砂の海(7)「墓守」
先ず、末端の洞窟で巡回見回りをしていた墓守がふわふわと浮かぶ不気味な影を発見した。彼はすぐさまあらゆる通路に隠して設置された骨伝話装置のラッパ様の音声吹き込み口に叫ぶ。
「一体、幽虫、襲来!」
その切迫した警告は壁中に張り巡らされた音声骨伝導管を渡り、最も近い警備所へ伝えられる。駐在の墓守は連絡を受けると、楽しいカードゲームを直ちに切り上げて、骨で出来た巨獣に乗り込み出動していくのであった。
幽虫はその姿がある場所で現れたり消えたりする不思議な者どもである。狭い洞窟では小さな姿を取り、広大な空間においては巨大な姿になる。直接人を食べることはないが、他種の人を食う虫を誘き寄せるのでやはり危険であった。
したがって墓守は幽虫を発見したらば、すぐさま駆除しなくてはならなかった。しかもだいたいは幽虫そのものを追い払った頃には、血に飢えた芋虫や甲虫がうねうねかさかさ言いながらやってきており、結局激しい戦闘に突入することになる。
第一戦闘状況が開始された後にも警告は続けられている。警備所から警備所へ、そして都の関所へ、さらに都の塔から塔へ、やがてはキノウ宮殿の墓守参謀本部にまで危機は伝えられる。都においては宮殿の最も高い塔で円錐らせん状をした特大の骨笛が鳴らされ、今まさに危機が迫っていることが市民に通達される。
ぼぉう、ぼぉう、と骨笛の野太い音色が殻の都に響き渡った。
このときネビウスたちは通りの出店市をぶらりと散歩して、土産を物色していた。店主はネビウスに骨製の呪いの道具を売り込んでいたのを一時的に止めたし、大勢いた他の人々もぴたりと動きを止めて骨笛の音に耳を傾けていた。
「恐ろしいことが起きたようだね」
ディシタは呟いた。彼女の衰えた目は通りの人々が怖がる様子を映し出さなかったが、彼女は人々の呪いの気配が高まるのを感じ取っていた。
カミットが不安がっていると、ネビウスが教えた。
「ただの虫よ。都の外で墓守が防衛しているの」
「大丈夫なのかな?」
「虫の駆除は年がら年中あることだもの。墓守は手慣れているわ。現場は都から離れた洞窟の端っこだから、ここは安全よ」
「でもみんなすごい怖がっている」
「一人一人が虫の怖さを知っているのよ。恐ろしきは悪名高きくじ引き制度よ」
カミットが不思議そうにしていると、ネビウスは説明した。ツクサ人は安全な都に住む権利をくじ引きで毎年決めるのである。都に住める人数には定員があり、くじに外れた場合は危険な辺境に住まざるを得ない。また前年に都に住んだ者は翌年は辺境に暮らす決まりとなっている。墓守が巡回しているとは言え、毎年辺境では虫の被害が必ずあって、全ての民にとって人食いの虫は他人事ではなかったのだ。ネビウスはこの短い講義を次のように締めくくった。
「連中ご自慢の平等主義ってわけ」
黙って聞いていたディシタは苦笑いした。
「ネビウスはツクサ人が嫌いなのかい?」
「はァ? どういうことよ」
「ミーズたちと会ったときから何だか喧嘩腰じゃないか」
「地下に引きこもって何にもしない連中にいったいどうして私が思うところがあるものかしら。だって関わりようもないのよ。好きも嫌いもないでしょう?」
「そうかい。あたしには関係ないからいいけどね」
「小娘が生意気言わないのよ。私を見張ってるつもりかもしれないけれど、ミーズは何かあったときにあんたを生贄にするつもりなのよ」
「あたしがそうならないように、ネビウスには大人しくしていてもらいたいね」
「大物みたいに思われてると勘違いしないこと。あんたがここに連れてこられたのは、その目が駄目になっているからよ」
ディシタはふふふと笑った。
「ツクサ人は何をそんなに見られたくないんだか」
ここでカミットが反応して閃いた様子で目を輝かせた。彼はディシタを警戒し、小さな声でこっそりとネビウスに聞いた。
「お宝?」
