茸の根地(3)「家庭教師」
「もう一回よ」
「できてるわ」
「もっと上手くやりなさい」
ミヤルは茸に手を翳し、茸を大きくしたり、縮めたりしていた。それをネビウスが指導しているのである。ミヤルは得意になって披露した呪いを不合格にされて腹を立てた。
「知らないくせに」
「知らなくたって、分かるのよ」
二人は家の前でミヤルが世話している茸畑にて、呪いの練習をしていた。ミヤルは不満そうにしつつも、素直に練習を続けた。そうしつつ、彼女はネビウスに聞いた。
「カミットはどんな呪いを使うの?」
「森の呪いよ」
「上手?」
「下手くそよ。練習しないもんだから、さっぱりだわ」
「ふーん。ネビウスは自分の子どもに教えたら?」
「もう一人のプロメティアは上手よ。とってもね」
「呪いが上手じゃ困るんじゃない? 生贄にしないといけないでしょ?」
「そうならないで済むように練習するのよ」
「練習したら生贄にならないでいいの?」
ネビウスはミヤルが練習を免れるためにお話をしかけていることに気づいていた。そこで、質問には答えず、ミヤルを冷ややかに睨んだ。ミヤルは緊張した面持ちになって、茸を萎ませた。ネビウスは今度は優しく微笑みかけて、ミヤルと手を重ねた。
「呪い子なんだから、呪いが上手くなくちゃ困るのよ。そうでないと余計なものを、あれもこれも傷めちゃうもの」
ネビウスの手から青い火が暖かに湧き上がり、その火がミヤルの手を包み込んだ。すると茸を操っていた呪いが応えて、茸に幻想的な輝きを与え、数秒の内にいくつもの新たな株を生み出し、一房の茸であったものが立派な群体となった。
ミヤルは目を丸くして、口をぱくぱくとさせて驚いた。
「こんなの知らない」
「私の呪いではないわ。私はあなたの力を借りたのよ。本当はミヤルはこういうことだってできるのね」
「ねえ、もう一回やって」
ネビウスはにんまりと笑って、手を離した。そしてぴしゃりと言った。
「だめよ。自分でやれるようになりなさい」
「意地悪!」
二人が仲良くして、呪いの練習をしていると、やがて夕方になった。ユウは茸を収めた籠を背負って帰ってきた。彼は心配そうに言った。
「ネビウスの連れは村に着いていないらしいぞ」
「あらまあ」
ネビウスは顎に手をやり、少しだけ思案した。そのあと、からりとした笑顔になって「大丈夫よ。明日には来るでしょう」と言った。
※
その晩、ネビウスが居間の床で寝ていると、彼女に近づく影があった。月明かりがぼんやりと差し込む部屋の中、赤い光が二つ煌めいた。
ネビウスは横になったままで言った。
「ミヤル、夜更かしはだめよ」
「今日は楽しかったのよ。だから一人でいたら辛くなったの」
ネビウスは起き上がった。
血のように赤い瞳がネビウスを見つめていた。
ネビウスはミヤルに優しく語りかけた。
「辛かったのね」
「そうなの」
「どうしてほしいの?」
「一緒にいて」
「困ったわね。あんたの小っちゃいベッドじゃ一緒には寝られないでしょ」
「お母さんたちのベッドがあるわ」
ネビウスはミヤルに誘われて、かつていた夫婦の寝室に通された。この家のベッドは平べったくて人よりもずっと大きな笠の茸であった。ネビウスとミヤルはそのベッドで寄り添って横になった。
「ユウは?」
「お兄ちゃんはお兄ちゃんの部屋で一人で寝てるの」
「そうなのね」
「お父さんとお母さんは食べられちゃったの」
「あらまあ。かわいそうね」
「うん。かわいそう」
ミヤルはネビウスに抱きついたまま、しばらくすると眠りに落ちた。ミヤルはあまりにも熟睡していて、翌朝はなかなか起きなかった。
ネビウスは朝の日差しで目を覚まし、そっと寝室を抜け出した。ユウがちょうど出かけようとしているところだった。彼はネビウスに聞いた。
「ネビウスはどういうつもりだ?」
「どういうって?」
「ミヤルを生贄にするつもりだろ」
「私は呪い子をどうにかしたことは一度もないわ。そうだっていうのに呪いの連中は感謝しないし、仲間からは無責任だって言われるし、困っちゃうのよ」
「最近、見慣れない立派な服を着たやつらが村に何度かやってきたんだ」
「職人組合の調査員ね」
「あいつらは敵か?」
「そんなのは状況によるでしょ」
ネビウスは荷物を背負ったままでいるユウを見て笑った。
「つまらないこと考えてないで、今日の仕事をしてきなさいよ。男は稼がなきゃ一人前じゃないんだから」
「言われなくたって、分かってらあ」
ユウが出かけた後、ミヤルが慌てて起きてきた。ミヤルはネビウスが朝食を作っているところに駆けてきて、「お兄ちゃん、行っちゃった!?」と叫んだ。そしてネビウスを睨んで、非難した。
「起こしてくれればよかったのに! 私はいつもお兄ちゃんのお見送りをするのよ!」
「明日はちゃんと起きることね」
「ネビウスのせいよ!」
「人のせいにするんじゃないわ。あんたが寝坊助だからでしょ」
ミヤルはなおもネビウスに文句を言ったが、ネビウスが作った茸のスープを飲むと、表情を蕩けさせて笑顔になって言った。
「こんな幸せな朝ってないわ」




