第12話 呪いの森(5)「宴、醒めたる眼差し」
神殿の長である大地の守り子、ベイサリオンは魔人討伐の功績者ということになっていた。
当初は化け蜘蛛の駆除に過ぎないと思われた事案に、民間の傭兵だけが手配されていたが、ベイサリオンは見えざる脅威を感じ取り、ネビウスとカミットを討伐隊に組み込んだ。
こうして守り子の優れた判断によって魔人討伐は成った、というのが人々の評価であった。
魔人討伐を祝う宴席がベイサリオン邸で開かれた。市民は感謝を示すために、酒や食べ物を奉じた。魔人討伐に貢献した者たちはこの宴でもてなされた。
ところがこのめでたい席でベイサリオンは不機嫌だった。彼はネビウスに不満をぶつけた。
「大変なことをしてくれた。あんな呪いの森を作ってしまうなんて。魔人を倒しても、森をどうにかせねば解決せぬ」
六十八歳のベイサリオンはその平和的統治と害獣撲滅の成果によって、優れた指導者としての名声を確固たるものにしてきたが、その晩年になって新たな挑戦を強いられることになったのだ。
森の魔人を討伐しても、呪いの森の拡大は止まらなかった。最も初期の段階で抑え込めなかった時点で既に手遅れだったのだ。呪いの森を目指して、遠方から怪物が集まってきていた。翼獣を始めとし、巨魚が河川を遡上していたとの報告もあった。そして森の拡大も今は少しだけ勢いが緩まっているが、今後どうなるとも分からなかった。
ネビウスはベイサリオンの隣りに座り、貴賓扱いを受けていた。彼女はベイサリオンから批判されると、手元の酒を一気に飲み干し、すぐさま捲し立てた。
「私のせいじゃないのは魔人が出たので明らかでしょ。カミットのせいでもないわ。精霊たちの巡りがおかしくなっているのよ。どうにかするのはアンタたちの仕事でしょ」
「そんな理屈が通じるものか」
「偉そうに! 私はあんたとは違う仕事をやってるのよ!」
ベイサリオンはどうにかネビウスの積極的な協力を引き出したかったが、他の者の手前、ここでは討論を控えた。彼は話題を変えようと思い、カミットに言及した。
「カミットの森の呪いは強い」
「そうね」
「落ち着いてはいるが、どうもあの少年の管理下にあるようには思われぬ。この私の土地で勝手が過ぎる」
カミットの森の呪いは草花や木をベイサリオンが支配する土に自由に現していた。カミットが呪いに命じている様子は見られず、呪いそのものの強さが感じられた。主従関係が成り立たねば、宿主に対する呪いの蝕みも強まるだろうことが予想された。
二人は宴会場の中央で傭兵たちと踊っているカミットを見た。ベイサリオン邸の広間や庭を解放して行われた大宴会では、豪華な飾り付けと酒と食事が振る舞われ、主役の討伐隊はもちろん、都の有力者や近隣の住民なども訪れて、盛り上がっていた。
ベイサリオンはカミットを心配していた。
「呪いの子がこういうことで持ち上げられるのはあまり良いことではない。経験上、そう思うのだ」
「たしかにね。血の気が多くなって、手綱をかけられない化け物になりがち」
「カミットをどうやって育てていくつもりだ?」
「知らないわ。本人の思うままよ」
「無責任だな」
「他人の養育方針に口出ししないのよ」
「困ったことだ。そして、これもな」
ベイサリオンは手元のテーブルに魔人の片目を置いた。
「預かってもらいたいのだが」
「嫌よ。そういう趣味はないわ」
ネビウスは冗談で言ったのだが、ベイサリオンは心底嫌がって唸った。
「誰が好んで呪いの遺物を持つものか。この目が新たな呪いを生むかもしれぬ。私ももう歳だし、長く管理できるわけではない。ネビウス、優れたる者の務めを果たせ」
「弟子に頼みなさい。私は嫌よ」
ネビウスは一切の妥協をしなかった。ベイサリオンは引き下がり、魔人の目を小袋にしまって、控えていた弟子に渡した。
ネビウスは隣のミーナをちらりと見た。この宴のためにネビウスはミーナにドレスを買ってやった。あまり派手ではない淡い紫色のドレスが、ミーナの静かな佇まいに似合っていた。荒れ地の都に来て以来、ミーナを良い環境で過ごさせてみると、金色の髪は輝くようになり、白い肌は瑞々《みずみず》しく潤い、青い瞳は宝石の煌めき、こうしてこの世の人とは思われぬ美しい少女が再び生まれたのである。
ネビウスは人形のように大人しく座っているミーナに言った。
「カミットがはしゃぎすぎているから注意してきて」
ミーナは困惑した様子でおずおずと出ていって、案の定、カミットに強引に誘われて、狂乱の踊りに巻き込まれていた。
ベイサリオンは思い出したように言った。
「ミーナは見どころがある。呪いの制御に優れている。彼女は良い神官になれるかもしれぬ」
ネビウスはベイサリオンの評価を聞いて、目を丸くして驚き、そしていやらしくニヤニヤと笑った。
「あらァ、本当? そうかしら?」
「そうは思わないか?」
「うん。まったく」
「私は人を見抜く力がないか」
「あんたは立派な人生を歩んできたから、ああいう子が何考えているかなんて想像もできないのよ」




