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ネビウスクロニクル  作者: 石井
太陽の都編
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茸の根地(6)「呪いの化身」

 明け方、村人たちに見送られて、兄妹きょうだい生贄いけにえ祭壇さいだんへ出発した。呪いを持つミヤルを土地の呪いを支配する呪いささげ、生贄いけにえにするのだ。

 朝靄あさもやの中、二人は手を繋いで歩いた。どこもかしこも隆起りゅうきした巨樹の根と密生みっせいするきのこばかりであった。兄妹きょうだいはこれ以外の景色を見たことが無かった。このことは彼らに限ったことではない。この時代、土地の者は生まれた土地で一生を過ごし、それが彼らの見る全てとなるのは普通であった。

 ミヤルがぽつりと言った。

「お兄ちゃんが一人で帰れるか心配」

「生意気だな。俺は大丈夫だ」

 ユウは仮面をつけていて、くぐもった声で言った。死の胞子ほうしただよっていても、ミヤルは仮面が無くて平気だった。ユウは小さな頃にミヤルを連れて、よくピクニックをしていたことを思い出した。小さな頃は、二人は同じ茶色の毛並みをしていたが、ミヤルの毛色は徐々に白く、目は赤くなっていった。

 思い出話などして、二人で歩いていると、隆起りゅうきした根が円形になって囲んでいる広場が現れて、その中央には石で作られた祭壇がたたずんでいた。ミヤルは慣れた足取りで祭壇に登って座った。

「もういいわよ。お兄ちゃんは帰って大丈夫」

「俺は見届けなきゃいけないんだよ」

「でも……、呪い様に食べられちゃうわ?」

「親族がちゃんと最期を確認するのがおきてだ。それに、お前を一人でかせるわけにはいかないだろ」

 ミヤルが手招きをして、兄妹は祭壇に並んで座った。彼らはネビウスからさずけられた弁当を食べた。彼らが食べたこともない、甘みのついたパンであった。果実のジャムなどを塗るといっそう甘美な味わいであった。

「美味しいね」

「ああ。きっとみやこの食べ物だ」

「こんな良いものが世の中にはあるのね」

「すごいよな」

 兄妹きょうだい仲睦なかむつまじくしていると、時間が過ぎていき、胞子のもや隙間すきまを陽光が差し始めた。ユウは困惑こんわくした。

「呪い様ってのは朝寝坊なのか?」

「急に来るのよ」

「そうか」

 しかし待てども、それらしき大いなる者は現れない。

 それで、ユウは魔が差した。彼はミヤルの手を握った。

「ミヤル。逃げよう。生き延びよう。俺が守るから」

「だめよ。おきてなのよ」

「だって。お前はこんなに、ちっちゃくて、まだ十歳で。呪いなんて知るかよ! 呪い様が食べに来ないんだから、お前は生贄いけにえになんてならなくて良いんだ!」

 ユウはミヤルを引っ張って、祭壇さいだんから下ろそうとした。

 ところが、ミヤルはその小さな体にしては不自然な重さになっていて、ユウは彼女を少しも動かすことができなかった。ユウは恐れて、後ずさった。

 ミヤルは彼女自身の胸の辺りに手を当てて呟いた。

「あ、来たわ。ばいばい、お兄ちゃん。元気でね」

 ミヤルの胸にぽっかりと黒い穴が開いた。

 そこから、ねずみが顔を出した。

 小さなねずみと思われたものが、少女の肩から手を伝って走った。やがて手のひらの上に立った。

 少女はそこに息を吹きかけた。するとねずみ皮膚ひふの表面にぼつぼつと微小なきのこが植え付けられた。ねずみの体はきのこおかされて、体の組織が異様な変質を起こして、巨大化がした。

 そうして、その茸におおわれたねずみとでも言うべき怪物は、少女の背後に寄り添うようにして鎮座ちんざした。

 このとき、ユウは呪いの知識が無かったので、ただ恐れ、戸惑とまどい、体を震わせてへたり込んでいた。なおも彼は呪いと思われるねずみがミヤルを食べるのを見届けねばならないと思って、その場に留まろうとした。

 ねずみはミヤルを食べる様子はなかった。それはゆっくりと進んできて、ユウを見下ろし、巨大な前歯の生えた口を広げた。



 灰色のマントがひるがえり、剣がきらめめいた。

 赤毛のコーネ人はコウゼン。黒毛はイヴトーブ。

 コウゼンがユウと化けねずみの間に割って入り、剣を振って、化けねずみの牙を叩き斬った。その間にイヴトーブがユウを助け出した。イヴトーブがユウに告げた。

「逃げろ! お前の妹はすでに失われていた!」

「邪魔するな。ミヤルはまだ食べられていない!」

生贄いけにえの儀式は違う形で果たされたのだ」

 前方ではコウゼンが巨体のねずみを相手に立ち回っている。その戦いの様子を祭壇に座るミヤルは他人事のように眺めていた。

「仮面が無いのに、平気なのね。私の仲間なの?」

 コウゼンとイヴトーブは胞子ほうし除けの仮面をつけていなかった。彼らはカミットが用意した胞子を殺す植物を飲み込んでから来たのである。カミットが試行錯誤した結果、彼の森の呪いはそのように都合が良い植物すら生み出したのであった。

 イヴトーブはユウへの説明をあきらめて、コウゼンの戦いに合流した。化けねずみが飛びかかってきたり、突進してきたりするのを、二人は息の合った動きで互いを助け合って受け流した。正面からぶつかり合うのでは体の大きさと重さに押しつぶされるので、彼らは一撃も食らうわけにはいかなかったのだ。

 ねずみが少しひるんだかに思われたとき、コウゼンが剣を大ぶりにして脳天を割ろうとした。しかしこれは罠であり、ねずみは長大な尻尾しっぽを振ってコウゼンをぎ払おうとした。この尻尾をイヴトーブが割って入って切り裂いた。コウゼンは一瞬たりとも動きを止めておらず、勢いを止めずに、剣を振り下ろして、ねずみを倒したように思われた。

 剣が鼠の頭部を真っ二つすると、その脳の中にぎっしりと詰まっていたきのこが爆発して、胞子をき散らした。

 コウゼンは飛び退き、イヴトーブと並び立った。

「やはり呪いの化身けしんそのものを討たねばならぬようだ。さて、どうやるか」

 コウゼンは生き生きとしだしていたが、イヴトーブは苦々しい様子で言った。

「あんな化け物を手軽に生まれては都合が悪いぞ」

「私達の勲章くんしょうがまた増えるだけさ」

 祭壇さいだんに座るミヤルは手をいじりりながら、つまらなそうにしていた。彼女は独り言をぶつぶつ言っていた。

「呪い様はまだ来ないのね。死んじゃったら、呪い様なんかじゃない。呪い様は何でも食べるの。呪いって美味しいのよ。ネビウスのお弁当も良かったけど、やっぱり呪いの方が良いわ。お父さんとお母さんも呪っていたものね。だから呪い様が食べちゃった」

 ユウが叫んだ。

「ミヤル! なんで! 父ちゃんと母ちゃんを食べたのは……」

 ユウは言いながら、もう分かっていた。絶望に満ちた表情で彼は聞いた。

「お前なのか?」

 少女の真っ赤な瞳がユウを見た。

「お兄ちゃんの呪いはどんな風かしら?」

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