砂の海(8)「砂獄返し」
動物の骸骨の仮面を被ったツクサ人の墓守が地底の門からサボテン砦に続々とやってきた。彼らは総勢四十人になった。これは殻の都を守護する全ての墓守の内、五分の一に相当する。これだけの大戦力を遠方に派遣するのはツクサ人にとっては本来望まざることだが、砂獄返しにおいてはその必要があった。
ツクサ人は他者の干渉を寄せ付けないことで知られるが、それも古の民の炎の賢者が相手では事情が違った。半世紀前にネビウスは殻の都を訪れており、ツクサ人はその際の苦渋をしっかりと覚えていた。今回、彼らはネビウスとの関わりを手早く済ませたいと考え、季節外れの砂獄返しを決断した。平時ならば地底における都の防衛を万全にするように虫たちの動向を調べながら墓守の防衛配置を考えているが、急なことであったので大急ぎで配置換えを行わねばならなかった。
砂の海は晴れ渡って、風は無く、空気は乾いていた。サボテン砦の周縁に建設された木組みの停泊場には砂の海のほとんど全ての砦や集落からヨーグ人の男たちが集まってきていて、砂船が数多く並んだ。またツクサ人たちが集合している場所には砂船の五倍はあろうかという超大型の傀儡鎧、鯨骨の鎧が堂々たる威容を示していた。
ネビウスは港に姿を見せると、思惑通りに事が進んだので満足げな笑みを浮かべていた。
ツクサ人側の窓口となっているミーズはネビウスに一言文句を言った。
「我々は予定が狂うのが嫌なのだ。万事、予定通りにすべきであるところを、ネビウスのせいで我々は余計な思考と労力を費やした。これは我々の貸しであり、賢者は我らの子孫に対して良くするべきだ」
「ぐちぐち言わなくても、気にかけるくらいするわ。お望みなら誓うけど?」
「不要だ」
「あらそ」
このあとミーズがそのまま無言でネビウスの前に立ち続けたので、ネビウスは怪訝がって聞いた。
「何かしら? 用はないでしょ」
「私が伝え聞いたところでは、ネビウスは弱者と敗者を応援する」
「はぁ? 何を言っているの?」
ネビウスは小馬鹿にしたように聞き返した。ミーズはなおも淡々と問いかけた。
「それはなぜか?」
「私はそのときの気分でしようと思ったことをするだけよ」
「敗者は滅びる。弱き者に労をかけるのは考えの筋に欠く。渦に捕らわれた者を助けようとすれば、より多くが渦に飲み込まれる」
「ごちゃごちゃ言ってないで、困ってるヨーグ人を助けてやるのはいつものことでしょ。強くて立派なあんたたちがさ!」
ミーズは首を傾げて去ったのであった。ツクサ人は終わりの島の最も小さい人々であるが、ミーズが歩いていくと、大柄なヨーグ人たちが道を譲った。ミーズはこのことを特別に意識しなかった。彼は生身で歩いているときも骨の鎧を纏っているのと同じ感覚でいたからである。
※
砂の海では、砂は水のように滑らかで、ある種の生き物は泳ぐことすらできる。したがって砂が低きに流れるのであれば景色は全て平坦になるはずだが、実際には所々で砂が積もって丘のようになっていたりして傾斜を伴っている。これはその付近に砂の形質を変え、掘り出したり、積み上げたりする者がいるからであった。
三十隻の砂船とその後方を不気味に泳ぐスナクジラの骨の鎧が砂の海を進んだ。目的は砂獄と呼ばれる砂の渦である。渦の中央からはしばしば砂が吹き上げられて、中心が陥没することによってそのような地形となる。
広大な砂の海に砂獄は珍しくない地形の一つだが、これが二つ接近しあった際には事情が変わってくる。砂海の民は毎年この砂獄の主の内、最も大きくなった者を討伐する。これが砂獄返しである。
船を飲み込み、鯨を食らう砂獄の主はヨーグ人の通常戦力では歯が立たない相手であった。しかしツクサ人の骨の鎧ならば可能であった。四十人もの墓守が乗り込んで一体の鯨の骨を基に作られた超大型の傀儡鎧、鯨骨の鎧を共同して操り、彼らが主力となって砂獄の主を討伐するのである。
カミットも砂獄返しに参加していて、彼はスナイルカ漁で親しくなったヨーグ人漁師の船に乗っていた。彼は本当はツクサ人の骨鯨の鎧に乗りたかったのだが、その要望は却下されて、当初は少し機嫌を損ねていた。むすっとして口数も少なくして、砂鯨の鎧を恨めしく睨んでいたのも束の間、砂獄の渦が見えてくると、彼は息を呑んだ。
海の化身の大渦ほどとはいかずとも、船や砂の海の大型生物を飲み込むに十分と思われる驚異的な渦が築かれていた。
ヨーグの漁師船団は帆を広げ太陽の力を集めて推進力を得て、渦に飲み込まれないように、円周に沿って航行し始めた。
