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ネビウスクロニクル  作者: 石井
太陽の都編
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古来都市(4)「転々」

 紐舟ひもふねで都の下層へ移動する途中、エージはカミットに問いかけをした。


「山の形はどうなってる?」


「三角だよ」


「惜しいね」


「んん?」


 カミットが首を傾げると、エージはすぐに答えを与えた。


「山は円錐えんすいなんだ。頂点が尖っていて、そこから下へ、全ての角度に等しく広がっている形が円錐えんすいだ」


 エージが問うたのは遠くから見たときのシルエットではなく、実際の立体的な形についてだった。カミットは質問の仕方が良くないのだと思って少しムカついたが、反論はしなかった。


 エージは続いて質問した。


「それじゃあさ、円錐の表面積ってどうなってる?」


 カミットは聞き慣れない言葉に問いかけの意味を理解するのが遅れた。ここで分からないので教えてくださいとはなんとなく言いたくなかった。エージはカミットが知らないであろうことをわざと質問していたからである。知っていることと知らないことはとてつもなく大きな違いであり、人間の優越にすら繋がるとカミットは分かっていた。この場においては知らないなりの立ち回りを模索せねばならないと彼は考えた。問いかけに対する一つの解決策を彼は提示した。


「測ればいいんだよ」


「どうやって?」


「細かく分けると、四角がいっぱいになるから、それを測って足し合わせるんだ」


「円錐の表面を想像してごらん。途中を切って開いたら、四角じゃないだろ?」


「表面に点をいっぱい打って、その個数を数えれば良いんだ!」


「なるほどね。そう来たか」


 エージはくすりと笑った。


「底面の半径の長さを使って、神秘定数と掛け合わせた式を使えば、答えは一発で出せるのさ。いにしえの書が教えてくれるすてきな知識さ」


「ほんとに? でも僕の考えだって合ってるでしょ?」


「理屈ではそうらしいと思えるよね。でも証明されてはいない。点は丸だろ? どんなに丸を打ち込んでも、丸と丸の間の隙間ができる。だから正確な答えにはならなくて、それではだいたい正しいとしか言えないんだよ。学術院の数学者がそのうち解き明かしてくれたら、ぜひとも教わりたいよ」


「へえ! エージも知らないの?」


「知らないことはたくさんあるよ」


「そっか! 僕と一緒だね」


 カミットが無邪気に言うと、エージは急に黙った。彼はぼんやりした目をして、紐舟ひもふねの窓から街を眺めていた。舟を降りるまで、二人に会話はなく無言のままであった。


 第二層の輝かしい都市は下層にくだる途中で景色が一変した。


 第一層では百万人とも言われる莫大な人口が密集して暮らしており、当初の都市構想を遥かに上回る人々が住み着き、無秩序な増改築を繰り返して、かつて整然とした意匠で作られていた都市は今や魔境と化していた。


「やった! 第一層だ!」


 カミットは駅に着くと、重苦しい沈黙から開放されたのもあって、喜びの声をあげた。


 エージは後から舟を降りて、はしゃいでいたカミットに言った。


「ようやく人間の住む場所に戻ってきた」


 カミットはエージが急に話しかけてきたので驚いた。カミットはエージが機嫌を悪くしたと思っていて、どうしたものかと迷ったために反応が遅れた。


「えっと、エージは第二層に住んでるんでしょ?」


「そうだよ」


「んん? ……、そっか!」


 カミットは会話が噛み合わないと思った。また急に黙り込まれては嫌だったので、この会話はてきとうに流すことにして、次の質問は取りやめた。





 エージがやってきたのは服職人の街であった。彼はある店にやってきて、仕立て屋の職人であるコーネ人の若い女とカウンターテーブル越しに喋り始めた。


「タタ、久しぶりだね。君は全然会いに来てくれないよね」


「私を覚えてたってわけ?」


 タタは不機嫌に言った。カミットが陳列されている生地に触ろうとすると、タタは「シャーッ」という猫の威嚇する声でカミットを脅かした。カミットは思わず驚いて飛び上がった。タタはエージに聞いた。


「あの子ども、何よ? まさかあんた、森の民に手を出したってわけ? どうかしてるわ」


「そんなわけないだろ。彼はカミットだ。古の民の養子らしくて、兄さんが古い人達に貸しを作りたくて、僕に面倒を見ろと言ってきた」


「アハハ! 良い気味ね」


「でもさ、ほら。向き不向きがあるだろ? 僕には研究もあるしさ」


 タタは察した様子で意地悪く笑った。


「ふふ、嫌よ。森の民と一緒にいたら、そういう思想だって思われて商売もやっていかれないわ」


 エージはタタの手を撫でながら言った。


「僕も送り迎えくらいはしようかなと思っていて」


 エージはカミットの面倒をタタに押し付けようとしているらしかった。カミットとしては第一層に来れるならば願ってもないことだったので、彼はこの流れを上手く利用しようと考えた。


 カミットはエージの隣から顔を出して、職人組合ギルドの腕輪を見せた。


「僕は職人組合ギルドの初級職人だから、仕事を手伝えるよ!」


 大人の話し合いは一瞬途切れたが、タタはカミットを無視してエージに言った。


「あんたの顔を見たきゃ、森の民の面倒を見ろって? 何様かしら?」


「だって、君は僕に会いたいだろ?」


「勘弁してよ。私、ほんと、無理だから」


 タタは目を伏せて、手を引こうとした。するとエージはタタの手を逃さず引き寄せて、テーブルの上に身を乗り出して、タタにキスをした。口を被せ合い、もごもごと何やら舌を絡めあわせている。それはカミットが知っているキスではない、別物のキスであった。彼はいけないものを見ている気分になって赤面した。


 事が済むと、エージはタタの返事を聞かず、「ありがとう。じゃあ、よろしくね」と言って、カミットを置き去りにした。タタは心ここに在らずといった様子でぼーっとしていた。カミットは彼女に聞いた。


「二人は恋人だったんだ?」


 するとタタはカミットを険しい目つきで睨みつけた。


「恋人ってのは、あちこちに何人も作るもんじゃないのよ!」


 最初に言っていたのとは様子が異なり、タタはカミットにあれこれ指示を出したし、簡単なことなら仕事の手伝いをさせた。ときどきは客が森の民がいることに関して文句を言ったが、タタは「守り子んところの事情よ。気にしないでよ」と言って軽くあしらっていた。

お読みいただきありがとうございます。

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