古来都市(6)「商い考」
太陽の都ではどのような服を着ているかはその人物の階級や職業を示す重要な指標であった。
カミットは古の民の養子であるので、他の人種では仕立てることのできない奇妙で美しい衣を着ていた。その服は彼の成長に合わせて何度も丈を直され、彼が生涯着てきた唯一の一着であった。
秘境の里を旅立って以来、その服はカミットを大いに守ってきた。それはカミットの人種階級を、他所では少数派となりがちで迫害の対象にもなる森の民ではなく、その風変わりで奇妙な装いであるがゆえに古の民の子であると明示してきたのである。ネビウスはその服は目立ってしまって問題があると言ったが、彼女は重要な事実をあえて無視していた。ネビウスが仕立てる古の民の服を着ないことは、カミットにとって人種階級的な防衛力を失うことに他ならなかったのだ。
しかしカミットはもう十二歳であった。古の民の子どもは存在しても、古の民の子である成人は存在しない。多くの場合、古の民は十四歳に達した子どもの親権を完全に放棄し、その子に与えていた姓名も剥奪する。ごくまれに具体的な使命を与えられて古の民の姓名を受け継ぐ場合もあるが、それには一族の会議によって全会一致の賛同を必要とする。したがってカミットの場合もよっぽどの必要がない限りは、十四歳になり次第、彼はネビウス姓を失い、ネビウスの保護を外れ、ただのカミットとなるのだ。
カミットがネビウスの仕立てる服を卒業するのは遅かれ早かれそうなる定めにあった。そのための準備期間は既に始まっていたのだ。
新しい服が引き渡される日、ネビウスはカミットに付き添って店にやってきた。タタが仕立てたコーネ人風の毛皮の服はカミットにぴったりで、第二階層の高等市民然とした洗練された装いであった。カミットは新しい服に袖を通し、腰を高級品の金属バックルが着いたベルトで占めた。カミットが新しい一張羅姿になると、ネビウスはその様子を満足げに見つめて、目を細めた。
ネビウスはカミットがこれまで着ていた服を回収して風呂敷にしまった。それから、タタにカミットの予備の服をもう二着仕立てるように依頼した。
※
服の意匠の良し悪しについて、カミットはしばしばタタに質問した。タタは店の職人の仕事に対して、最終的な合否判断を下し、必要ならばやり直しを命令していたので、カミットはその基準を学び取ろうと試みたのである。
ところがタタの指示はしばしば基本的な方針に欠けていた。
「もっと細かく縫って」
「この腰回りはもう少し細く」
「悪くないんだけど、これは駄目ね」
その店で扱う服は第二層に住む富裕層向けが多く、個性と唯一性がしばしば重視されていたからである。タタが監督し、彼女が納得するからこそ、商品の付加価値が保証されるのであった。
服を引き取りに来る客は誰もが心から納得して様子で大喜びしていた。だというのにカミットはタタの服がもっと程度が低いとされる別の店で陳列されている安価な服とどこが違うのか理解できなかったのだ。
結局、カミットの質問は「何が違うの?」に帰結しがちであった。タタはだいたいは大らかで許容的な人柄であったが、服の意匠のこととそれに対する無理解に対してはときどき不機嫌になった。
「形も、縫い方も全然違うでしょ。生地の染まり方とか質感だってきちんとこだわるのよ」
こう言われても、カミットは首を傾げて混乱するばかりであった。彼は服職人の見習いになったならば、永久に徒弟のままであるように思われて、その道を学ぶことをついには諦めたのであった。
カミットはもっぱら商売としての服屋業について学ぶ方針に切り替えた。原材料費や人件費、土地賃貸料などの諸々もの経費に関心を持ち、次には店ごとの売り上げにも注意を払った。彼はタタの指示で生地を扱っている店に出入りすることが多く、その店を訪れる別店舗の服屋の店員に世間話をしかけた。鬱陶しがられることも多かったが、あちこちの都を旅してきた経験により、初対面の相手と話すのは得意であった。こうして情報収集をがんがんしかけていったのである。
次第に、必ずしも高級な品を扱う店が安価で質の低い品を扱う店より儲かっているわけではないことに気が付いた。何といっても、後者は客が多かった。質の低い品は原材料費も技術料も何もかもの経費が安く、それだというのによく売れる。商売をするなら、よく使われる安物を扱った方が良いのだとカミットは考えた。
服について考えていると、カミットは彼が着る服がタタの仕立てた高級品でよかったと心から思った。何といっても、彼は古の民であるネビウスの子息であり、しかも魔人を倒し続けて既に三体、どう考えても安くて質の低い服を着ねばならない身分とは思われなかった。ボロ布のような服を何日も洗濯しないで暮らしている第一層の下等市民は彼とは異なる階級の住人であった。彼は稀有なる者として、芸術的な才覚に溢れる職人が作った一品物の服を着ることを当然と思った。こういうわけで、買い手が少なく、儲けが悪くとも、高級品はあってもらわねば困ると考えた。
そうして服屋について学んでいると、実は付近一帯の街の服屋は全て一人の元締め、すなわち親方によって経営されていることが発覚して、カミットは感動した。多様な客の要望を満たす品を店ごとに分けて扱い、職人ごとの得意が生かされているのだ。人々は生き生きと働き、親方は大儲けできる。カミットはぜひとも何かしらの職業で親方になりたいと野心を抱くようになった。
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