茸の根地(4)「食べ物」
コウゼンが正しい地図をイヴトーブに渡したとき、既に彼らは遭難していた。根地の隆起した巨樹の根は視界を遮り、それらの表面にびっしりと生えた茸はどこを見渡しても似たような景色を生み出していた。
方角を定めるために太陽か月を頼りにしたかったが、胞子の霧が頻繁に起こって捗らなかった。そのため不慣れな者たちはしばしば一つの所に留まって、慎重に進まねばならなかった。
カミットがお腹を空かした頃に、コウゼンが小袋から塩漬けの鼠を取り出して渡した。カミットはそれを受け取り、きょとんとして固まった。
「ネビウスは生肉を食べるなって言うんだ」
コウゼンはふふんと笑った。
「塩で漬けてある。大丈夫だ」
「毛がごわごわしてるよ」
「皮が苦手なら、中の肉と内臓だけ食べると良いぞ。食べれば力が漲る」
コーネ人では生肉食はありふれた習慣だった。
イヴトーブが気を利かせて言った。
「コウゼン。ジュカ人は鼠を食べないんだよ」
「む?」
「レッサに籠いっぱいの鼠を贈って失敗しただろ?」
「美味しかった、ありがとうと礼を言われたぞ」
「……言葉通りに受け取ったのか?」
「私を鈍感と言いたいんだな? 君は勘ぐり過ぎだ。彼女は喜んでいたよ」
カミットはコウゼンたちのやりとりを観察していた。コウゼンはまったくもって善意で鼠をくれたし、イヴトーブは人種の食習慣の相違を理解して、カミットを助けようとしてくれていた。彼らの二人ともの面子を立てねばならないと、カミットは思った。
「食べたことないけど、食べてみるよ!」
カミットは思い切って、鼠にかぶりついた。すると思いがけないことに、一口目からとてつもなく美味かった。カミットは夢中で齧り付き、鼠の肉と皮を噛みちぎって食べてしまった。
コウゼンは「良い食べっぷりだ!」と言って喜んだ。イヴトーブは「無理をするな」と気遣った。
カミットは無理などしていなかった。彼はまったくの本心から言った。
「美味しい!」
これを機に、カミットは野生の小動物は塩をかければだいたい食べられると考えるようになった。
※
結局、コウゼンたちは三日もかかって村に到着した。コウゼンは少しも休憩せずに、すぐに村長を訪ねた。彼は村長宅の居間で用意された椅子にどっかりと座って言った。
「呪い子の元へ案内せよ」
村長はすまなそうに言った。
「すぐにもそうしたいのだが、赤髪をした古の民のネビウスがその呪い子の家に滞在しているのだ。ネビウスが呪い子を祠に連れていくと思っていたが、その気配はない」
村長の家の居間は重苦しい雰囲気に包まれていたが、カミットは喜んだ。
「ネビウスはやっぱり先に来てたね!」
「うむ。途中で居なくなって心配だったが、やはりな」
コウゼンは悩んで、カミットに聞いた。
「ネビウスは呪い子を持ち帰るつもりか?」
カミットはこの質問に調子良く答えた。
「ネビウスは仕方ないって言うと思うよ! かわいそうだけどね!」
コウゼンはイヴトーブに視線をやり、彼が頷くのを確認してから、村長に告げた。
「明朝、呪い子を生贄の祭壇に連れていきなさい。可能か?」
「大人しい子だ。いつも祭壇に行くときですら従順なのだ」
「では、後のことは任せよ。剣師に斬れぬものはない」
このように語ったコウゼンであったが、村長宅を出るや、イヴトーブと深刻な様子で相談を始めた。
「イヴトーブ。君は茸の化身と戦ったことは?」
「一度だけ」
「頼もしいな」
「油断はできない。君の友人は、今回の呪い子を調べて、君ほどの者でなくては務まらないと判断したんだからね」
「ふふ。私の友人がどの程度のものか、確かめる機会にもなる。案外、今回の呪い子が大したことなければ、彼女は心配性の誇張屋ということになる」
「そうであった方が私は嬉しいよ」
呪い子を生贄に捧げるにあたり、誰かがその子を祭壇へ連れて行き、たしかに生贄が成ったと確認しなくてはならない。呪い子のミヤルは過去二回、両親に連れられて、その儀式に臨んでいる。ところが二度とも彼女だけが一人で村へと帰ってきてしまったのだ。
そのときミヤルは語ったという。
「呪い母様はお父さん、お母さんを食べちゃった。かわいそう」
呪い母は土地の呪いを支配する存在であり、普通は生贄の呪い子を食べてしまうはずであった。少なくとも過去数百年はそうであった。
近頃各地で問題になっているのはまさにこのことだった。危険な呪い子は土地の呪いの巡りの中で生贄として処理されるはずだが、その巡りがおかしくなって、生贄を免れる呪い子が増えているのだ。
呪い子は多くの場合は呪いによって精神と肉体を蝕まれ、やがては人食いの化身になってしまう。そうなってしまったら化身殺しを専門にする傭兵に討伐させるしかなく、それでも無理ならいよいよ剣師を動員する。後者の場合、必然的に討伐対象となる呪いの化身はとてつもなく手強い相手となる。
コウゼンとイヴトーブはともにトップクラスの実力を持つ剣師であったが、彼らをして、今回のような化身殺しは決して気楽な仕事ではなかったのだ。
特に注意すべきなのは、化身になったばかりの呪い子である。継承一門や職人組合の方で正確な情報が掴めていない場合、呪いの化身の未発覚能力によって、ベテランの剣師ですら返り討ちに合うことは珍しくなかった。
そうならないために、職人組合に立つエニネは腕利きの剣師を手配したかったのである。




