天空都市(7)「大決闘」
曇天の中、戦士や呪術師を乗せた十隻もの浮船が空港から飛び立った。旗艦には守り子のルルウとネビウス、そしてカミットも乗船していた。
大いなる者たちの決戦は南の海上に定められた。仙馬はいつも南東の空からやってくるので空の化身は自ら出向いて戦うつもりでいた。嵐を起こすということなら空の化身は決して仙馬に劣っていなかった。空の化身の真骨頂は気流を支配し、天候を操ることに他ならない。海の上ならば地表の人々に気を使う必要もなくて、偉大な大化身は全力の大嵐を起こせた。南の海はかつてないほど荒れて高波を起こし、激しい風雨が吹き荒れ、雷まで起こした。
本来ならば浮船はたちまち嵐に飲まれて墜落していただろうが、空の化身は人に寄り添う存在であり、彼女は空の化身に加勢するべくやってきた戦士たちを歓迎し、浮船に風の呪いによる守りを与えた。これによって大変な嵐の中だというのに浮船は淀みなく航行した。
呪いの風の守りはガラスの囲いのようになって浮船を守った。透明な見えない防壁が吹き荒れる風雨を弾くのである。船は安定して飛びはするが、防壁の外は激流のように打ち付ける雨によって視界はほぼ完全に遮られていた。艦上に出たカミットは空の化身と仙馬の戦いを見たいと思っていたが、これでは何が起きているか判別しようがなかった。
何一つ判別できぬように思われた嵐の空を青白い光が切り裂いた。流星のようになって急接近してきたのは仙馬であった。
終わりの島の空を支配する空の化身は極彩色の尾羽根を揺らして、天に向って甲高く鳴いた。空の化身の頭上で周囲の大気が歪むほどの異様な圧縮が始まり、嵐がその一点を目指して吸い込まれた。そうして作られたのは黒く濁った嵐の塊であった。
全ての嵐が吸い込まれたことによって、空の化身の周囲では一瞬だけ荒天の空が静まり返った。
仙馬は額の一本角を発光させて、猛烈な勢いで突進してきていた。こちらは雷雲を引き連れてきており、空の化身の穏やかな空間を再び荒らすかに思われた。
両者の距離はまだかなり離れていた。彼らならば数秒で駆け抜ける距離ではあったが、鈍足な浮船では数分はかかるくらいの。
ブート人たちは何が起こるかを察していた。彼らは視力が良かったので、空の化身が嵐の塊を生み出したのを目視していた。特に守り子のルルウが血相を変えて叫んだ。
「空の息吹! 本気の!」
空の化身はゆったりとした動きで左右の翼で嵐の塊を抱きかかえるようにして前へ押し出した。空の化身の制御を離れた嵐の塊は膨張しながらゆっくりと進んだ。
仙馬は嵐の塊に向かって真正面から突撃した。その瞬間、地域一帯を吹き飛ばしかねない嵐の爆発的発生が起きた。強すぎる呪いの力は嵐という目に見える形から零れ落ちたものがエネルギーの奔流となって辺りに激しい明滅を起こした。
衝撃は尋常ではなく、空の化身が施した風の呪いの守りが浮船を守れるかどうかすら危ぶまれた。船は数十秒に渡り激しく揺さぶられ、乗組員は立っていることもままならず、皆しゃがみ込んで耐えた。
そんな中、甲板上にいたネビウスはカミットとルルウを抱きかかえながら、その視線はあくまで空の化身と仙馬の方に向けられていた。その目は左右が青と赤に煌めき、嵐の空の中で争い合う大いなる存在を間近に見ているかのように開かていた。口元は邪悪な笑みを浮かべており、この戦いを楽しんでいるようであった。ルルウはネビウスを見て不安になった。
「ネビウス? 何が見えたの?」
ネビウスはルルウに答えるのではなく、明らかにここにはいない何者かに語りかけた。
「新しい扉は開かれたのね」
ルルウはネビウスを揺さぶった。
「仙馬は倒せたんでしょ?」
「いいえ、まだよ」
青白い光が再び空を貫いた。ところが様子がおかしかった。仙馬は空の化身から離れるように駆けてきて、ルルウたちの船に降り立ったのである。
