砂の海(3)「スナイルカ」
サボテン砦のヨーグ人の本業は猟師であった。彼らは海賊行為だけで生計を立てているのではなかった。無防備な商人が通りかかったり、浮船が墜落したりといったことはそれほど頻繁には起こらないので、海賊業は安定した生活基盤となりえないのだ。
早朝、男たちは船の帆を張り、砂の海に繰り出した。太陽の都製の帆は陽光を受けてエネルギーを蓄える。そのエネルギーは守り石を加工して作られた特別な設備によって風力に変換され、船尾から排出されることで推進力を与える。また砂の摩擦抵抗が少ないスナイルカの皮を張った船底も砂上を滑るために重要だった。
照りつける日差しは肌を焼き付けた。赤肌のヨーグ人はそれでも平気だが、ジュカ人は外套で全身を覆って、頭にもフードを被る。ときどきはジュカ人が猟に参加することもあるし、そういう見た目の者がいても漁師たちは気にしなかった。
この日の猟では船の先に立つ小さな姿があった。彼は砂塵舞う海を眺めてたかと思うと、帆の制御や獲物を探すので忙しくしているヨーグ人漁師に話しかけた。
「スナイルカは潜って逃げちゃうでしょ。どうやって捕まえるの?」
漁師の船に勝手に乗り込んでいたのはカミットであった。漁師はカミットの質問に答えず、仲間たちでジュカ人の子どもをどうするべきか話し合った。フィブロが注視しているカミットをこのまま危険な猟に連れていくのは躊躇われたのだ。カミットは彼らに向かって腕組みをして偉そうに言った。
「僕は猟をしに来たんだよ!」
漁師の一人は苛立って言った。
「子どもは黙っていろ」
カミットは短槍を取り出し、構えを見せた。
「僕はタゴンから槍を教わったんだよ。これで峰の魔人を倒した」
漁師たちはカミットの発言の前半にのみ耳を傾けた。ジュカ人の子どもからヨーグの大英雄の名が出てくることは珍しかった。しかし信じたのではなかった。彼らはカミットが嘘を言ったと思って腹を立てた。
「ヨーグの大英雄の名で騙るとは邪悪なやつめ!」
「邪悪なのは海賊の方だ!」
「なんだと!」
カミットは今にも大人の男たちから寄ってたかって殴られそうであったが、それでも怯まずに対峙した。ある漁師がカミットの腕輪に掘られた魔人討伐の感謝文を読み上げると、漁師たちはカミットの言い分を信じて、猟に連れていくことにした。
猟の対象はスナイルカであった。スナイルカには人に友好的な種と敵対的な種がいる。前者は砂の海の民にとって愛すべき対象であり、狩るべきは後者であった。
カミットは船に近づいてきたスナイルカに銛を投げたところ、漁師からこっぴどく怒られた。カミットは反抗的に言い返した。
「イルカはイルカでしょ」
「文句を言うな。ヨーグの掟に従え」
しばらくすると、きゅいきゅいという鳴き声が聞こえてきて、砂上に飛び上がって泳ぐスナイルカの群れが見えてきた。人に触れ合って喜ぶ牧歌的なスナイルカと違うのは、この者たちは商船が積む食料またはヒトそのものを食べるために近づいてくるのだ。
終わりの島ならばどこでもそうだが、この島の生き物は基本的に大きく、そして強い。スナイルカたちは漁師の船に並走しだして、あるとき一斉に飛び上がって船上に乗り込んできた。
漁師は銛と盾とを使って、しっかり腰を据えて戦った。スナイルカは陸上を自由に動けるわけではなかったが、重たい砂の中を泳ぐだけあって、筋力の発達は著しかった。彼らが暴れるとそれだけで船が壊れるように思われた。スナイルカの口には鋭利な牙が並んでおり、漁師たちを食い殺そうとした。漁師とスナイルカは狩るか狩られるかという双方向的な関係だったのだ。
カミットは乱戦模様の船上で軽やかに走った。帆柱に噛みついたスナイルカの背後を雷の短槍で突いた。雷電が迸り、スナイルカは動きを鈍らせた。しかしスナイルカの外皮は槍で貫けないほど硬かった。カミットは何度も短槍で突いたが、やがてスナイルカの痺れが効かなくなった。スナイルカは恐ろしい瞳でカミットを睨んだ。
「あれェ。しまった」
カミットは叫んで逃げ出し、スナイルカは船上を素早く這ってカミットを追った。
これに気づいた他の漁師がカミットを助けるために盾を持って間に入った。スナイルカの巨体による突進は凄まじく、大人のヨーグ人漁師をもってしても抑え込むことはできない。しかし漁師は手慣れた様子で盾を使って正面から受け止めるのではなく、突進の勢いを殺して受け流していた。
危機を脱したカミットは船の上を走り回り、次なる獲物を求めた。彼は帆柱を登り、眼下で繰り広げられている漁師とスナイルカの戦いを観察した。そして帆に掴まって水平に移動してから、狙いを定めて飛んだ。槍を構え、彼の全体重をかけて、天からの一突きをあるスナイルカの脳天に突き刺した。雷の短槍はその力によってスナイルカの脳を焼いた。カミットはその一撃にてスナイルカを仕留めたのであった。この時点で二頭が死んでいた。スナイルカの群れは仲間がやられたことを悟り、互いに鳴いて合図をし、砂の海に帰っていった。
今までもだいたいそうであったが、カミットは力を頼みにする男たちの集団にはすぐに馴染めた。彼には力の論理は明快だった。結果を出しさえすれば、全てのことは円滑に進むのだ。カミットが子どもながらスナイルカを仕留めたことは漁師たちに動かぬ証拠を見せつけたので、カミットは猟の帰りではよく褒められて、ついでに船の仕事を教わったりして可愛がられたのであった。
カミットはサボテン砦に戻ると、ネビウスに猟の話をしたくてうずうずしていた。ところが宿に戻ってもネビウスは不在にしており、ミーナの姿まで無かった。宿の主人に聞くと、ネビウスは砦の下層、呪術師区に出掛けたらしかった。カミットはネビウスが禁じられた地下に行ったに違いないと思って、大急ぎで砦の下層への階段を降りていった。
お読みいただきありがとうございます。
ブックマーク、ポイント☆など入れていただければ幸いでございます。




