古来都市(8)「子どもの掟」
カミットは継承一門の稽古見学を急に終わりにされて、ほとんど追い出されるように帰らされたことに激しく怒った。こういうときに本当はネビウスに話せば、気持ちの整理を付けられたはずだったが、今回は見学そのものが秘密だったのでそういうわけにもいかなかった。
このような事情で、カミットはその日は急に午後の予定が無くなってしまって、さらにもやもやした気分が落ち着かなかった。
そこでカミットは職人組合本部を訪ねることにした。
※
職人組合職員は踝丈の長衣を着て、終わりの島の最も責任ある職業種としての品位ある佇まいをしていた。
銀の腕輪を身に着けた中級職員はどの職種においても、仕事の中核を担う重要な職位であった。三年目の中級職員であるエニネは継承一門の派遣を要する緊急案件についての事務判断をも扱うようになっていた。
エニネは上級職員の執務室にて、ぴんと背筋を伸ばして立って、壮年の上司に向かって毅然と言い切った。
「十二剣師に命令してください」
エニネはある呪い子の調査をしており、その潜在的な危険性を理由に、継承一門の剣師による討伐を要請していた。掟は職人組合は継承一門を統括するとしており、その定めにより戦士たちの動員を命令できる。
ところがエニネの上司はこの当然の権利を行使することを遠回しな言い方をして躊躇った。
「もう少し傭兵の募集をしてみたらどうだろうか」
エニネは直ちに機嫌を悪くして、強気に言った。
「死人が増えれば要請が可能ですか?」
「そうは言っていない。民間で可能ならばその方が好ましいだろう?」
「民間による対応が困難であると予見し得るのですから、最初から可能な者どもを働かせるべきだと私は考えます」
「その前提が正しいと証明されるならば、その通りだね」
「推測を根拠付けるための調査は十分な量が報告されています」
「まあ、まあ。君はまだ若いのだ。そう思い込んだことが通用しないとしても、私のような上席の者に腹を立ててはならないよ。第一ね、呪い殺しをやる傭兵は死ぬことを恐れない。君のような高等市民がそんなに気にかけてやる必要はないのだよ」
エニネはこれを言われてキレてしまい、吐き捨てるように言った。
「分かりました。では、せめて十人が死ぬまでには決断していただくよう、よろしくお願いいたします」
このように言うなり、エニネはすぐさま踵を返し、カッカと歩いて部屋を出たのであった。そのまま猛烈な勢いでオフィスに戻って、とりあえず気持ちを落ち着かせようと思って椅子にかけた。すると同僚がエニネに話しかけ、客人が来ていることを知らせた。エニネは苛々していたので、文句を言った。
「約束もしないで来るなんて、ろくでもないやつね」
その客はもちろんカミットであった。かつての彼と違ったのは、彼は応接室で大人しく静かに待っていた。エニネが姿を見せると、カミットは心から嬉しそうに笑った。
「エニネ! 来たよ!」
その元気さは相変わらずであった。彼が大きな声を出すので、オフィスにも聞こえていただろう。エニネは後で同僚にからかわれるかもしれないと思ったが、久しぶりの再会なのだしカミットを指導するのは止した。エニネはカミットを観察した。
「久しぶりね。あの、えっと、本当に大きくなったわね」
「みんなそう言うんだよ」
カミットはエニネの横にぴたりとついて立った。彼はエニネと身長比べをした。
「うーん。エニネの方が大きいね。同じくらいの歳のナタブの友達もいるんだけど、やっぱり僕の方が小さいんだ」
「人種の違いがあるもの。当然でしょ」
「でも僕はネビウスが栄養のあるご飯を作ってくれてるから大きくなるって!」
「へぇ。そうなの」
エニネはつい笑ってしまった。彼女は、ネビウスとカミットの母子の関係を二年前にも不思議に思っていた。カミットのように、母に対する全幅の信頼を公然と明らかにする男は珍しかった。彼がまだ子どもだからかもしれないとも考えたが、もう十二歳であれば、そろそろ大人の感覚を意識する頃である。
エニネが温かい気持ちでカミットを見つめると、彼はもじもじとした。エニネは微笑みかけて聞いた。
「どうしたの?」
「あのさ、エニネは大人だから、遊んだりしないよね?」
エニネは二年前だって遊んだりしていなかったが、ここは突っ込まずに質問にだけ答えた。
「そうね。私、仕事があるから暇ではないし、子どもみたいに遊ばないわ」
「でもね、ネビウスは夜は家で遊ぶんだよ。石を積んだり、お酒を飲んだり、煙管をやったりするんだ」
「石を積むって、それが遊びなのかしら。……まあ、私もお酒や煙草ならたまにはするわ。大人だからだけど」
「そっか!」
「ん?」
エニネが引っかかっているのには気づかず、カミットはそのまま喋り続けた。
「僕もお酒を飲んだことがあるよ。空の都の夜店で麦酒を友だちと飲んで、いっぱい喋ったんだよ。すごい楽しかったんだ。僕、エニネと一緒に麦酒飲みたいな!」
エニネはもう笑ってしまっていた。けれども十八歳の彼女は大人としての義務を果たさねばならないと思って、気を引き締めた。彼女は腕組みをして、カミットを睨んで言った。
「カミット。お酒は、十五歳になって、成人してから飲むものよ」
「ええ!? なんで!?」
「掟だからよ。子どもは黙って従うの」
「やだよ! ハルベニィはいつも飲んでたよ!」
エニネはカミットの口の前に指を当てた。カミットは緊張した様子で口を噤んだ。エニネはカミットに言い聞かせた。
「あなたの友達のことはあえて聞かないわ。その友達が大事だったら、他所では言いふらさないのよ。他の都市の掟の厳格さはいろいろあると思うけど、子どもの飲酒はだいたいは掟に反するわ」
「ん~。……分かった!」
無論、カミットは友達と楽しく乾杯できる機会があれば今後もそうするつもりでいたが、今はエニネと楽しく過ごせるように納得したフリをしたのであった。
お読みいただきありがとうございます。
ブックマーク、ポイント☆など入れていただければ幸いでございます。




