ルナシーカー》が翼の大蛇に飛び乗って去っていくのを、彼らはむしろ安堵あんどして見送ったのだった。



 過去百年の内、数回だけであるが、呪い子が呪いを喰って、その座を奪った事例があった。コウゼンとイヴトーブはミヤルがそうであると結論付けた。

 その場合、彼らはミヤルを必ず殺して、適切な呪いが生まれるように仕向けなくてはならなかった。その理由は、ヒトは呪いになってはならぬというおきてがあるからだ。呪いの持ち主はなるべく単純な思考をしていた方が良いとされ、ヒトのように雑多な想念を持つ存在では大きな力を持てば良からぬことをしでかすと思われているのだ。力を持ったヒトは一つの土地に留まったり、村で穏健に暮らしたりということができないのは、実際によく観察されてきたことである。

 コウゼンは村に戻るなり、ネビウスに詰め寄って聞いた。

「呪いが土地を離れた。その影響はどのようか」

 ネビウスはへらへらと笑いながら回答した。

「新しい知恵なんてないわ。これから生まれる呪い子を食べてくれるはずの掃除屋そうじやがいなくなっちゃうだけよ。あんたたちが十倍くらい働けば大丈夫よ」

 この場合、野生動物を呪いの宿主とする呪い子も全てが含まれる。人間ならばともかく、野生界で絶えず生まれる呪い子たちを全て捕捉ほそくするのは困難である。

「そういうわけにもいかないのだ。このような……」

 コウゼンは言いかけた言葉を中断した。剣師セイヴァ職人組合ギルド調査員の数は限られている。現状でも余裕よゆうがあるわけではない。きのこの根地のような貧しい土地に人的資源を多くくことは現実的に不可能だった。

 ネビウスは沈痛ちんつう面持おももちでいるコウゼンに一応の助言をした。

「ミヤルがそこら辺でうろちょろしてるなら、見つけて殺せばいいのよ。あの変な月追い《ルナシーカー》なら、何でか私の行く先々に出てくるから、また会うこともあるでしょうよ」

「む。ネビウスがミヤルを殺してくれるというのか」

「するわけないでしょ。良い方針を教えてあげただけよ。感謝してちょうだい」

「ふむ。とにかくこの話は太陽のソルガウディウムに持ち帰るしかないな」

 コウゼンは釈然しゃくぜんとしない様子ながらも、話を切り上げて去った。

 入れ替わりで、カミットがネビウスのところにやってきた。彼は落ち込んでいた。

「ネビウス。僕、狼のルプスシルヴァこけの呪い子にまた会ったよ」

「あらまあ。不思議なえんがありそうね」

「僕は彼を殺す必要はないと思ったんだけど、ミヤルのことは殺さなくちゃいけなかったんだ」

「それは継承一門カイラの仕事よ」

「でもあのときは、僕しかできなかったんだ。僕がやらなきゃいけなかったんだ」

 カミットが思い詰めた様子でいると、ネビウスは彼を抱きしめて優しく語りかけた。

「坊やがやらなかったから、ミヤルはもう少しだけ生きる喜びを知れるのね」

「そのせいでミヤルが誰かを食べちゃうかもしれない」

 ネビウスはこれ以上はミヤルについて語らなかった。彼女はカミットを抱いたまま「坊やが元気で帰ってきてくれて良かったわ」と言った。

太陽の都編「茸の根地」

おわり

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