黄金の鬣を持つ黒馬は生きていた。ただし自分から嵐の塊に突っ込み、至近距離で直撃したのである。異形の怪物といえども、無事では済まず、そのたくましい体には酷い傷が無数に刻まれ、青い血を流していた。カミットはネビウスの手を離れ、仙馬に駆け寄った。彼は叫んだ。
「こんなのは希望じゃないよ!」
仙馬はカミットをちらりと見た。鬼のように恐ろしい異形の顔が口角を上げ、歯茎を剥き出しして、醜悪な笑みを作った。
ネビウスはゆらりと進み出た。
「死んだらおしまいよ。自分の居場所に戻りなさい」
仙馬はネビウスとカミットにだけ聞こえる、重々しく低い声で問うた。
「それは希望か」
問いかけだけを残し、仙馬はすぐに空へと飛んだ。角、鬣、蹄、その全てから稲妻を放ちながら、再び空の化身に挑戦するのであった。空の化身は空の息吹を連発することはできなかった。このままではかつてと同じように仙馬の角で貫かれるかもしれなかった。
空の化身はそれでも正面から受け止める様子であった。このとき一帯の海面が淡い白の美しい輝きで満ちた。たちまち異様で巨大な渦が無数に現れた。渦はその中心から重力に逆らって、空へと持ち上がっていった。深い海の底に、嵐の空からでも視認できるほどに強く輝く白いクジラ、海の化身の影があった。
島の守りを司る大化身が史上稀に見る強敵を相手にするに当たり、二度の敗北は絶対に許されなかった。ルルウは海の都に使者を出して海の守り子の助力を要請したのである。
天高く立ち上る竜巻は仙馬の突進を妨害するばかりでなく、渦に中に巻き込んで封じ込めた。この間に空の化身は再び空の息吹の準備を始めた。
空域に漂うのは相手を殺さんとする気迫であった。空の化身は次の一撃で必ずや仙馬を葬り去るように思われた。カミットは直感的にそれはまずいと思った。空の化身や空の民が仙馬を憎む気持ちは理解できたが、カミットにしてみると仙馬はその出会いに運命を感じる不思議な相手であった。
「ネビウス! どうしよう!? 仙馬がやられちゃう!」
「人の身ではこんな空の戦いはただ見ていることしかできないのよ」
二体の大化身と仙馬という怪物だけの顔ぶれに介入できるものなどいようはずもなかった。仇敵への勝利を目前にし、人々は既に歓喜していた。ネビウスは浮かれる者たちを叱責した。
「まだ終わっていないよ。気を緩めない!」
ネビウスが注意した直後であった。
突如、浮船の風の守りが取り払われた。船は嵐に巻き込まれ、ばらばらに破壊されるかと思われた。
しかしそうはならなかった。爆発的に発生した樹木や植物の蔦などが船をがっちりと固定し、帯同していた十隻の船を全て蔦と根で結びつけたのである。船体表面を覆うようにして発生した巨大な花は周囲の呪いを喰らって成長し、風の呪いの一部を乗っ取って浮船の周囲の気流を安定させた。
ルルウはカミットに叫んだ。
「空の化身が驚いてる! カミット、止めて!」
「僕は何もしてないよ!」
実際、カミットは仙馬を助けてやりたいとは思っていたが、深い悲しみや激しい怒りを持っていたわけではなかった。なおも覚醒を続ける森の呪いがどういうつもりなのか、カミットにすら分からず、彼はむしろ困惑していた。
森の呪いは空と海の両方に無数の花を放った。空の化身はこの花を吹き飛ばしたが、海の化身は渦によって花を吸い取った。森の呪いが争いを仲介したのか、仙馬を捕らえていた竜巻が掻き消えた。
解放された仙馬はさすがに消耗していて、真っ直ぐに駆けることができず、よろついていた。花は風に乗って、仙馬にも届けられた。仙馬は苛立ちを露わにして、角で花を切り裂いた。しかしなおも空の化身に挑むことはなく、東の空へと去っていった。
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