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ネビウスクロニクル  作者: 石井
太陽の都編
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砂の海(6)「殻の都」

前回からの修正です。地底の民をツクサ人としました。

 下るほどに、ぽつ、ぽつ、と明かりが見えるようになった。ある種類の虫がぼんやりと光って、それらは洞窟の天井や壁を這い回り、道ばかりかこの世を照らす太陽であった。十分明かりが得られるようになると、ミーズは光っていた杖の先端に布を被せた。ツクサ人の集落が近くなってくると、道に平らな岩が敷き詰められるようになって歩きやすい。分かれ道には掲示や簡易な地図が記されて迷うこともなかった。


 ネビウスはカミットに語った。


「本来地下は空気が十分でないの。だけれども、ほら、あれよ」


 あらゆる壁や天井に葉の表面に泡を蓄えた禍々しい様子の植物が生えていた。泡は時折弾けては次々生み出されていた。


「わざわざ地上から空気を引っ張り込んでくれるのね。あれのお陰で地下でも息ができるのよ。ツクサ人がいるところはそういう安全な場所なの。地上からデタラメに掘るのは危ないのよ」


 カミットはネビウスが何を懸念して急に講義を始めたのかと考えた。彼は自分がとんでもない愚か者のように思われてはいないかと心配になった。そのため、わずかではあるが非難を込めた口ぶりになった。


「僕は何もないところを掘ったりしないよ?」


 ネビウスはこの講義をにこにこ笑うだけで終わらせようとした。ミーズはツクサ人の立場から見かねて言った。


「地下には遺跡がある。地上の馬鹿者どもが古代の遺産を盗もうとして、新しい墓を作るのだ」


「お宝があるの!?」


 カミットは目を輝かせた。彼はめくるめく冒険と古代人の遺産を発見する想像をして心をときめかせた。


 ミーズが呆れてため息をつくと、ディシタはクスクス笑った。


「ツクサ人は墓荒らしを許さない。くれぐれも馬鹿なことを考えるんじゃないよ」


「泥棒はだめだよ。分かっているよ」


 口ではこのように言いつつ、カミットは残念がっていた。


 このあといくらか歩いて、ミーズが案内したのは墓守の駐在所であった。駐在所の前には墓守の呪いの鎧である骨の巨獣たちが物言わぬ物体となって並んで鎮座していた。ツクサ人の住居は蟻の巣のように区画が作られていて、多くは扉もなかった。ただし呼び鈴はあって、ミーズはりん、りんとそれを鳴らしてから中に入った。


「ディシタと地上の客だ」


 駐在の墓守は五人でテーブルを囲んで、駒や札を使う卓上ゲームをしていた。一人が「鎧はどうした?」と聞けば、ミーズは「壊れた」と不機嫌に答えた。


 墓守たちはゲームをやめて、ネビウスの対応をどうすべきか話し合った。この話し合いは長引いた。


 ネビウスは文句を言った。


「決められない連中ね」


「ミーズたちはマシな方さ。小一時間もすれば結論を出すだろうよ」


 ディシタは友人を庇ったが、ツクサ人の性質については否定しなかった。ディシタは勝手知ったる様子で駐在所の台所から飲み物を持ってきて、ネビウスに渡した。


 待っていられないのはカミットであった。彼は駐在所の近くをうろちょろして、鎧の呪いに強い興味を示した。無数の骨が駆動する様子に並々ならぬ関心を持っていて、それがどのような仕組みなのか知りたかった。可能ならば、呪いの鎧を動かしてみたいとも思っていた。


 動物の骨は珍しくもなんともなかったが、生き物の骨格がむき出しになっている姿は面白く思われた。全ての生き物はこの骨の回りに血肉をまとうことで完成するのだと想像した。本当は乗り込んで中を見てみたかったが、ミーズの鎧を壊してしまったことをすまなく思っていて、カミットはどうにか好奇心を抑えた。


 ネビウスやカミットにとって予想を裏切って幸いであったのは、墓守たちは貴重な呪いの鎧が破壊されたことについてはほとんど気にしていなかった。それは当人であるミーズすらもそうであった。彼は最初こそネビウスを罵ったものの、今はもうあまり気にしていない様子だった。


 墓守がちまちまと話し合っていたのはもっぱらネビウスへの対処であった。排他的ということならどんな人種にも負けていないツクサ人はたとえ相手が古の民であろうと自分たちの集落に入れるのを嫌がった。


 しかし彼らはネビウスを拒絶しなかった。地上で良からぬことが起きており、今後呪いの影響が地下に及ばないとも限らないので、賢者の来訪を受け入れることにした。ただし条件は付いた。ミーズはネビウスに要求した。


