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ネビウスクロニクル  作者: 石井
太陽の都編
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砂の海(5)「呪いの鎧」

 地下洞窟の暗闇の中で火が灯った。ネビウスは手提げランプの明かりを周囲にかざした。ぬらぬらとした岩盤の表面が光を吸い込んで青や緑に色づいた。カミットがそういう岩に手を触れると、その表面に花が芽吹くや、たちまち枯れた。


 案内役として同行していたディシタは目を細めてこの様子を眺めた。彼女はネビウスに聞いた。


「カミットはどういう呪い子なんだい?」


「知らないってば。血の由来を知っていたら引き取れないの。それが古の民の掟よ」


 ネビウスはジュカ人たちにするのと同じ説明を繰り返した。ディシタは飄々とするネビウスに懐疑的な目を向けた。


「彼は種を持っていないのに発生を起こす。王家の呪いでもなければそこまでのことはできないだろ?」


「あんたが気にすることじゃないでしょ」


「フィブロは厄介かもしれないよ。彼は王家復興に固執している。固有の呪いであれば、血筋が特定される可能性は高い。たとえ王家でなくとも、貴種の系譜を根拠に担ぎ上げるかもしれない」


「まったくどいつもこいつも口を開けば、呪い、呪いって、そればっかりね」


 ネビウスはくすくす笑った。ネビウスは地下洞窟の調査を終えたら、すぐにもサボテン砦を去るつもりでいた。砦の有力な呪術師であるディシタと友好関係を築けば、海賊が襲ってくるとも思われなかったのだ。


 カミットは面白がって辺りの岩肌を手で触れては刹那的な花を芽吹かせた。そうして遊んでいるかと思われたところ、急にネビウスとディシタのところに戻ってきて宣言した。


「僕は商人になるんだよ!」


 ネビウスが驚いていると、カミットはその理由を滑らかに語った。


「商人はいろんな都に行って、いろんな物を知れるんだ。面白いものを見つけたら、それを欲しい人に売って喜んでもらえるんだよ!」


 ネビウスは元弟子で商人くずれのお尋ね者であるバルチッタを思い出してしまい、カミットの将来の希望を素直に喜べなかった。彼女は「あらまァ」と言って、奇妙な笑顔で誤魔化した。


 この親子のやりとりは、ディシタには理解しがたいものであった。カミットが周囲の観察のために離れると、ディシタはネビウスに小声で言った。


「王家のことは考えないとしても、賢者の子は賢者になるものだろ?」


「賢者は仕事じゃないわ。勝手にそう呼ばれてるだけよ」


「賢者の庇護を失ったジュカ人が一人で商売をやっていけるとは思えない」


「それはそうね」


 二人はそうとうに小声で話していたのだが、カミットは振り向いて「僕は大丈夫だよ!」と叫んだのであった。ネビウスはディシタに「あの子、耳が良いのよ」と言った。


 地下空洞はネビウスが持つ手提げランプが照らす範囲においてその様子が視認できて、小さな明かりは果てしない闇の中でぽつんと灯るばかりで、その広大な空間を把握するには全く足りていなかった。ネビウスはカミットがあまり先まで行ってしまわないように時折注意して呼び戻した。


 ディシタは衰えた視力の代わりに、呪いの気配を感じ取ることで周囲の様子を把握していた。彼女は不思議がった。


「虫たちが離れていく」


「地下の虫たちは凶暴化してないみたいね」


「そんなことになっていたら、砂の海には住んでいられない」


「無駄足だったかしら」


 ネビウスが地下洞窟にやってきたのは、虫たちの様子を見るためだった。他の地域で見られる生き物の凶暴化がここでも起こっていないかと心配したのである。





 腐臭が漂っていた。迷路のように入り組んだ地下洞窟の中、どうやら広いらしい空間に至り、ネビウスは明かりを強めた。床一面にイルカやクジラといった動物の骨が散乱していた。そこは何者かの巣であった。


「ここに入るのは久しぶりだよ」


 ディシタは呟いた。経験豊富な呪術師でも、その足取りは慎重だった。巣の主がいないことが分かっていても、呪いが充満した空間は彼女に畏怖を抱かせた。


 カミットは転がっている骨を拾って興味深く観察した。


「ネビウス! 骨って売れる?」


「呪いの道具にすればそこそこね」


「鍛冶職人に渡せばいいの?」


「そうよ。彼らは上手いこと道具を作るわ」


「そっか! 持って帰ろう!」


 カミットは腐った血肉の纏わりついた骨をつたで縛り始めた。彼はこの探検によって収穫を得られたことを喜び、生き生きとしていた。クジラの頭蓋骨を見つけると興奮して、その口の中に入って、眼球の空洞からネビウスに手を振った。


