古来都市(9)「決壊」
エニネは事務方のオフィスで報告書を読んだり、部下に指示を出したりして、引き続き働いていた。カミットはその場にいることを許されたので、エニネに近頃のことを喋った。カミットが服屋で働いていることを話すと、彼女は驚いて、報告書を書いていたのを中断して、カミットに聞いた。
「誰のお店?」
「タタの店!」
「その職人、知ってるわ」
「ほんと!?」
「若手で注目されてる職人の一人よ」
「そっか! タタはすごいんだね」
「よくそんなところで雇ってもらえたわね」
このときエニネは「森の民なのに」と付け足しそうになったのを、ぎりぎりで飲み込んだ。太陽の都において森の民が職を得るのは簡単なことではない。ネビウスが無理やりねじ込んだのかもしれないとも思ったが、カミットが自力で職を得た可能性も十分考えられた。褒め文句にもなりそうだったが、悩んだ挙げ句に結局その言葉は飲み込んだ。それで、エニネは思いついたことを聞いた。
「今日は休みなの?」
今度はカミットが密かに動揺した。彼はいろいろな嘘や不都合が重なった結果、今日この場にいるので、その経緯を思い出して、ぎくりとして肩を強張らせたのである。おそらく諸々の事実をそのままエニネに話すのは具合が悪いだろうと彼は考えた。エニネは数多ある職種の中で神官に匹敵するお堅さを誇る職人組合職員だからだ。
そこで彼は嘘ではない事実を述べることにした。
「今日は継承一門の稽古を見学したんだよ! 一日やると思ったんだけど、午前中で終わっちゃったんだ」
エニネのペンを動かしていた手が完全に止まった。
「誰かに紹介してもらったの?」
「コウゼン!」
「コウゼン!?」
エニネは驚きすぎて大声を出していた。オフィスの周りの同僚たちの視線が集まった。エニネはひそひそ声に切り替えて、カミットに聞いた。
「彼と交流があるの?」
「友達だよ! 峰の魔人を一緒に倒した」
エニネは手でカミットの口を覆い、身振りで声を小さくさせた。
「それはまだ非公開情報よ」
「そうなの?」
「彼は職人組合の待機命令を無視して、独断で三十人もの剣師を遠征させたわ。あり得ない掟破りよ」
これを聞いたカミットは嬉しくなった。峰の魔人討伐は非常に厳しい戦いであった。剣師軍団は討伐軍の主力と言える活躍をしてくれたし、彼ら無くして魔人討伐はなし得なかった。少なくともカミットは太陽の都の職人組合が消極的な姿勢であったことを良く思わなかったし、コウゼンが待機命令に反してまで空の都を助けに来てくれていたことには強い好感を得た。
エニネはカミットがにこにこ笑っているのを見て、ため息をついた。彼女はもう一つ質問した。
「彼が、えっと……、神殿と関わりがあることは知っているのね?」
「守り子ってこと?」
「そう。彼は次の守り子になるの」
「次ってなに? コウゼンは守り子だよ。太陽の化身の力を借りられるんだから、守り子でしょ?」
「儀式で公に認められて初めて、正式に守り子になるのよ」
「そっか」
「私、あなたに指導をするつもりはないけど、一つ教えるわ。現行の守り子が存命の内は次の守り子について話すのは敬意条項に反するの」
「前の人がまだ生きてるの!?」
カミットが思わず言うと、エニネは「シャーッ」とコーネ人の脅かす声を上げた。カミットは慌てて言った。
「失礼なんだね。じゃあ気をつける」
エニネは腕組みをして、カミットを疑るような目で見た。彼女の覚えによると、カミットは良くも悪くも人の話を聞かないはずであった。当時、その事件にあまり注目する人はいなかったが、彼は荒れ地の都にいた頃、人格者として知られる「偉大な」ベイサリオンのスクールを自主的に拒否したのである。
「……あなた、聞き分けがよくなったのね」
「そうかな?」
カミットは動揺して視線を泳がせた。この素振りによってエニネは確信して、まっすぐにカミットを見つめて追求した。
「良くない傾向が見えるわ。素直なフリをしてれば大人なんて簡単に騙せると気付き始めてるわね」
「なんで!? そんなことないよ」
カミットが本気で抗議すると、エニネは苦笑いして言った。
「私もそうだったから分かるのよ」
「違うってば」
「見抜く大人もいるのよ。びっくりしたでしょ」
「僕はエニネと仲良くしたいだけだよ。ネビウスだって上手くやってくのに嘘は必要って言ってたんだ。だけど、べつに僕、嘘なんてついてないし、騙してもいないよ。なんだよ」
カミットが口をひん曲げて、たいそう不満そうにしているので、エニネは哀れに思って付け足した。
「安心しなさい。私、あなたのことは好きよ」
「え!? ほんと? そうなの? 良かった!」
カミットは一転して嬉しそうに笑った。エニネは微笑みつつ、ペンを走らせて手紙を書いた。彼女はその書簡をカミットに託したのであった。
※
カミットはコウゼンに会うあては無く、エニネの手紙をネビウスからコウゼンに渡してもらおうと考えた。
ところが、どうしてこのような流れになったのかをネビウスが気にしだして、カミットはどうにかしてこの危機を乗り切ろうとして作り話を試みたが、いくつかの矛盾が生じて、ネビウスがエージに事情を確認すると言い出し、ついにカミットは苦しくなって号泣してしまった。
神殿通いから帰ってきたミーナは不安そうにして食卓の準備をしていたが、彼女はカミットが泣き出すと彼に駆け寄って抱きしめた。
ネビウスはミーナには料理をしているように命じて調理場へ行かせ、二人きりになってカミットに優しく語りかけた。
「坊や、私は怒っちゃいないのよ」
カミットは涙と鼻水をだばだば流しながら、伺うように聞いた。
「ほんと?」
「そうよ。でも、坊やが私の言うことをすっかり聞いてくれなくなったのは、そうね、ちょっとだけ悲しい」
「ネビウス、ごめんね。これからは言う事聞くよ」
「坊やは人の言うことを大人しくなんて聞けないでしょ?」
これを言われて、カミットはネビウスからの信頼が底を付いたように思われて、悲しみが増して、いっそう涙を流した。
「ネビウス。僕を嫌いにならないで」
「ならないわ。私達は家族なのだもの」
「ほんとに?」
「本当よ。私はあなたを愛してる。坊やがなにか失敗をしたって、それでも私は愛するのよ」
「ありがとう、ネビウス。僕も愛してるよ」
ネビウスとカミットが抱き合うと、陰で隠れて様子を伺っていたミーナが戻ってきて「私も!」と言って、彼女もネビウスに抱きついた。
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