第13話 職人組合(1)「徒弟入り」
森の魔人討伐を祝う宴席で、職人組合の会長からカミットに銅の腕輪が授与される一幕があった。その腕輪には都の主神である大地の化身を表す亀の彫刻が彫られていた。この銅の腕輪によって、カミットは荒れ地の都で初級職人として認められたのである。
翌日にはさっそくカミットは意気揚々《いきようよう》と職人組合に出かけ、職の斡旋を受けようとした。カミットが受付で得意げに左手の腕輪を見せると、栗色の髪をした受付の若い女がにこりと笑って、カミットに聞いた。
「初級職人のカミットはいったいどの職の資格を持っているのかしら?」
カミットは首を傾げて聞き返した。
「僕は職人になったんだよ?」
「職人になったからって言って、何でもできるってことにはならないでしょ? たとえば、私は職人組合の事務職中級だから、こうして職人組合の受付をできるの」
話が長くなりそうだと思うと、カミットは受付の席によじ登って職人らしくテーブルに片肘をついた。
「難しいことはいいから、仕事をちょうだい。僕は呪いの森できちんと戦えた」
「傭兵職の徒弟入りは十五歳になってからよ」
「僕が魔人を倒したんだよ!」
「あれはネビウスがあなたを特例申請して同行させたの。私達が何も知らないと思って? ネビウスが闇の矢をあなたに与えていたことは分かっているのよ」
その受付の女は何を言っても動じない気配を放っていた。荒々《あらあら》しい傭兵相手でも一歩も引かない職人組合事務職員の胆力をまだ十歳の男の子が切り崩せるはずもなかった。
カミットは腕組みをして唸った。
「じゃあいいよ。どこかの屋敷で庭のお世話を募集しているでしょ? 僕は植物の扱いが得意だよ!」
「単独のお仕事は庭師中級以上が必要よ。初級職は親方の指示を受ける必要があるわ。それ以前に徒弟として修行しないといけないけどね」
「庭を弄るだけでしょ?」
「生意気なことを言わないのよ。ほら、これでも飲んで、今日はお帰り」
カミットはぶうぶう文句を言っても軽くあしらわれてしまい、この日はその女がサービスしてくれた果実の飲み物を飲んで帰った。
カミットが職人組合に顔を出すのは朝一で、仕事がなければそのままベイサリオン邸で講義を受けた。呪術を修め、教義を学べば、神官職につける可能性が開けるが、カミットは森の呪い以外の呪術はからっきしだったし、教義の勉強はさっぱり頭に入らなかった。
カミットとミーナの精霊探しも続いており、新たな展開があった。
二人が別々にスコップで土を掘り返していると、ミーナが悲鳴をあげた。カミットが駆けつけると、蛇と見間違う巨大な蚯蚓が粘液を分泌してうねうねと動いていた。カミットは手提げランプを翳し、その蚯蚓の姿をした土の精霊をランプに吸い込んで閉じ込めた。カミットは下唇を噛んでランプの中でぽうっと光る土色の光を見つめた。
呪術となると、ミーナはカミットを置いてけぼりにしつつあった。ミーナは元々風の呪術を使えるうえに、ベイサリオンの指導により土の呪術まで使えるようになってきていた。
カミットは初めて捕まえた土の精霊を職人組合に納品する際、その名義をミーナ個人とした。カミットはこれ以降、精霊集めをやめた。
※
カミットはへこむ性格ではなかった。彼は清々《すがすが》しい気持ちで呪術の道をきっぱり諦めたのである。精霊集めを辞めると決めた瞬間から、ベイサリオン邸に通うのも辞めた。
この頃、カミットは時間があれば射的の練習に勤しみ、森の呪いをさらに活用して、動く的を射抜く練習を始めた。森の迷宮での経験から、動く敵を射ることの難しさを痛感していたからだ。
弓矢は彼の好みだった。小さい体では剣を振ってできることは高が知れているが、矢ならば急所に当たりさえすれば大きな成果を得ることができる。どうやら射的が得意そうだ、とカミットは自覚していたので、それならばあまり得意でない精霊の扱いはいっそ切り捨てて、弓の練習に集中しようと考えたのであった。
