茸の根地(8)「月を追う者」
太陽の化身の火は特別だ。その輝きは物体を滅ぼすばかりでなく、呪いをも消し去ってしまうのだ。
コウゼンを中心として燃え上がった黄金の火は鼠たちを焼き滅ぼした。
その火は白い化け猫となったミヤルのことも炙り殺すように思われた。ところがこの本命の始末が捗らなかった。
ミヤルは悲鳴をあげて苦しんでいたものの、炎に包まれても数分にわたり生き延びていた。
コウゼンは焦れた。
「太陽の化身め。力を出し渋るか!」
終わりの島にて最強と称される五体の大化身は桁外れの力を持っていた。その力は土地の怪物と呼ばれる者たちを圧倒し、一方的に殺せるほどである。
ところが今、太陽の化身は浮島より天高くから見下ろし、手加減した火しか与えなかった。
これには理由があった。多くの場合、大化身などの超常的な者たちは呪いの存在を滅ぼすときに自ら手を下すことを好まないのだ。彼らは呪いには返りがあると本能的に知っているからである。
そうではあるが、太陽の火は確実にミヤルを弱らせていた。やがてミヤルの体が元の少女の姿に戻った。
ミヤルは蹲って訴えた。
「熱い。痛い。苦しい。お腹空いた。……助けて。助けて……」
その哀れな様子を見ても、コウゼンとイヴトーブは眉一つ動かさなかった。彼らはどんな相手だろうと、世の平和を守るためには躊躇しなかった。
妹が苦しむ姿を見ていられないのは兄のユウであった。彼はミヤルに駆け寄ろうとした。それをイヴトーブが捕まえて引き止めた。
ユウは叫んだ。
「離せよ。ミヤルがかわいそうじゃないか!」
イヴトーブは諭した。
「苦しみは一時的なものだ」
「俺の妹だぞ! 妹なんだ……」
そのとき腐臭が漂った。
イヴトーブはユウを離し、辺りを警戒し始めた。ユウも異常を感じ、不安そうに周囲を見た。
コウゼンがイヴトーブに告げた。
「イヴトーブよ。どうやら我らの敵が来たようだ」
黒い霧が周囲に立ち込めた。
※
不気味な羽音が聞こえだして、舞い降りてきたのは翼を持つ大蛇であった。それに跨っていたのは終わりの島で最も恐れられる者、月追い《ルナシーカー》であった。黒ずんだ肉体にボロ布のような黒い外套を着ていて、顔には目と鼻と耳がない。口だけがあった。
翼の大蛇から降りた月追い《ルナシーカー》は周囲に響き渡る重々しく低い声でコウゼンたちに語りかけた。
「月は見ているぞ」
黒い霧と黄金の火は互いに相殺し合って、不思議な輝きを生んでいた。コウゼンは太陽の化身が降りてこないかと期待していたが、そのような気配はなかった。彼は剣を構えた。
「イヴトーブ。いくぞ」
「ああ。やろう」
二人は月追い《ルナシーカー》を挟み込んで斬りつけた。
二つの剣を、二つの斧が受け止めた。
丸腰と思われた月追い《ルナシーカー》の両手に斧が現れていた。
それだけではなかった。月追い《ルナシーカー》の背中から腕が生えた。その手にも斧が握られていた。
並の戦士ならその一撃で葬り去られていただろうが、コウゼンもイヴトーブも卓越した反射能力によって不意の角度から襲ってきた斧を避けて飛び退いた。
ところが一度避けただけでは終わらない。月追い《ルナシーカー》は斧を投げつけたのである。コウゼンは瞬時の反応で剣で斧を打ち弾いた。
イヴトーブはこれができなかった。斧が直撃するかと思われたとき、地面を突き破って、巨樹の根が壁となって、斧を止めた。カミットの仕事であった。イヴトーブは苦い顔をしたものの、なおも空に浮かんでぷかぷかとしているカミットを見て、小さく手を上げて、感謝を示した。
コウゼンはイヴトーブに駆け寄った。
「固有の月追い《ルナシーカー》だ。よく見るものと装備が異なる」
「そのようだな。カミットのお陰で命を拾った」
「敵にとってはカミットが未知というわけだ。条件は等しい。やれるぞ」
月追い《ルナシーカー》の四つの手には全て斧が握られていた。投げつけても、再び生み出せるようだった。斧を投げられては厄介なので、コウゼンたちは距離を詰めて戦った。
剣と斧が激しく打ち合った。
戦いの最中、月追い《ルナシーカー》が語った。その口調は不自然に親しみやすい様子だった。
「俺には目が無い。ところがお前達は俺などよりもよっぽど物を見ないのはなぜだろうか」
コウゼンとイヴトーブは訓練された継承一門の戦士だった。彼らは幼い頃から仕込まれて、戦う敵の言葉を聞かず、会話もしなかった。
月追い《ルナシーカー》は憐れむように言った。
「お前たちには耳もないのだな」
なおも交えるのは刃だけだった。
月追い《ルナシーカー》は凶悪な笑みを浮かべた。
「せめて鼻が効いていれば、お前たちには良かったのだろうか」
黒い霧がもたらす腐臭は付近の呪いの臭いをかき消していた。