それとは対照的に、船団の後方から進み出た鯨骨の鎧は砂獄の中心へと猛進した。危険を感じ取った砂獄の主は地中から激しく砂を巻き起こして周囲に撒き散らした。一時的に一帯は砂嵐のようになった。しかし骨鯨の鎧はそのまま突き進み、砂獄の中心部に迫った。
ついに砂獄の主が姿を現した。普段は地中に潜んで姿を見せぬその正体、鋏のような顎を持つ巨虫・クジラジゴクが地中から飛び出て、鯨骨の鎧の突進をかわして、すれ違いざまにその巨体でもって鯨骨の鎧にのしかかった。
体格ならばわずかに鯨骨の鎧が勝っていた。鯨骨の鎧は纏わりつくクジラジゴクを体当たりで跳ね除けた。
ヨーグの船団は渦の中央で暴れるクジラジゴクに向かって槍を投げつけた。風の呪いが仕込まれた槍は安全な距離からの遠投が可能であった。カミットもおもしろがって、風の槍を投げた。槍は手元を離れるや加速して遥か遠くのクジラジゴクに命中したようだった。
※
戦いは予定通りに進み、一時間ほども経つと、クジラジゴクは弱ってきた。人々はクジラジゴクを倒せるように思われた。
ところが砂獄の形状が急激に変化して、その側壁が崩れた。もう一つの砂獄が接近してきて融合したのである。
新たに現れた砂獄の主、もう一体のクジラジゴクは様子がおかしかった。すぐには動き出さず、戦いをじっと観察しているのである。
ツクサ人の鯨骨の鎧は二体のクジラジゴクを相手にすることは予定通りであったのだが、襲い来る二体を同時に相手することは可能でも、別行動をするクジラジゴクを同時に攻撃することはできなかった。
実際、ツクサ人の墓守たちは何食わぬ様子で激闘をこなしつつ、鯨骨の鎧の中で互いに大声で言い合っていた。
「もう一体はなぜ向かってこない?」
「そういう予定はなかったはずだ」
「どうなっている?」
「各個に討伐できるならば好都合だ」
議論が各個撃破にまとまりかけたとき、ミーズは仲間たちに叫んだ。
「否! これはネビウスが課した試練である。新たなもう一体を戦いに引き込むべきだ!」
彼らは話し合った結果、ミーズの意見を採用した。鯨骨の鎧の鰭をあやつり、砂を打ち叩いて、もう一帯のクジラジゴクを攻撃すべく移動し始めた。
ところがそれまで戦っていたクジラジゴクは何かの意思を持っているかのように骨鯨の鎧に纏わりついて、移動を妨害した。
そうしている内に異変の正体が明らかとなった。
新たに現れたクジラジゴクの背が割れ出して、脱皮が始まったのだ。ミーズたちは狂騒して、どうにかこれを阻止しようと試みたが間に合わなかった。
美しい羽を広げ、細長い尾を伸ばし、クジラジゴクは成体の姿、ウスバルネロとなった。
羽を得たウスバルネロは砂獄上空をゆらゆらと飛びながら、風の呪いで砂嵐を起こした。
太陽の呪いの守りを持つ砂船の船団はどうにか砂嵐の中をも航行したが、こうなってしまうとクジラジゴクに槍を投げるどころではなくなった。
墓守に期待された役割はクジラジゴクの羽化を阻止することであったが、通常ではあり得ない異常な速さで行われた即時の羽化は防ぎようもなかった。彼らは残っているクジラジゴクを倒すことに専念した。彼らは戦いながらも相談していた。
「あの成体はなぜ留まっているのか?」
「番を待っているのだ」
「それだけは阻止しよう」
仲間たちが常に話し合っている間、ミーズはため息をついて無言でいた。彼はネビウスがツクサ人を呼びつけた今回の砂獄返しに恐ろしい気配を感じていた。彼の考えでは、虫は馬鹿だから相手にできるのであって、その巨体と強い力を持ちながら、加えて知恵を持つようでは、骨の傀儡鎧があったとしても、とても対応できないように思われた。
他の墓守はこの期に及んで、なおも優位を信じていた。鯨骨の鎧がふわりと浮き上がったとき、彼らは何が起きたかを把握していなかった。
ミーズは顔を青ざめさせて呟いた。
「我らが空を飛ぶのか」
ウスバルネロが骨鯨の鎧を掴んで持ち上げたのだ。一度目は鯨骨の鎧の重量によって取り落とされたが、さらなる二度目の襲撃では風の呪いの強力な浮上効果により鯨骨の鎧は空へと連れさられてしまった。そして高空から投下され砂の海に叩きつけられた。ツクサ人が誇る最強最大の鎧は半壊し、機能停止に追い込まれたのである。
幸いにして墓守たちは骨の鎧の衝撃の内部緩衝機能により無事だったが、彼らはすっかりパニックを起こしていた。ミーズは仲間たちに吠えた。
「鎧を修復せよ。使える機能で立て直すべきだ!」
戦況は急激に悪い方向に傾いていた。
ウスバルネロはもはや砂嵐を起こさなくなり、悠々と待っていた。
そしてもう一体のクジラジゴクの羽化が始まった。
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