 ディシタは見かねて口を挟んだ。


「注意しないのかい? 呪いの道具を売るのは掟破りだ」


「あんただってやってるでしょ」


「私は売っちゃいない。必要な物を最低限与えるだけさ。薬は毒だけど、きちんと使えばやっぱり薬なんだ。あの子にそういう知識を付けさせるつもりはあるのかい?」


「どうかしら。まだ子どもだし」


 そんなことより、と言ってネビウスは話題を変えた。


「墓守は何をしているのかしら」


「急に押しかけたからね。すぐには出て来られないんだよ」


「待ちくたびれたわ」


「来たばっかりじゃないか。墓守はのろまだからね」


 しばらく待った後、がっちゃん、ばきぼき、とリズミカルではあるものの、ひどく不快な騒音が聞こえ始めた。大きな巣の向かいの出入り口が、通路から近づいてくる明かりによってぼんやりと照らされた。


 カミットは大急ぎでネビウスの隣に戻ってきた。彼は短槍を構えて警戒していた。ネビウスは彼に微笑みかけた。


「大丈夫よ。おっかない連中ではないわ」


 それは地を這う巨大な骨の怪物であった。頭部、胴体、四足や尻尾などの全てが凝集した骨によって作られていた。背中には大きなこぶがあった。そのこぶがぱかりと開いて、灰色の肌をした小男が顔を出した。彼は光る杖をディシタに向けて、きいきいと響く声で言った。


「ディシタか?」


「あたしだよ」


「客人か?」


「炎の賢者とその子どもだ」


 その男は墓守と呼ばれる呪術師で、ミーズという名であった。彼は地上には姿を見せず、終わりの島の地下洞窟に暮らすツクサ人であった。地上で小柄と言われるジュカ人よりもさらに背丈が低く、ミーズは成人の男であるが、カミットと同じくらいの背丈であった。


 しかしツクサ人に特有の呪いは体格を補って余りある力を持っていた。彼らは一族の秘術である傀儡くぐつの呪いによって、骨でも鉱物でも、それらを何でも使って身代わりの巨獣を作ってしまうのだ。


 ミーズは攻撃的な口調で言った。


「地下は安泰だ。賢者が手をだすべきことは何もないぞ」


 ネビウスはにやにやと笑って、ミーズに近づこうとした。するとミーズはすぐさま怪物のこぶの中に引っ込んで、その骨の怪物の頭をもたげ、大きな口を開かせて威嚇した。まるでその怪物が喋るかのように、中にいるミーズの声が増幅されて、重々しく響く恐ろしい声音になって響いた。


「地下は我らの土地である」


「臆病ね。取って食ったりしないのよ」


 ネビウスは言葉とは裏腹に邪悪に笑っていた。ミーズはますます警戒を強めた。


 緊張が走る中、いつの間にかミーズの操る骨の怪物の足元の間近でカミットが立っていた。彼は大声で言った。


「すごい上手だね!」


 ミーズは驚いてしまって、怪物の操作を誤った。複雑な動きが絡み合う中で、慌てて動かしたことでバランスを崩して転倒したのだ。


 カミットがその巨体に押し潰されそうになったとき、爆発的に発生した巨樹が骨の怪物を押し返し、投げ飛ばしてしまった。


 どっしゃん、がっしゃん、ばきぼき、ぼきばき。とてつもない騒音が鳴り響き、骨の山が散乱した。


 骨に埋もれて苦しんでいたミーズをディシタが探し出し、ネビウスとカミットが助け出した。ミーズはボロ布の頭巾と外套で頭から全身までを覆っていた。彼は頭を抱えてぶつぶつ言った。


「とんでもないことだ。鎧を失うなんて」


「また作ればいいじゃない」とネビウスは気軽に言った。


 ミーズは睨み返して「私が十年かけて作った鎧だぞ。墓守を失職するかもしれない」と言った。


 恐ろしい虫のひしめく地下洞窟において、巨獣を模した呪いの鎧ほど重要な物はなかった。それを持つ者は一族において重視され、持たない者は軽んじられるのであった。

お読みいただきありがとうございます。

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