古来都市(1)「栗毛の人」
太陽の都は迎えの馬車を寄越した。ネビウスたちは砂の海の玄関口となっている太陽の港から馬車に乗って都へ直行した。
スタァテラの大火山の麓には太古の森が広がる。この地域では年間を通して雨は少ないが、古代の森では木々が地下深くの水源にまで根を伸ばすので成長には差し支えなく、大昔に火山の噴火がもたらした肥沃な栄養素を含む土が植物のさらなる生育を促した。
森を抜けると太陽の都の一端が姿を見せた。火山の一合目から三合目にかけては第一層と呼ばれ、貧民街や外部から来た商人などで賑わう宿場町が他の地域に比類なき規模で発展している。貧民街と言っても、富裕層に比べて相対的に貧しいというだけであり、人口規模の大多数と都の経済の中核はほとんどこの層の人々が担っている。
火山の周縁を取り囲む高層建築群は本神殿を擁する山頂の火口にまで至る。太陽の都は太陽の化身の火山と一体化していた。
ネビウスたちを乗せた馬車は最初に都の立体移動の要である紐舟停泊所に到着し、次に鉄縄にぶらさがった舟で一気に山の中腹にある第二層街へと至った。
紐舟から降りるとき、カミットは強烈な違和感を感じて一瞬立ち止まった。
ネビウスが声をかけた。
「どうしたのかしら?」
カミットはこわごわと言った。
「変な感じがするよ?」
「私達の街だもの。魔除けが過剰だから、呪い持ちはだいたい嫌がるのよ」
ネビウスはミーナが気分が悪そうにしているのを抱きしめた。
一応、カミットは元気ではあった。それどころかネビウスの話を聞くや不安を忘れて喜びすらして、舟から降り立つなり叫んだ。
「ネビウスの街!」
都の第二層では、高層建築が整然と区画された様子で立ち並び、それらを架橋する連絡通路は縦横無尽であった。公道は舗装されて輝かんばかりに磨き上げられていて、精霊の光が街頭や看板を美しく彩る。太陽の都こそは、終わりの島にて最高かつ完全なる文明都市に違いなかった。
駅を出ると、既に馬車が待機していた。ネビウスたちは職人組合が寄越した馬車で太陽の都の職人組合本部へ向かった。
※
太陽の都の職人組合は都の一等地にその本部施設を構えていた。本部エントランスは美しい絨毯が敷かれ、来客用の椅子やテーブルも見るからに高級な家具類からなっていた。一般の職人が訪れるのは各地区にある支部であり、本部ではその大半が職員であり、また職人組合の中枢に関わる者たちが多い。
職人組合本部の特徴として、多様な人種の職員が行き交っており、職人組合の国際組織であるところがよく表れていた。太陽の都では他都市の職人組合本部と人材の派遣をし合うことで交流しているのであった。
カミットはネビウスが出迎えの職人組合職員と話している間、ミーナと一緒にエントランスのテーブルで椅子にかけて待っていた。ミーナは砂の海から3日ほども移動し続けたために、すっかり疲れ切ってしまい、俯いて一言も喋らなくなっていた。
カミットはつまらないなと思っていたところ、ふと懐かしい匂いを嗅ぎつけて立ち上がった。あちこちで人が喋っていてざわざわとする中でも、彼はその声を聞きつけた。すぐさま猛烈な勢いで走り出し、男女四人ほどでテーブルを囲んで話し込んでいるところに突撃した。
「エニネ!」
カミットが元気よくその名を叫ぶと、男性二人、女性二人のそれぞれが驚いてカミットを見た。彼らは職人組合職員の腕輪をしていて、上流階級らしい上質な衣の服を着ていた。
一方、カミットは硬直した。
その大人たちの内訳はナタブが二人、ヨーグ人が一人、コーネ人が一人であった。コーネ人は猫の顔を持つ獣頭人身の人々であり、何の特徴もないとされるナタブの人々と並び太陽の都の主たる人口を構成する人種であった。
カミットは栗毛のコーネ人の女性をまじまじと観察して、顔を赤くした。彼の記憶にあった人物とは似ても似つかなかったし、彼の眼の前にいる人物はただの知らない大人の女性と思われた。
「人違いだったや」
そうして誤魔化すようにもごもご言って去ろうとしたところ、
「待ちなさい」と声がかけられた。凛とした強い意思を感じさせる声であった。
カミットはぎょっとした。やはり声ならば間違いなかった。
「んん!?」
カミットは首を傾げ、その女性をよく観察した。彼女は猫の顔をしていた。手足も体毛に覆われていた。どう見てもナタブではないのだ。
彼女は問うた。
「カミットね?」
「あれェ、エニネなの?」
「そうよ。あなたこそよく分かったわね。驚いたわ」
エニネはかつてカミットが荒れ地の都の職人組合で師事した職人組合の中級職員であった。その当時はナタブとしか思われない無毛の肌をしていたのである。顔だって当時は猫ではなかった。
エニネは苦笑して言った。
「悪いけど、私、今は仕事があるから、あなたの相手はできないのよ」
「うん。でも久しぶりに会えて良かった! じゃあね!」
カミットはエニネの仕事を邪魔してはならないと思い、素早く退散しようと思った。しかしエニネはまた彼を呼び止めた。
「ミス・ネビウスは一緒?」
「うん」
「あなた……、どうせ好き勝手できるんでしょう。私が暇なときにまた来なさいよ」
「ほんと!? 行く!」
エニネは少し堪えていたが、結局吹き出して笑った。
「調子狂うわ。相変わらずね。もういいわ。私、忙しいのよ。もう行きなさい」
「じゃあまたね!」
カミットは二年ぶりになるエニネとの再会をこの上なく嬉しく思った。彼にとって旅立って以来初めて出来た他者との繋がりはエニネとの交流によって始まったように思われたからで、その思い出はとても重要なものになっていたのだ。
このあとすぐにネビウスの講義がカミットの疑問を解消した。
「ナタブと他人種の間の子は十代のどっかしらで体がどちらかの種を選ぶのよ。その娘は荒れ地の都に来ていた頃はまだ変貌期を迎えていなかったのね」
「子供が大人になったってこと?」
「そんな感じね」
「そっか。エニネは大人になっちゃったんだね」
カミットはなぜだか寂しく思った。エニネは彼にとって初めてできた友達であった。どういうわけか大人はカミットの友達にはなりえず、彼が友達になれるのは彼と同じ子供でなくてはならなかった。そうして物思いに耽ると、取り残されたような気分になり、少し落ち込んで呟いたのであった。
「僕だけ子供のままなんだ」
ネビウスはくすりと笑った。
「焦ることないのよ。坊やはまだ十二歳だもの」
「そうだけどさ」
カミットは先程のエニネの様子を思い出していた。かつての彼女はもっと勝ち気で偉そうにしていたが、久しぶりに再会したエニネの笑顔は随分と力が抜けていた。荒れ地の都で過ごしたのはもう二年前のことであった。カミットだってきっと変わったし、そして知らぬところで過ごしたエニネも変わったのだ。たくさん話すことがあるように思われてきて、またエニネのこともたくさん聞きたいとカミットは思った。
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