古来都市(7)「稽古試合」
早朝、エージがネビウスのアパートを訪問してきて、カミットを連れ出した。彼はその理由を簡単に説明した。
「今日は研究発表があるからね。君はその場にいなくてはならない」
カミットは服屋の仕事を始めてから一か月ほどで、その内容に飽き始めていたので、こうして予定が変更されたことを単純に喜んだ。
学術院のホールで、傾斜のある半円形の聴衆席の後ろの方にエージとカミットは座った。カミットは満席のホールを俯瞰して、学者たちが談笑する様子を観察した。彼はちらとエージを見た。エージのもう一つの隣席は空席だった。カミットはエージに聞いた。
「友達が来るの?」
エージは頼りない様子で笑った。
「兄さんが来る」
「コウゼン!」
カミットはコウゼンに会いたいと思っていたので、思いがけず嬉しく思った。コウゼンとエージは兄弟であるから、コウゼンはエージの発表を見に来るのだろうとカミットは考えた。
鐘が鳴らされ、学者たちの発表が始まった。やがてエージも登壇し、彼が専門にしている古代遺物について、いくつかの道具の利用法を紹介した。エージは話術に長けており、冗談を交えて聴衆を笑わせつつ、驚くべき機能を備えた道具を実際に使って見せて、人々を魅了した。
しかしカミットは学者の研究発表にまるで集中していなかった。彼はとにかくコウゼンがいつになったら来るのかばかり気にしていた。そして待てどもコウゼンは現れなかった。そうしているうちにエージの発表も終わってしまった。
エージは席に戻ってきて、ほっとした様子で笑った。
「兄さんは来なかったんだね」
「どうしたんだろう?」
カミットが心配していると、エージは気楽な様子で言った。
「十二剣師は忙しいんだ」
コウゼンが姿を見せたのは、研究発表も終わりに差し掛かった頃であった。帯剣した赤毛のコーネ人で、精悍な面持ちの若者がマントを靡かせて現れると、会場のざわめきがぴたりと止まった。コウゼンは雰囲気の変化を気にする様子もなく、聴衆の間を歩いて来て、エージの隣に座った。彼はエージに聞いた。
「君の発表はまだか?」
「いいや。もう終わったよ」
「そうか」
兄弟の会話はこれだけで終わった。コウゼンはカミットに話しかけた。
「友よ。久しいな。変わりないか?」
カミットは「友」と呼びかけられたことが嬉しくて、花が開くような明るさで笑った。彼らは同じ戦場を戦った戦友に違いなかった。
「久しぶり! 元気だよ! コウゼンは?」
「見ての通りさ。私はいつでも調子が良い」
コウゼンは壇上で行われている研究発表には関心がない様子だった。彼は専らカミットと喋った。
「学問はどうかな?」
「ん? あんまりかな」
「エージの研究から学べているか?」
「ん~?」
カミットは素早く思考した。エージはにやにやと笑っているだけである。彼らはこの危機を乗り切らねばならなかったのだ。カミットは世間話の受け流し方を友人から学んでいた。彼はしたり顔で言ってのけた。
「まあまあだね。面白い時もあるけど、全然分からないんじゃあ困るよ!」
カミットが言い切ったのが面白かったらしい、コウゼンはよく笑った。
「たしかに、遺物の研究は素人には難解だ」
この日、コウゼンはエージがカミットを助手としてよく学ばせているかを確認しに来たらしかった。結果的に、カミットは上手くコウゼンの査定をかいくぐることができた。研究発表が終わり、別れ際にコウゼンはカミットに機嫌よく言った。
「ネビウスが許せば、継承一門の稽古場に来たまえ。同年代の子どもと切磋琢磨するのは成長に繋がるだろう」
カミットは大喜びでネビウスにこのことを伝えた。ネビウスは「駄目よ。坊やには仕事があるでしょ」と冷淡に言って、取りつく島もなかった。
※
