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ネビウスクロニクル  作者: 石井
太陽の都編
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古来都市(5)「送迎」

 その店には全員が女性の服職人が五人勤めており、二十二歳のタタは店を仕切る中級職人であった。彼女以外の職人は森の民の子どもが店を出入りするようになったことを嫌がっていた。彼女たちはタタがカミットを預かるようになった理由を知っていて陰口を言った。


「夢見ちゃってさ。いつか嫁にしてもらえると思って」


「都合の良い女ってかわいそう」


 三人の職人の女が店の裏口でタバコを吸いながら喋っていた。カミットは廃材を麻袋に入れて裏路地に出たところ、この会話を聞いてしまった。カミットが立ち止まってじっと睨むと、タタの悪口は止まった。


「なによ。こっち見てんじゃないよ」


「告げ口したら許さないよ」


 カミットは一回は無視して通り過ぎようとしたが、その数秒の間に良案が思いついたので、振り返って質問した。


「エージは悪い男なの?」


 女達は一瞬ぽかんとした顔になり、次には爆笑した。


「下等市民にも夢を見さしてくれる良い男よォ」


「男前だしね」


「女だったら下等市民でも抱いてくれるんだから優しいのよ」


 カミットは次の質問をした。


「なんでエージはお姉さんたちにはキスしないの?」


 この質問はまったくもって敵意によって為された。


 カミットは彼なりの審美眼を持ちつつあった。コーネ人では腰のクビレと大きなお尻、そして引き締まった足が美女の条件であった。というのも服職人の街ではあちこちに広告看板が建てられており、塗料で描かれる女性のシルエットはだいたいそういう体型をしていた。カミットが見たところタタはこの条件に当てはまった美しい女に違いなかった。諸々の条件を全て備えた体型の女は希少であった。タタの悪口を言っている女達は該当していないことをカミットは揶揄したのであった。


 この考えを進めると、エージはタタが美人でなかったなら愛人にすることは無かっただろうから、彼らの関係には愛が存在しているか疑わしかった。こうなると女達のあざけりもあながち間違っていないようにも思われて寂しい話であったが、カミットはとりあえずはタタの悪口を言う女達を攻撃せねばならないと感じていた。


 カミットは女達が睨むのも構わず、廃材をゴミ置き場に放り込んでから店に戻った。すると店に入ってすぐにタタがカミットを呼び出して注意した。


「余計な喧嘩すんじゃないよ」


「喧嘩? 誰と?」


「あいつらとよ」


「タタの悪口を言ってたから、僕も言ってやったんだよ!」


に受けてんじゃないわ。そこに居ないやつの悪口なんて誰でも言うのよ」


「んん!? どういうこと?」


「他人の息抜きを邪魔すんなってこと」


「分かんない! ちゃんと説明してよ」


「あんたみたいな、がきんちょと違って大人は複雑なのよ」


 タタはこうは言ったものの、カミットに干し魚のおやつを与えた。カミットはこれを噛みながら、人間関係の機微について考え込んだのであった。





 エージはカミットが第一層の服職人の店に通うようになって数日の間は送り迎えをしていたが、段々と店には来なくなって、紐舟ひもふねの駅で降りずにそのまま帰ってしまうようになった。彼は薄っぺらな言い訳をした。


「今度の発表が近くて、どうしても時間が無いんだよ。よろしく伝えておいてくれ」


 紐舟ひもふねに乗るには第二層住民の高等市民の腕輪を駅員に見せねばならないので、エージはそこまでの送り迎えはする。そこからカミットは駅から店までを一人で行き来するようになったのだ。


 そしてある夕方の帰り道であった。


 カミットは街の景色を満喫するべく毎日の通勤ルートを少しずつ変えていた。彼はその日は入り組んだ暗い裏路地を歩いていた。すると人相の悪い大柄のコーネ人の男たちがカミットに近づいてきた。


 男たちは店の女たちに頼まれて、カミットを怖がらせに来たのだった。


 カミットは生死を賭けた戦闘行為を既に何度も経験していた。彼は男たちが視線を向けてきているのに気づいて、分かった上でそのまま向かっていった。真っ向から迎撃する気でいたのだ。


 カミットには森の呪いが宿っている。呪いはそのあるじの危機を取り除こうとする。それが能動的であれ受動的であれ関係なくである。


 今まさに大樹が爆誕しようとしたとき、空から炎の矢がごうごうと燃えて飛んできて、カミットと男たちの間に突き刺さった。矢から赤や青の火が放たれて、それらは辺りに弾けて花火のように輝き、この世のものとは思われぬ美しい様子であった。


 しかし男たちにしてみれば、出どころの分からない不意の呪いは恐ろしいことこの上なく、飛び上がってひっくり返った。彼らはコーネ人だけあって、人家の壁や屋根を軽々登って、散り散りになって逃げたのであった。


 このときカミットはまずいことになったと理解した。案の定、駅ではネビウスが待っていた。ネビウスはただ一言「さあ、帰りましょ」とだけ言った。


 ネビウスはエージに苦情を入れるでもなく、次の日にはカミットに付き添ってタタの店にやってきた。タタは非常に緊張した様子でありながら決して負けまいとした。


いにしえの民がなんだって言うんだ。文句ならエージに言いなよ」


 ネビウスは飄々と言った。


「カミットに一式見繕ってちょうだいな。今の服は私が丈を直してずっとやってきてるんだけど、この街で私達の服を着てるのはちょっと悪く目立つでしょ。太陽の都(ソルガウディウム)を出歩くのに良い感じのやつをお願い」


「森の民の痩せっぽちの子どもの服なんか扱ってないよ」


「職人でしょ。作りなさいよ」


「金は?」


 ネビウスはカウンターテーブルに金色の天秤が描かれた札を置いた。タタは目を見開き、札を引ったくった。


「初めて見たよ。言い値札かい?」


「価値の天秤は契約を違わない。私が満足しなかったら何度でもやり直しよ」


「舐めんじゃないよ。一発で納得させてやるさ」


 ネビウスは契約を終えるとカミットに「お仕事がんばりなさい」と言って帰った。


 それから程なくしてネビウスはカミットの腕輪に通行印を刻み、彼が一人で紐舟に乗れるように計らった。


 その結果、エージはカミットの駅までの送り迎えもしなくなった。

お読みいただきありがとうございます。

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