しかしいくら弓が上達しようと、使う時と場所がなければ意味がない。カミットは魔人討伐で親しくなった傭兵たちを路地裏に作った練習場へ招待した。そして傭兵たちが見ている前で、不規則に動き回る的を連続で撃ち抜いた。
「どう? 上手でしょ!」
カミットは得意になって大きな声を出した。
傭兵たちはカミットを一通り褒めてから残念そうに唸った。
「カミットが十五歳だったらなァ」
ここで面倒見のよい傭兵が提案した。
「ネビウスが許可すれば、害獣駆除の補助につけていいんじゃないか?」
「子どもを危険な場所につれていくことは許されない。我々にはな」
傭兵たちのリーダーである男は決してカミットの徒弟入りを許さなかった。
※
ある朝、ネビウスがいつものように家を出ていこうとすると、カミットが出口で腕組みをして立ち塞がった。むすっとした顔で、あからさまに不機嫌そうだったので、ネビウスは戸惑った。母は子に躾をしたことがなかったし、息子は母に反抗したことがなかった。この二人は親子として衝突したことがなかったのだ。
「坊や、何か言いたいことがあるの?」
ネビウスは率直に聞いた。
カミットは黙ったままだった。
「言わなきゃ分からないのよ。じゃあ、私は行くからね」
ネビウスがカミットを押しのけていこうとすると、カミットはネビウスに抱きついて通すまいとした。
ネビウスは一歩引いて、カミットの手を取り、
「一緒に行く?」と聞いた。
カミットは何も答えず、手を繋いだまま離さなかった。ネビウスは彼を連れて、そのまま出かけた。
ネビウスは高級住宅街のとある邸宅の応接間で、荒れ地の都の職人組合の会長と面会した。二人は椅子を並べて、互いに書簡を交換し合った。ネビウスは受け取った書簡をすぐにしまったが、職人組合の会長はその場で書簡を開封して、内容を確認した。彼は書簡を筒に戻すと、深いため息をついた。
「ネビウス。海の都の職人組合は支援を送れないと回答してきました」
「残念だったわね」
ネビウスの受け答えはいかにも気がなかった。独自のルートで最速郵便を手配した当人が、内容に対しては無関心を装っていた。
「どうやら獣の凶暴化や新たな魔窟の誕生は荒れ地の都に限ったことではないようです。それぞれの土地で魔人の存在も報告されています。現状では、魔人を討伐できたのは私達だけです。本当に奇跡的なことでした。夜の王に感謝を伝えていただきたい」
「難しいことはベイサリオンと相談して」
「我々は一切の責任をあなたに求めません」
会長がこの一言を発し、発言録を取っている秘書を下げさせると、ネビウスは滑らかに喋り始めた。
「秘密だけど、呪いの森は私が封印しておいた。当分の間は拡大が抑制されるけど、もって三年てとこね。でも、ぜんぜん三年どころか、一年も保たなかったとしても、そういうこともあるでしょって感じ」
「魔除けの火が森の各所に灯されたことは存じ上げております。今年の祝祭では哀しみの化身に供物を捧げましょう」
「要らないのよ、そういうの」
「そういうわけにもいきませんので」
「とにかく手を打つなら早い方が良いわ。具体的な方法については分かっているでしょう? ベイサリオンと相談してちょうだい」
「……かしこまりました」
ネビウスは「ところで」と言って、話題を変えた。彼女が手で示したのは、会合の間ずっと隣に立っていたカミットである。
「私の息子のネビウス・カミットよ」
「ええ。知っています。私が彼に職人資格を授与しました」
「この二ヶ月くらい、ベイサリオンのところにやってみたのだけれど、なんだか収まりが悪いみたいで。職人組合で徒弟にしてもらいたいの」
「え? 彼は十歳でしょう?」
「だからなに?」
「まさか本気で働かせる気ですか? 子供に与える銅の腕輪は勲章のようなものでして」
「やっぱり無理かしら?」
ネビウスは髪を指でいじりながら、いやらしい視線を相手に送った。職人組合の会長は目を細めて、ネビウスを睨んだ。彼は根負けして言った。
「……職人組合は彼を受け入れましょう」
このとき今朝からずっと拗ねていたカミットがようやく笑顔を見せた。