「ツクサの遺物に触らぬことを誓え」


「はい、はい」


「我らが忘れたと思うなよ。炎の賢者ネビウスは半世紀前に殻の都(ヨリカ)を訪れたとき、大暴れした」


「あのね。もうちょっと良い記録を遺しなさいよ。私が恥をかくでしょ」


 ネビウスは首を竦めて冗談めかして苦情を言ったが、ミーズはいたって真面目な表情のままであった。


 ミーズは骨の馬を連れてきて、これに馬車を引かせた。彼はネビウスたちを馬車でツクサ人の都へ案内すると言い出した。これにはディシタが大変に驚いた。


「本気かい?」


「仕方あるまい。我らはよく考えた。ここで追っ払っても、炎の賢者は勝手にやってくると我々は結論づけた。そうであれば制御しうる対応をした方が良い」


「あたしは?」


「ディシタは責任を持ってネビウスを見張るべきであろう」


「そうかい。随分信頼されたもんだね」


 さして親交を深めてきた間柄でもない両者であるが、互いの境界を守る者どうし、分かち合う部分は多かった。ディシタはミーズの依頼を快諾したのであった。





 洞窟の中であることを忘れるほど広大な空間が突如広がった。たしかに天井はあるが、その高さは空と変わらぬと錯覚しうるほどだった。そういう広がりのある空間にツクサ人の都市が築かれていた。


 都に限らず、洞窟の通路も、集落も、全ては地下の虫たちの通った跡であったり、放棄された巣などにツクサ人が住み着いたことによって始まっていた。巨大な虫の脱皮した殻などはツクサ人にとってはこれ以上ない最高の資源であった。金属に似た質感をした、重厚でありながら流線型の形状をした虫の殻を用いた建築が殻の都(ヨリカ)の特徴であった。


 ツクサ人は巨大な鎧を操り、大規模な工事を積極的に行う。都の至るところで骨で作られた巨獣が働いており、大きな虫の殻を使って都の拡充や修繕を行っていた。


 ネビウスたちが招かれたのは墓守の総本山であるキノウ宮殿であった。荘厳な宮殿に至り、カミットは興奮してネビウスに聞いた。


「王様がいるの!?」


「居るとも居ないとも、なんだか微妙なのよ。どういうことだったかしら?」


 ネビウスはミーズに聞いた。ミーズはふんと鼻を鳴らして、鬱陶しそうにしながらも説明した。


冥王めいおうは我らの魂と共にある。我々は物質の玉座を必要としないのだ」


 カミットはミーズが何を言っているのか理解しなかったし、ネビウスも首を傾げて苦笑いした。ディシタだけは気まずそうにして「止しなよ」とネビウスに注意した。


 宮殿はあるが王なるヒトは居ないのだ。ツクサ人社会では墓守と呼ばれる傀儡くぐつの呪いの実力者たちが実質の権力者であり、この者たちが合議した後、冥王めいおうの魂の容れ物とされる者が合議を承認する。なおその容れ物は毎年くじ引きで一般の市民の中から選ばれる決まりとなっている。


 謁見殿えっけんでんにて、ネビウスは御簾みすで姿の見えない冥王めいおうに挨拶をし、左右に列を成す墓守たちにも笑顔を振りまいて、友好の意思を一応アピールした。


 そのあと会議室にてネビウスは真の実力者である九人の墓守と話をした。ネビウスはここまで来たら、直接的な物言いに切り替えた。


「地上が大変なことになっているのよ。今はぎりぎり持ちこたえているけれど、崩壊は時間の問題よ。呪いを打ち破る力が必要だわ」


 灰色の肌をした小さな人々、ツクサ人はそうと言われなければ実力者か否かはさっぱり分からなかった。墓守はなおさらその傾向にあった。彼らはネビウスの話を静かに聞いた。その中でも最も実力のあるらしい墓守が回答した。


「我々は毎年砂の海で儀式をやっている。それを以て、十分に呪いの巡りに貢献していると判断している」


「ジュカ人がだめになって、あんたたちの集落が巻き添えになったことは忘れちゃったかしら?」


「たしかにそういう悲劇があったな」


 地上で森を作るジュカ人の活動は地下へと伸びる大樹の根と密接な関係を持っていた。その根が地下へ様々な栄養や、また不可欠な酸素を供給していた。直接的な関わりのないジュカ人とツクサ人であるが、前者は後者にとっての半依存的な相手であったのだ。もちろん終わりの島(エンドランド)の植生にはジュカ人が関与しない部分も多くあるので、絶対的な依存関係があるわけではない。


 ネビウスは歴史的な事実なども引き合いにしてツクサ人を働かせようとしたわけだが、結局話し合いはほとんど無為に終わった。ところが会議を終えたネビウスはさっぱりとした様子で笑顔まで見せた。客間でカミットと一緒に待っていたディシタは不審がった。


「ツクサ人はやっぱり何もしないって言うんだろ? ネビウスはどうしてご機嫌なんだい?」


 ネビウスは即答した。


「期待していなかったからよ」


 ネビウスは都の様子を見て、墓守から話を聞いて、たしかに地下においては呪いの異変が見られないことを確信していた。このことは彼女の懸念を一つ取り除いたのである。新たな収穫こそなかったものの、殻の都(ヨリカ)においては、ネビウスには特段やるべきこともないという最も望ましい結果を得たのであった。

お読みいただきありがとうございます。

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