ネビウスは凶悪に笑って、カミットを脅かした。
「彼らは一族の者以外には何一つ見せたくないのよ。坊やは私の子だから特別に殻の都に入れたの。許可なく近づけば墓荒らしと思われて、捕まって縛られて、人食い虫の巣に放り込まれるんだわ」
「なんで!? そんなことしたら死んじゃうよ!」
「そういう掟だからよ」
カミットは虫たちに噛みつかれて血肉を削り取られて食べられるのを想像した。その刑はこの世で最も残酷な仕打ちのように思われて身震いした。辺りを見回せば、灰色の肌をした小さい人々は地上の人々と一見変わらず和やかに暮らしているように思われた。ところがある建物を改めて観察し、それが巨大な虫の頭殻であり、牙の生えた口を平然と出入りする人々の様子を見たとき、ツクサ人はどうやら地上の人々とは一線を画す生き方をしていて、掟の根拠となる考え方が大きく異なるのも不思議ではなく思われてきた。彼は露店で買った芋虫の串揚げをばりばり食べながら、そのようなことを考えたのであった。
※
ミーズはネビウスが流転の洞窟で勝手なことをしないように、サボテン砦までの帰路を着いてきた。地上に出てくるときのツクサ人は全身をフード付きの外套で覆い、骸骨のマスクで顔まで全て隠す。ミーズはいかにも息苦しそうにしているのだが、それでもマスクを外さなかった。
サボテン砦には各地にある砂上集落から赤肌のヨーグ人たちが集まっていた。彼らはツクサ人の使者を待ち望んでいた。砂の海の指導者たちが一同に会して話し合っていたのは初夏に襲い来るある危機に対してであった。
集まったヨーグ人が耳を傾ける中、ミーズはマスクでくぐもった声で言った。
「本年の砂獄返しを前倒して行いたいとの要望について、我々は準備を終えていないので了承できない」
ヨーグ人たちは言った。
「太陽の都が貢納を早めるように言ってきている。我々は対応しなくてはならない」
この要望に対して、ミーズは冷淡に回答した。
「殻の都は太陽の都の下位ではない。殻の都の政策決定を太陽の都のために変更することはない」
「砂の海は太陽の都の支配下にあるのだ。我々は逆らえないのだ」
「不可能は不可能。ただ事実を回答すればよろしい。無から有を生み出すことはできないのだ」
「さもなくば継承一門による海賊摘発が行われるのだ。我々の仲間が見せしめに牢獄の都送りとなる」
「あなた方が海賊行為をして自ら招いた危機について、殻の都は無関係だ」
大柄なヨーグ人に囲まれても、ミーズは少しも揺らがず、殻の都の使者としての立場を堅持した。
不動の様子を見せていたミーズに徐に近づいたのはネビウスであった。ミーズが椅子に座ったままで見上げると、ネビウスは彼の頭を書簡でパコンと叩いた。ミーズはひどく驚いて、椅子から転げ落ちた。危うくマスクが外れそうになったが、彼はそれだけは死守した。ネビウスは手厳しかった。
「一つ貸しにするくらいの器を見せなさいよ!」
ミーズは起き上がってネビウスに吠えた。
「乱暴者め! 私は使者だぞ!」
「何にもしない、予定通りって言いに来たのが使者だってわけ? ご立派な仕事だわ!」
ネビウスはこの発言によって砂の海のヨーグ人を援護していたのだが、当のヨーグ人たちは引いてしまっていた。彼らは荒くれ者が多いにもかかわらず、ツクサ人に対しては強く出られなかった。話題となっている砂獄返しという行事はツクサ人の協力なくして成立しないからである。
ミーズはマスクを押さえながら「なんという屈辱か」とぶつぶつ言いながら、会議の行われていた広間から出ていった。
ヨーグ人たちはネビウスに詰め寄って「ツクサ人の期限を損ねるな」「なんてことをしてくれた」と罵ったが、ネビウスは悪びれることなくからっとした笑顔になって「私は連中をやりこめるのは得意なのよ」と言った。
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