第11話 呪いの森(4)「森の魔人」
討伐隊はついに迷宮の最終地点にたどり着いた。周囲を木々と蜘蛛の巣に囲まれ、決闘にお誂え向きの大部屋を形成されていた。その形状からして、ここが化け蜘蛛の巣に違いなかった
このとき、急に風と木々のざわめきが止まった。
木々の房に隠れて、その上の方で、何かが動いたのをカミットは見逃さなかった。
互いに目が合ってしまった。
赤くて、大きなその目が、カミットを凝視していた。
カミットは心臓を掴まれた気がして、息を止めた。
森の呪いにその何者かを倒すように願ったが、なぜかこのときは呪いがまったく反応しなかった。きっとその怪物に襲われても、森の呪いは助けてくれないように思われた。
傭兵たちはまだ気づいていなかった。
カミットは彼らに呼びかけた。
「ネビウスを探そうよ。変なやつがいるよ!」
侵入者を観察していたその者は、木々の上を音を立てて動き始めた。ざわざわと不気味な葉音が討伐隊の周囲をぐるりと回って響くと、その間にもカミットたちが来た道が蠢く蜘蛛の巣によって封鎖された。
そしてついにその音の主が飛び降りてきた。
それが大地に降り立つと、一面に咲いていた草花がたちまち萎れ、周囲の木々は黒々と変質し腐ったようになり、辺りはおぞましい有様となった。
そうであるというのに、その張本人は地面に這いつくばり、枯れていく花を手で囲んで愛でているように思われた。やがてその花が枯れ、全てが腐ってしまうと、かたかたと肩を震わせ、笑っているようであった。
そしてゆっくりと立ち上がった。
その背丈は大人の男の倍ほどもあった。二本の足で立つ姿、その骨格は人のようであった。木目の浮かぶ茶色の胴体からは六つの手が生えており、その頭部は巨大な赤黒い二つの目でほとんどが占められていた。
予期せぬ敵を前にして、討伐隊は誰も動けなくなっていた。
誰かが「森の魔人」と呟いた。
魔人のその恐ろしい目は戦士たちの勇気を挫く力を持っているようだった。彼らはその目で睨まれると、本能的に体が硬直してしまい、じりじりと歩み寄ってくる森の魔人を前に一歩も動けず、声すら発せなかった。
ただ一人が、大声をあげた。
「ワアァーっ!」
カミットであった。森の呪いの加護が魔人の目の影響を防いだのである。彼は無我夢中で矢を放った。
小さな矢が黒い光を放って飛んだ。その一撃が魔人の片方の目に刺さった。直撃の瞬間には黒い光が、ぱあ、と辺り一面に広がった。カミットはネビウスから取っておくように言われた特別な矢、黒フクロウの心臓を射た矢を早くも使ってしまったのである。
不運な魔人はその初撃によってほとんど瀕死の重傷を負った。その巨体が倒れ込むほどの威力を、その矢は発揮したのだ。
それでも魔人はこの世の最も強大な存在の一つであった。彼は悲鳴を上げながらも立ち上がった。彼は木の質感をした肉体から分裂させるようにして六つの斧を生み出し、カミットに飛びかかった。
カミットは咄嗟のことではあったが何とか反応した。彼は走ったり、転がりまわったりして、魔人から逃げた。
この間、魔人の片方の目が潰れたことによって、討伐隊の面々は呪縛を解かれていた。盾を持つ者は進んで前に出て、剣や槍を持つ戦士が後方から魔人をちくちくと攻撃した。
戦いは長引いた。魔人の生命力は普通ではなかった。魔人の体は生命力に満ちており、何度傷ついてもすぐさま再生した。
カミットは傭兵たちが戦ってくれるおかげで危機を脱した。彼は魔人の赤黒い目の片方が閉じていることに気がついた。最初の一撃で片目を失っており、体の他の部分が、たとえば腕が切り落とされてもすぐに生え変わる一方、目だけは治らないようである。
カミットは魔人の目が急所だろうと予想した。彼は弓を引き絞り、もう片方の目に向かって、矢を放った。
しかし動き回る魔人の目を射るのは困難だった。魔人はカミットの狙いに気づくと、手で目を覆うようになった。
魔人の変化を見て、討伐隊の面々も魔人の弱点に気づいた。彼らはどうにか槍で魔人の目を突けないかと挑戦したが、彼らの槍では魔人の目をきちんと貫くことができなかった。
傭兵たちは互いに顔を見合わせ、いっせいに突撃した。彼らは危険を犯して体当たりをして、魔人を抑え込んだ。カミットが狙いを定められるようにしたのだ。カミットの矢ならば魔人の目を射抜けると、彼らは信じたのだった。
カミットは弓を引き、魔人の赤黒い目に狙いを定めた。そのとき、矢に微かにちらちらと燃えるような青い光が宿った。カミットは「ここだ」と確信し、その矢を放った。
当たった瞬間、魔人は悲鳴を上げて、渾身の力で傭兵たちを跳ね除けた。目の矢を抜くと、その傷から緑色の血が飛び散った。魔人はもがきくるしみ、のたうち回って、やがて倒れ込んだ。
討伐隊は油断することなく、倒れた魔人をめった刺しにしたが、これは意味がなかった。魔人の肉体は自然と滅び消え、宝石のようにきらめく魔人の片目だけが残された。
ちょうどこのすぐ後、木々の上から、ネビウスが飛び降りてきた。彼女は辺りを見回して、気楽にしている討伐隊と笑顔のカミットを見て、剣を納めて、首を竦めた。
「あらァ? なんだか変な気配を感じたんだけど、もしかしてどっか行っちゃった?」
カミットがニヤニヤして黙っていると、代わりに面倒見の良い傭兵が言った。
「あんたんところの坊っちゃんが魔人を殺しちまったよ!」