カミットはコウゼンのことでエージを助けた。そのことに対する見返りとして、研究の助手として働く日ということにして服屋を休めるように取り計らうことを要求した。エージはカミットに助けられたとは認めなかったが、「おもしろそうだね」と言って笑って、カミットの要求を受け入れた。
継承一門は適正のある子どもたちを幼い頃から訓練し、最強の戦士に育て上げる。そのための稽古場が第二層街の一角にあった。稽古場にはいくつかの屋内外運動場や武器庫などが備えられているほか、敷地の中央には小さな神殿もあった。
元々、カミットは何かを期待していたわけではなかった。太陽の都はコーネ人とナタブの街であり、継承一門の主たる構成人種も同様である。限られた人種が肉体的な条件を背景に得意とする状況は、他人種にとってはどうしようもなく活躍しづらいものだと、カミットは知っていた。
そうではあるが、剣師の卓越した剣技がどのように形成されていくのか、カミットはその秘密を知りたかったのだ。このように考えていたので、何日も通うつもりはなく、彼はこの日一日で継承一門の秘密を全て知るつもりでいた。
先ず、道場の入り口に近いいくつかの部屋では子供たちがシンプルな訓練をしていた。師範の手本に習って木刀を振ったり、互いに打ち合って試合などをするのである。
案内してくれていた黒毛のコーネ人の戦士はカミットに稽古に混ざるかと聞いた。カミットは試合をしなくても良いことを確認してから、これを了承した。同年代の子どもたちはだいたいがカミットよりも大柄だったので、試合となれば不利を取ると思われたからだった。
縦横に十数人が並ぶ中、カミットは後列の端で木刀を振った。師範はちょくちょくカミットの隣にやってきて、「それでは斬れぬ。こうだ」と言って、お手本を見せた。カミットは剣などは殴る武器だという認識でいて、斬る必要を感じていなかった。とはいえ、求められればやってみせれば良いのだが、剣の筋は悪いらしかった。かつて槍の指導を受けていたときは、いい加減にやっていても指導をされた覚えはほとんどなかったというのに、剣は真似しようと思ってもいまいち上手くいかなかった。
稽古の後半には、試合をする流れになった。カミットは自分はやらぬと思って、リラックスして座っていたのに、師範が呼び出してきて、彼よりも体格のよいコーネ人の男の子と木刀で打ち合うことになってしまったのだ。カミットは抗議したが、コーネ人の師範が牙を剝きだして脅かしてきて、この場はやりすごすしかないと判断した。
試合では木刀以外の使用と急所への危険な攻撃が禁止される。カミットは試合前に互いに向き合ったとき、相手の男の子が油断していることを見て取った。コーネ人の運動力を前に真っ向勝負は困難と思われた。そこでカミットは久々に狩ることにした。
試合開始が告げられた。カミットは木刀をぶらんと持って、構えもせずに、突っ立った。相手の男の子は怪訝そうにカミットを睨んだ。ここで彼が慢心までしてくれれば、カミットにはより簡単だったが、さすがに心身を鍛えられた戦士の弟子はそれほど愚かではなかった。
試合が始まってから、互いに動き出さないで数秒が経つと、師範が両者を注意した。それでもカミットは動かなかった。
相手の男の子が先に前に出て剣を突き出した。これに合わせて、カミットは無防備に胸を張って、わざと突進した。
その勢いのままであれば、木刀と言えども、その切っ先がカミットの胸に突き刺さりかねなかった。驚いた相手の男の子は剣を引かねばならなかった。
カミットはそのまま突進して、相手の男の子に体当たりした。
師範は二人の男の子の間に割って入り、大変に怒って、試合はカミットの負けとした。
その結果にかかわらず、カミットは満足していた。これが実戦だったなら、彼は継承一門の弟子であるコーネ人を撃破していたに違いないことを周囲に示せた。彼は人種の体格差を覆してみせたと自負したのであった。
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