天空都市(10)「祝祭」
年の終わりの祝祭の日、粉雪が舞った。空の化身は気流を操って冬の高山にも晴天をもたらすことができるが、人々が不自由ない程度に雪を降らすのだった。空の都は空の化身が不調だった前二年の間は冬は連日の豪雪に見舞われ、これがあと数年でも続けばブート人は千年暮らした都を放棄することも有り得た。
それも今年の年越しの祝祭はより特別だった。幼い守り子たちは以前ならば神殿に指導されて台本通りに振る舞い、市民は守り子たちががんばる姿を微笑ましく見守ったものであった。
しかし今はもう違っていた。双子の守り子は都を襲った脅威と戦い、都を守るという役割を果たした。双子は人々がその成長を見守る未熟な存在から、都を守るという本来の役割を担う名実伴う守り子になったのだ。
この頃、リリイは一ヶ月以上の懸命なリハビリと秘術の投薬治療によって、杖を突けば自力で歩けるようになった。ルルウは魔人討伐や諸々の儀式において疑いない実績を得ていたが、それでもやはり市民がその姿を見たいと待ち望む守り子はリリイだった。群衆の前にリリイが姿を現すと、その真っ白な姿に人々は一瞬だけ動揺したが、そのすぐあとには雪崩のような喝采が起こった。
信仰の恩寵を市民に分け与えるために、神官の列が都の有名な通りを行進した。リリイとルルウは列の中ほどで籠に乗って、人々に手を振った。ある貧民街の通りではネビウス一家の姿があって、双子の守り子は一家に笑顔で手を振った。
日中のパレードのあとには魔人との戦いで殉死した戦士たちや上級神官のカエクスの遺品を燃やす弔いの儀式が行われた。遺恨を残さないために、これらはネビウスが青と赤の混じり合った火で確実に焼いた。
そして深夜、月が煌々と照る不思議な雪の夜に双子の守り子は神殿前広場の祭壇に向かって立ち、声を合わせて言った。
「炎の賢者よ。あなたの優しさを求めます。」
群衆の中からひょこりと出てきたネビウスは穏やかな笑みを浮かべた。
「燃やしましょう、全部、全部、燃やしましょう。」
人々は小さな浮袋を取り付けた小舟を空へと放った。小舟は青い火を乗せて雪夜の中を登っていった。
空を舞う白い物の中に羽ばたく者たちが混ざり始めた。全身を羽毛に覆われた呪いの化身たちが集まってきたのだ。最も最初に辿り着いた者がネビウスの前に跪いた。ネビウスはその彼か彼女かを抱きしめて何事か囁き、その者に小舟と青い火を与えた。翼を持った白い姿の化身たちは天へと登っていった。
そのときであった。リリイが崩れ落ちて倒れた。最も近くにいたルルウが駆け寄り、リリイを助け起こした。リリイは震えて言った。
「私、できない」
「やろう。私たちのすべきことを」
ルルウはリリイを助け起こした。リリイは泣きながら言った。
「私もいつかこうなるんでしょ? 呪いに蝕まれて化身になって、そしたら人を食べる様になる前に死ななきゃいけないの」
「そのときは私がしっかりと送るから」
ルルウはつられて泣きそうになったが気丈に振る舞った。
呪いの化身たちは小舟と青い火を持って、都の空を舞っていた。彼らはその運命の終わりを迎えようとしていた。
双子の守り子は支え合って立ち、長杖を天に掲げた。
空の化身は既に待っていた。彼女は極彩色の光を放つことで人々の前にその姿を明らかとした。都の上空を優雅に飛ぶと、大気の気流を操って、呪いの化身たちを自分の回りに引き寄せていった。呪いの化身は空の化身と一緒に飛ぶ内にその姿を一枚の白い羽へと変えていき、やがて空の化身の羽毛に取り込まれていった。
群衆の中の観客としてこの様子を見ていたカミットはネビウスが戻ってくるとすぐに駆け寄った。
「ちゃんと呪いが帰ったんだね!」
「そうよ。そしていつかまた来るの」
カミットは彼自身が抱える森の呪いに思いを馳せた。
「僕もいつか森の化身に食べられちゃうのかな」
「そうねェ」
「だけどまた来るんだよね? ネビウスにまた会える?」
「ええ、きっと会えるわ」
ミーナは不安な様子でネビウスに抱きついた。無言で顔を擦り付けて、彼女は泣いていた。ネビウスはミーナを優しく撫でた。
「怖がらないのよ」
カミットもミーナを抱きしめて、力強く言った。
「大丈夫だよ! 僕が守るからね!」
