古来都市(2)「一族会議」
スタァテラ火山はその主の機嫌次第で日に数回は噴火する。
火山と一体化している太陽の都はあまりにも間近な天災に対して完璧な対策を持つ。大地の揺れは地中に張り巡らされた耐震設備によって解消される。降り注ぐ灰は街の上空の見えざる防壁によって防がれ、防壁の起点となっている各所尖塔の排出口から除去される。こうして都市は本来ならば一瞬にして街を滅ぼしうる自然災害を克服しているのであった。
太陽の都はその起源が明確に古の民に由来する稀な都市であった。今の時代では彼らは世の中の大きな出来事について表立って関わることがないので、ほとんど忘れ去られていることなのだが、太陽の都には古の民が隠れて暮らす一族の街が存在する。島に点在する一族の小さなコミュニティとは違って、常時百人近くが暮らす最大の集落である。
四年に一度、一族は太陽の都に集まって会議を開催する。平時ならば互いの安否確認、緊急時ならばその議題について対応を検討するためであった。
会議の時期になると、白髪と褐色の肌をしていて、清らかな衣を身に纏った若者たちが街角でちらほらと姿を見かけるようになる。彼らは気配を隠す忍びの術に長けているので、風変わりな様子でいても他の人種から声をかけられることはない。もちろん隠れる気のない者はその限りではないが、積極的に世間と関わろうとする者は古の民にはほとんどいないのだ。
概して似たような外見の者が多い彼らであるが、そんな中に灼熱の赤髪をしたネビウスが混じっていた。とある街角の路地裏の広場が会合場所であった。秘密の広場に至るには迷路のように入り組んだ路地裏を決まった順序に進み、いくつかの封印の門をきちんとくぐる必要があった。ネビウスは慣れた足取りでその道を歩いたのだが、うっかりして忍びの術を使わずに来てしまった。彼女は密かに後を着いてきていたカミットに気づいて、ようやく失敗を悟ったのだった。
ネビウスは腰に手を当て、ため息をつくと、背後を振り向き、呼びかけた。
「坊や。出てらっしゃい」
すると家の角からカミットがいたずらっぽくにやりと笑って顔を出した。
「ネビウス! 里長たちに会うんでしょ!」
カミットは職人組合本部での大人たちの会話を盗み聞いて、この機会を逃すまいと思ったのであった。
ネビウスは期待に目を輝かせるカミットに淡々と言った。
「会議は私達しか出られないのよ」
「なんで!」
「秘密だからよ」
「でも、みんなに会いたいよ!」
カミットが大声を出すと、ネビウスは心配して辺りを見回した。秘密の路地裏で喋るときは小さな声で厳かにするのが一族の決まりごとであった。おそらくはこの道を行きたい者が他にもいるだろうが、世俗のジュカ人の子供が入り込んでいれば通れずにいるだろうとも思われた。ネビウスは一度カミットを連れ帰ろうと思った。ところがネビウスが言い聞かせてもカミットは頑として受け入れず、彼はとにかく食い下がればいずれネビウスが折れるだろうと期待しているように思われた。
親子が言い合っていると、そこへ鍔の広い帽子を被って、外套を着て、大きな荷物を背負った旅人然とした人物が通りかかって、彼がカミットに声をかけた。
「大きくなったな」
姿は青年だというのに、その口調は老人のようであった。
「里長!」「あらまァ。久しぶりね」カミットとネビウスはそれぞれこのように言った。
その人物は巨獣山脈の秘境の里を取り仕切っていた里長ことヴェヴェという名の古の民であった。彼はネビウスに皮肉っぽく言った。
「会議に子どもを連れてくるとは、君はそんなに子煩悩だったか」
ネビウスはすぐに言い返した。
「そっちこそ世話焼きの変わり者よ」
二人の会話にカミットがすぐさま割り込んだ。
「里長、僕も会議に行きたいよ! 里のみんなと会いたいんだ!」
カミットは説得の対象をヴェヴェに移したのであった。ヴェヴェは顎を撫でて、ふわふわとした様子で言った。
「ネビウスが許したならば仕方あるまい」
