茸の根地(2)「赤」
根が栄養を吸い尽くしたことで、土は枯れ、根地の地下には多くの空洞が生まれた。空洞内を縦横無尽に伸びる根には茸がびっしりと生えていた。
「んん!? んぐごっ!」
降り積もった胞子の中から手足をバタバタとさせて、うめき声をあげたのはネビウスである。彼女は直前までカミットやコウゼンと一緒にいたが、霧の中で窪みを踏み抜き、地下へと落ちてしまったのだ。
ほんの僅かな間だったというのに、ネビウスは吸い込んだ胞子によって体内から蝕まれつつあった。普通の人種なら死に至る状況だが、ネビウスは左の青い目をきらめかせ、肺の中に青い火を起こし、胞子を焼いてしまった。さらに彼女の全身を覆っていた胞子もついでに焼いた。これで無事は確保されたが、吸い込む度に燃やしていたのではキリがないので、ネビウスは落下の衝撃で外れていた防塵の仮面をきちんと付け直した。
ネビウスは立ち上がって、頭上を見上げた。地上まではかなりの高さがあった。根は表面が滑りやすく、よじ登るのは困難に思われた。
そのとき、視線を感じた。
根の陰から茶色い毛並みをした小柄なコーネ人の少年がネビウスを観察していた。ネビウスは彼に話しかけた。
「ちょうど良かったわ。村まで案内してちょうだい」
「何者だ」
「髪は赤いけど、褐色の肌で分かるでしょ。古の民のネビウスよ」
「用は?」
「あんたみたいなのが偉そうに聞くんじゃないわ。私は村の偉いやつと話すの」
少年は表情が仮面で見えないながらも、明らかに困っていた。
「俺はユウだ。妹はミヤル」
「はあ?」
ネビウスは唐突な名乗りと家族の紹介に戸惑い、首を傾げた。微笑ましくもあったので、彼にそのまま喋らせた。
「俺は家長で、ミヤルを守らなきゃいけないんだ」
「あらそ。立派なのね!」
「ミヤルは呪い子だ」
これを聞いて、ネビウスはさっと表情を変えた。柔らかで温かみのあったそれが、硬く冷酷な様子に。幸いにも仮面があったので、ユウにはその変化を悟らせなかった。
ユウが何を警戒しているのかは明らかだった。彼は古の民が呪い子を始末しに来たのではないかと疑っていた。
ネビウスにはそのつもりが無かったが、コウゼンはまさにそのために今回の困難なピクニックを企画したらしかった。ネビウスはカミットに呪い子の辿る運命について学ばせる良い機会だと思ったので、彼女自身も同行していたのである。
「あらま! 私の子も呪い子よ! 今は上を歩いているはずだけど、私がドジを踏んで、逸れちゃったのよ!」
ネビウスはいかにも自然に言った。長年の経験で、彼女は呪い子やその親族と打ち解ける方法を熟知していた。
「そうなのか! 今朝、ミヤルが呪いが来るって言ってたのはそいつだな」
ユウには思いがけないことだったようで、その声はとても嬉しそうだった。
※
ネビウスはユウの案内で、コウゼンたちよりもずっと早くに村に到着した。ネビウスは村長と挨拶をしてから、ユウの家に出向いた。
コーネ人スナツメ族の住居は根の間に土を固めて作るという独特な様式で、内部にいくつかの小さな窓があって光を引き入れていた。ネビウスは綺麗に片付けられた居間で、食卓の椅子にかけた。ユウは水といくつかの焼いた茸を差し出して、ネビウスをもてなした。ネビウスは茸を齧りながら聞いた。
「それで、ミヤルはどこ行っちゃったのよ」
「あっちの部屋にいるんだけど、怖がって出てこないんだ」
居間の隣には寝室に繋がる通路があった。ネビウスがそちらを睨んでいると、ユウが慌てて言った。
「怖がらせないでくれよ」
「安心なさい。私はあんたなんかよりよっぽど心得ているわ」
ネビウスは鞄からとても小さな笛を取り出した。先端に海綿質のびらびらが付いた、極小の海笛であった。その先端をカップの水に浸して、息を吹き込んだ。びらびらは虹のような色合いで輝いた。
しばらくすると、寝室の通路の陰から、純白の毛並みをしたコーネ人の少女、ミヤルが顔を出した。警戒した様子でありながら、ネビウスの海笛に興味を抑えきれないらしく、しっぽをふりふりとしていた。ミヤルは赤い瞳でネビウスを見つめて言った。
「あなたの右目、私と同じ赤をしている」
ネビウスは笛を吹くのを止めて、ゆったりとした口調で答えた。
「そうよ。これは物を滅ぼす火の赤」
「私の目の赤は?」
「命の赤ね」
ミヤルは不安そうにしっぽを垂れさせた。
「血ってこと?」
ネビウスは、フハッ、と笑った。
「私がてきとー言ったことを気にし過ぎね。そんなところで隠れてないで、こっち来なさいよ」
ネビウスが手招きすると、ミヤルはおずおずと進み出た。
ミヤルは最初は警戒していたが、次には大胆になった。ネビウスの近くまで寄り、鼻をひくつかせて臭いを嗅いだ。
「すごい呪いの臭い」
「私には呪いの子が二人いるのよ」
「二人も?」
「一人はこのあと村に来るわ」
「どんな子?」
「全部を自分で決める子よ」
「わがままな子は苦手よ」
「仲良くしてあげてちょうだいな」
「その子次第ね」
ミヤルはネビウスの臭いが気に入ったらしく、断りなくネビウスの膝に座った。ユウは驚いて目を丸くしていた。ミヤルは警戒心が強く、あまり人に心を開かないはずであったからだ。