ミーナは涙を拭ってはにかんだ。呪いには返りがある。優れた呪術師はいつか呪いの化身となり、ヒトを食べる怪物と成り果てる。ミーナには呪いの才能があった。これまで三つの都市を巡ってきて、それぞれの土地の呪いをいずれも高い練度で習得したほどであった。ネビウスはカミットにミーナを守らねばならぬと何度も言ってきた。それは必ずしも外敵からということだけではなく、ミーナを彼女自身の呪いから守るということでもあったのだ。
※
主要な儀式を全て終えたら、あとは飲んで食べてをして夜通し盛り上がるのが祝祭の慣わしであった。それは守り子とて例外ではない。十二歳というのは子が親の管理を脱するにはまだ微妙な年齢であったがネビウスはミーナからは目を離さなくとも、カミットのことは放置していた。
カミットはルルウに会う約束があったが、その前にハルベニィのところに寄った。祝祭では神殿が無料で食べ物や飲み物を配るが、それでも商人にとっては稼ぎ時であり、バルチッタとハルベニィは露店市で臨時の酒場を開いていた。カミットは熱々のビールを一杯注文して、バルチッタの許可を得てハルベニィと話した。
「空送りの儀式、すごかったね!」
「ああん? 俺は見てねえよ」
「ええ!? なんで!?」
カミットは仰天した。
「見て分かんないかい?」
ハルベニィは満席の店を顎で示した。
「みんな見に行ってないの?」
「信仰のやる気は人それぞれだろ」
「そっか」
呪いの化身になってしまった人々がどのような覚悟で空の化身に身を委ねるのかと想像すると、カミットは物悲しく泣きそうな気持ちになったものだが、ハルベニィや酒場の客たちを見ていると水を差された気分だった。ハルベニィは信仰に関わる話をする相手ではないのだと彼は思った。だとしてもカミットはハルベニィのことが好きだった。
「儲かってる?」
「まあまあだな」
ハルベニィはにやりと笑った。
ここへバルチッタがジョッキを持って近づいてきた。ハルベニィが身構えるも、バルチッタはカミットとハルベニィの間のカウンターテーブルにビールを置いただけだった。彼はカミットに言った。
「カミットよ。俺の徒弟をサボらせて良い身分じゃねえか」
「バルチッタはさっきハルベニィに休憩して良いよって言った! あと僕は注文してない!」
「男ってのは自分だけ飲むもんじゃねえ。連れに一杯奢るくらいしてみろ」
カミットはハルベニィが何も飲まず食わずでカミットの話し相手をしていたことに気がついた。カミットは閃いて笑顔になり、バルチッタに銅貨を渡した。ハルベニィは信じられない様子でバルチッタを見ていた。バルチッタはぽりぽりと頭をかいて「今日は祝祭だ」と言って、自分の仕事に戻った。カミットとハルベニィはジョッキを打ち付けて乾杯した。ハルベニィは気分を良くして語った。
「俺は偉大な商人になるのさ。良いかよ、商売ってのは物の流れを生む仕事なんだ。終わりの島はイマイチだ。最低限の物のやりとりはあるけど、まだ足りねえ。俺は道になりたいんだ」
ハルベニィはとろんとした目でカミットを見た。
「お前は何になりたいんだ?」
「僕はねェ。あと魔人を二体倒すよ。全部の魔人を殺した英雄になる」
「英雄はなっちまったらそれで終わりだろうがよ」
「そうなの?」
「ネビウスはそういう話はしてくれねえか?」
「そしたらネビウスと一緒に旅をするよ」
「ネビウスは古の民だぜ。世俗の人間をいつまでも手元には置いておかないさ」
カミットが首を傾げると、ハルベニィは説明を足した。
「大人たちのことさ」
カミットはネビウスが育ててきた弟子たちのことを思い浮かべた。たしかにネビウスは大人になった彼らとは別々に生きていた。カミットは不安になった。カミットはネビウスと離れ離れになる未来など想像すらしてこなかった。
「僕はどうしたら良いんだろう」
「焦ることないさ。考えておいた方が良いのはたしかだろうな。何の人生の指針もなくて、急にほっぽり出されたやつがどうなったかは悪い例があるからな」
「そっか! じゃあ考えておく!」
この晩、カミットとハルベニィは初めてしっかりと話した。気持ちよく飲んでお喋りしていると時間があっという間に過ぎた。
そんなとき、不意にカミットの脳裏にリリイの声が響いた。
「ルルウを泣かせたら許さないから」
カミットは顔を青ざめさせて、楽しいお喋りを切り上げた。彼は雷の精霊を宿した街灯が美しく照らす雪の夜道を神殿に向かって息を切らしながら走った。
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