「あのね。私はそんなつもりはないのよ」
「皆は良く思わないだろうが、年功に逆らえぬのはいつものことだ」
「私の印象が悪くなるんじゃ困るのよ」
「さあ、行こう。少し急がねば。もう二ヶ月も遅刻している」
ヴェヴェがすたすたと歩いて行ってしまおうとする。ネビウスは彼の背を顎で示してカミットに言った。
「年寄りは人の話を聞かないのよ」
するとヴェヴェは振り向いて、こちらもぼそりと言った。
「君よりはずっと若いがね」
※
白髪と褐色の肌をした若者の見た目の人々が百人ほど集まって、彼らは円形の広場で思い思いの場所に腰をかけて談笑していた。広場は四方を高い建物の壁に囲まれていて陽光を遮られていたが、その空間に充満する精霊の光がぼんやりとした明かりを提供していた。
ネビウスとヴェヴェが姿を見せると、一斉に視線が注がれた。ヴェヴェは広場の中央で木組みの演説台に立って仕切り始めた。
「さて、ようやく必要な人が揃ったので、今年の会議の初日を始める。皆、知っての通り、知らぬ者もいるかもしれないが、我らの島は今あまり良い状況ではない。仙馬襲来に端を発する精霊に関わる一連の異変はなおも改善の兆しを見せていない。それどころか状況は悪化している」
ヴェヴェは一同を見渡し一呼吸置いて問いかけた。
「私達はこの調和の乱れに対し、介入すべきであろうか?」
ヴェヴェが喋っている間、ネビウスは白衣姿の集団を探した。その中心であるコーアンという男性が目当ての人物であり、ネビウスは彼の友人らを退かして、石段に座っていた彼の隣に腰掛けた。
「お久しぶりね」
「おや。古きお方よ。あなたと話すのは二十四年ぶりだね」
「私達は用が無ければ、それが一番でしょ」
カミットもネビウスの隣に座った。コーアンはカミットを一瞥するも、言及はしなかった。ネビウスは非難を示唆する強めの口調で言った。
「医神友人会は機能していて?」
医神友人会は古の民の医者及びその弟子たちからなる非営利の医療組織であった。この組織は終わりの島全域の難病や伝染病に対応すべく古くから活動してきたが昨今は医療の提供態勢が揺らいでいた。
そしてコーアンこそは医神友人会の代表であった。彼はこの世で最も穏やかな様子で言った。
「島で起こる傷病に対し医者と薬の数が足りていないことについての要望かな?」
「そうよ。昔からそうだけど、特にブート人の縄張りが手薄なのよ」
「南は険しい土地だからね。皆、あまり行きたがらない。登山をすると、うっかり足を滑らせて痛い思いをすることがある。雪山は寒くて肌の霜焼けが辛いし、喉をやられやすいのも困りものだ。ネビウスには感謝している」
ネビウスはコーアンと話すのはあまり好きではなかった。良くも悪くも手応えのない男であり、何かを訴えてもまるで響く様子がなく、途中で匙を投げたくなるのである。そうであるのでネビウスはどっしりと構えた上で会話を誘導しなくてはならなかった。
「人の問題? それとも物の問題?」
「全てだよ」
「私に何かできることはあるかしら?」
ネビウスがこれほど献身的な申し出をすることはほとんどありえないことであった。だというのにコーアンはぼんやりとした顔で首を傾げるばかり。彼は会議に集まった一族の者たちを示して言った。
「離散傾向が強まっている。四年前と比べて既におよそ三割の一族の者たちが島を離れた。中には優れた医者もいたし、物流の専門家もいた」
「今日来てないだけじゃないのね。見切りつけるのが早すぎるわ。暇なやつが穴埋めをすれば良いのに」
「急な変化に対応できないのは私達の弱点だね。新しいことをするのは皆避けたがる。せめて一世紀はくれてやらねばならぬとか言うので、やれやれだ」
「たかだか数世紀生きたくらいで悟ってんじゃないわ。もう!」
やっぱりだめか、とネビウスが諦めかけると、コーアンは言った。
「ヴェヴェは何か考えがあるようだよ」
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