第14話 職人組合(2)「栗毛の師匠」
カミットと最も交流のある職人組合職員は栗色の髪の受付嬢ことエニネである。エニネは職人組合の制服である長衣を着て、いつも背筋を伸ばして美しく立っていた。きちんとした言葉遣いをし、どんな来客にも毅然と対応する様子はベテランの風格すら漂わせているが、実はエニネは十五歳で、去年成人したばかりである。
職人組合の事務職は関係者からの推薦で十一歳から徒弟入りが可能となっている。エニネは十一歳から徒弟修行を始め、十三歳で初級職となり、十五歳で中級職に昇格したキャリアを持つ。どんな職種でも中級職になると徒弟の面倒を見るものだが、エニネは昇格して間もないので、徒弟を受け持つ予定はまだなかった。
その日、職人組合会長がエニネを会長室に呼び出した。周囲は彼女を褒めそやした。エニネは肩で風を切って歩き、会長室に出向いた。
部屋に入るなり、エニネは目を細めた。会長が椅子に座っている横で葉っぱの髪と緑色の肌をしたジュカ人の男の子が立っていた。毎日飽きもせずにやってきては駄々をこねてエニネを煩わせる、ネビウス・カミットである。
恰幅の良い中年男である職人組合の会長は椅子にどっかりと座り、有無を言わさぬ迫力を醸し出して言った。
「こちらのネビウス・カミットは事務職の徒弟となった。君が指導しなさい」
「彼はまだ十歳ですよ。徒弟になれるのは十一歳からです」
エニネは思わず言い返していた。
会長は唸って、こめかみに手を当てた。
「ネビウスが無理を言ってきたのだが、見返りは釣りが来るほどもらっている。今年の掟に例外を設けることになる」
「公式に認めるのですね?」
「そうだ。気の毒だが君の最年少記録は塗り替えられた」
「いえ。それはべつに。私はただ、子どもには子どもの過ごし方を与えるべきだと思うだけです」
エニネはカミットを見た。たかだか十歳の男の子が高度な教養を必須とする職人組合の事務職をこなせるはずもなかった。会長とエニネは暗黙の内に分かり合っていた。なにもカミットに仕事をさせる必要はないのだ。預かってさえいれば、ネビウスとの約束は果たされるのだから。
しかし実際には、仕事が始まってみるとカミットは置物にはならなかった。
「ねえ! エニネはダメだって言ってるんだよ!」
職人組合の受付でカミットが大声を出した。行儀悪く椅子の上に立って、テーブルに乗り出して、獣のように吠えたのだ。
するとエニネに食って掛かっていた傭兵が怯んだ。彼はカミットと知り合いだった。
隣で急に大声を出されたので、エニネも驚いてちょっとしたパニックになって、カミットを注意し損ねた。
「カミットじゃねえか。ちっさくて見えなかったぜ。……こっちは大人の話をしてんだ。口出しすんな」
「そっちがエニネをいじめるからだ」
「あのなァ、泣きたいのはこっちだぜ。命からがら生きて帰ったのに、依頼失敗で罰金だってよ! せめて額を値切ろうってのは、お前だって傭兵をやりゃあ気持ちが分かるはずなんだけどなァ」
「知らない! 僕はエニネの味方!」
カミットがあまりに大声を出すので、他の受付のみならず酒場中の注目が集まっていた。その傭兵は居心地が悪くなると渋々《しぶしぶ》罰金を受け入れて、そそくさと仲間たちのいるテーブルに逃げていった。
エニネはカミットを椅子から下ろして、注意した。
「徒弟は師匠の仕事を黙って見ているのよ。良いわね」
「なんで?」
カミットは即座に聞いた。
エニネは返答に詰まった。口答えされることを想定していなかったので、反応が遅れてしまった。
「そういうものだからよ」
「ネビウスはそういう言い方をしないよ」
「私はあなたのお母さんじゃないからね」
「僕はエニネより簡単にあのおっちゃんを追い返したし、罰金もきちんと取れた。あのままにしておいたら、もっと時間がかかっていたし、もっとしたらエニネは罰金を下げてたかもしれない」
「言わせておけば! 信じられない物言いね。ネビウスの子息じゃなかったら、今すぐ追い出しているわ!」
「魔人を倒したネビウス・カミットだよ。おっちゃんたちも僕の話なら聞いてくれる」
エニネは怒りに震えてなんと言ったら良いのか分からなかった。
幸先の悪い仕事始まりとなったが、エニネの仕事は以前よりも円滑に進むようになった。カミットは受付業務の要領を素早く理解すると、厄介な客が来たときにだけエニネの援護に回り、それ以外での独断専行はなかった。カミットは手持ち無沙汰になると、その日の依頼札を仕分けていたり、並んでいる客の要件を先に聞き取ってその後のやりとりを円滑にしたり、他にも上司との連絡伝達も手伝った。エニネにとってカミットは鼻持ちならないガキであったが、役に立つということは認めざるを得なかった。
※
全ての依頼は職人組合によって厳密に管理されており、受付でやりとりされる木札が依頼の証拠となる。夕方に受付を閉めると、カミットはエニネと一緒にその日一日で預かった札を箱に詰めて、組合事務所の奥にある保管庫の、その日の日付の棚に収めた。
「エニネ! この札はどうするの?」
「どうって、月末にまとめて神殿に送るのよ」
「神殿でどうするの?」
「天秤で査定するのよ」
「天秤?」
「私はあなたの家庭教師じゃないのよ。常識はお母さんに聞くことね」
エニネが保管庫を出て、スタスタ歩いていくので、カミットもこれに小走りでついていった。仕事を終えた職員たちは、事務所内の食堂で食事を取ってから帰る。カミットは当然のような顔をして、食堂でエニネの隣に座った。周囲の男性職員たちはこころなしか、カミットを羨ましそうに見ていた。
カミットはパンと肉をもりもり食べながら言った。
「エニネが親切にしてくれたら、僕もそうするよ」
「生意気ね。私を友だちか何かと思っているのかしら」
エニネは細身の体型に似合わず、こちらもカミットに負けない量の大切りのパンと肉にがっついていた。
「エニネ。友達になろうよ」
「ダメよ。私は師匠で、あなたは徒弟だから」
「徒弟にはなったけど、お試しなんだよ。僕はそんな長くはここにいないだろうし」
エニネは食事の手を止めた。
「そうなの?」
「うん。きっとネビウスは次の魔人を倒しに行くから、そうしたら僕も一緒に行くんだ」
エニネは笑みをこぼしつつ、再び食事の手を動かし始めた。
「傭兵になりたいなら、弓の練習をしたら良いじゃない」
「ネビウスが職人組合で仕事をしておけってすごく言うからさ」
「へえ。お母さんの言いなりなんだ」
エニネは馬鹿にしたような言い方をした。これについてカミットはまったく腹が立たなかった。カミットはネビウスの言いなりではなかったし、ネビウスはカミットの支配者ではなかった。そんなことは当事者の間では当たり前過ぎた。エニネがなぜそのようなことを言ったのかを考え、次のように聞き返した。
「エニネはお母さんが嫌いなの?」
エニネには完全に不意打ちだったようで、高慢に笑っていた表情が凍りついた。
「本当にあなた、生意気よ」
エニネは吐き捨てるように言って立ち上がり、まだ残っていた食べ物を残飯入れに捨てて、足早に食堂を去っていった。




