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ネビウスクロニクル  作者: 石井
太陽の都編
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茸の根地(1)「ピクニック」

 根地こんちという地形がある。位置は太古の森の周縁部、太古の木々の根によって支配された土地のことである。木の本体はあくまで遠方の森にあって、根地こんちに現れる根は森から伸びてきているのだ。その太さが人の背丈ほどもある根が隆起し、地面を割って現れている。それらが重なったりして、無数の大蛇がうごめくかのように地上を覆い尽くしている様子が特徴的であった。

 根は土からあらゆる栄養を吸い上げ、森へと送る。太古の森はその地域だけが豊かな植生に恵まれ、その周縁部の根地こんちは土が枯れてしまう。そのせいで根地こんちには普通の植物はほとんど自生しない。

 人も生き物も数は少ないが、砂の海方面は茸の根地こんちと呼ばれていた。どこからか吹かれてくる胞子が地上に露出している巨樹の根の上に繁殖し、一帯はどこを見回してもきのこだらけになっている。

 そんな場所に、とある村があった。大きな根の合間に土で固めて作った家が点在していた。コーネ人のスナツメ族の住居である。

 朝方、ある家から出てきた若者は、コーネ人に共通の猫の顔をしており、茶色の体毛と比較的小柄な体格という典型的なスナツメ族の見た目をしていた。

 続いて、その若者の後を追って出てきたのは真っ白な毛並みと赤い目をしたコーネ人の少女だった。

「お兄ちゃん。何か来るわ。呪術師様に伝えないと」

「そうだな」

 兄妹きょうだいの名はユウとミヤルといった。兄は十五歳で妹は十歳だった。

 妹のミヤルは純粋なスナツメ族でありながら、生まれたときからその体は白色化を起こしていた。彼女は呪いを宿して生まれたのである。彼女の感性は鋭く、呪いの気配が村に近づくのを察していた。

 ミヤルが肩を抱いて体を震わせると、ユウは優しく微笑みかけて彼女の頭を撫でた。

「お前くらいの弱っちい呪い持ちを食べにくるやつなんて居やしない」

「食べに来たら、兄様がやっつけてくれるんでしょ?」

「そんな力自慢だったら、継承一門カイラに入ってらぁ」

「……頼りない」

「こら。俺は家長かちょうだぞ」

「家族と言ったって、私達二人だけじゃあね」

「うーむ」

「お嫁さん、探さないとね。おばさまたちに助けてもらいましょ」

「そうだなぁ」

 ユウはかごを担いで歩き出した。振り返ると、まだミヤルが家の前に立っていて、心配そうに彼を見ていた。


 濃霧が視界を閉ざした。その正体はきのこ胞子ほうしである。

 コーネ人の大人の男が二人とジュカ人の男の子が一人、彼らは顔に仮面を付けて、全身を覆う灰色の外套コートもお揃いという出で立ちで霧の中を歩いていた。

「コウゼン! すごい霧だね!」

 男の子はカミットである。

「霧が晴れてもすぐには仮面を外さないように。これを吸うとのどをやられて、息ができなくなる」

 カミットが呼びかけたように、片方の大人はコウゼンである。

 慎重に歩を進めて、しばらくすると霧が晴れた。

 樹木の姿はどこにもないのに、太古の森の巨樹の根だけが大地を貫いて露出し、湾曲し、でこぼこな地形を作っていた。根の太さは人の背丈を上回るほど分厚く、そんな物が無数に折り重なったりして大地を隠すほど密集しており、視界はすこぶる悪い。

 根を登っていくのは困難である。というのは根の表面にはきのこ類が発生しており、ぬらぬらとして滑りやすく、もっと悪いことには下手に触ると危険な胞子を噴出させるものなどもあるのだ。きのこに詳しい者でないと、たとえ最強の剣師セイヴァとて命取りとなる。

 これらの影響でこの地は天然の迷路となっており、不慣れな旅人が迷い込めば最期、抜け出すことはできず、やがてはきのこによってその身を食われる。

 胞子の霧が晴れてから、十分時間が経ったので、コウゼンが仮面を外した。カミットもすぐに外した。コウゼンではない、もう片方の大人のコーネ人も仮面を外した。

 黒毛のコーネ人の剣師セイヴァ、クロヤミ族の彼は名をイヴトーブといった。彼は巻物の地図を広げて、確認してから、コウゼンに言った。

「以前と様子が違う。根が成長したようだ」

「新しい地図はどうかな」

 コウゼンは革のかばんから真新しいそれを取り出して、イヴトーブに渡した。イヴトーブは怪訝な様子でコウゼンを見た。

「地図が二つ?」

職人組合ギルド職員が寄越した。最新の調査によって作成される予定の草稿版の写しだ」

 イヴトーブは呆れて言った。

「またおきてを破ったのか」

「結果を見せてやるさ」

 イヴトーブは首をすくめて、新しい地図を読み始めた。

 大人二人が話している間、カミットは近くのきのこつついて遊んでいた。有害な胞子を吹き出す茸もあったが、カミットの肩辺りから現れる瓢箪ひょうたん状の花が胞子を吸い込んで処理した。

 この様子を見て、イヴトーブは心配そうに目を細め、コウゼンに小さな声で言った。

「彼の呪いは太古の森の家系の物か?」

「そうだとしたらネビウスは彼を太陽の都(ソルガウディウム)に連れてこなかっただろう」

「そんな言い分が通じるのか? 彼の呪いは王家か神官ドルイドの一族によって秘匿ひとくされていたものではないのか」

「調査によれば、戦争の間や戦後処理において、あらゆる植物を生み出す呪いは観測されていない」

「調査というのは?」

「友人から聞いた話だ」

 イヴトーブは呆れてため息をついた。

「コウゼン、危ういぞ」

「君は心配性だな。彼を見習っても良いんだぞ」

 コウゼンが冗談めかして言って示した。彼らの視線の先では、カミットがきのこを食べようとしており、森の呪いが蔦葉つたはを現して、あるじの無謀を阻止していた。

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