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ネビウスクロニクル  作者: 石井
空の都編
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天空都市(6)「祝い事、凶兆」

 カミットが楽しみにしていた誕生会は無事開催される運びとなった。その日ネビウスは仕事を早めに切り上げてきて料理に取り掛かった。


 この日のためにネビウスは狩人から生きた野鳥を一羽丸ごと購入した。買ったのは胸や足の筋が発達した種であり、食用に適していた。その鳥は罠に掛けられて捕まったので足を怪我していたが、それでも生きが良く、ネビウスが籠から取り出すと暴れた。ネビウスは鳥の首を押さえると、包丁でずばっと切って首を落とし、一撃で絶命させた。カミットはこの様子を隣で見ていて興奮して騒いだ。


「僕もやってみたい!」


「このあとの作業はやってみると良いんだわ」


 ネビウスは事切れた鳥を逆さにして血を抜いて桶に貯めた。それから湯を満たしたかまに鳥を放り込んだ。ネビウスはかなり熱めの湯に鳥を何度か出し入れしてから、羽を剥いた。カミットも面白がって羽をむしり取った。羽や毛を処理し終えると、今度は包丁で鳥の足首を切り落とした。ここでネビウスは「坊や、やってみる?」と尋ねた。カミットは大喜びで包丁を受け取り、指示された通りに鳥の腹に切り込みを入れた。そして鳥の足を左右をそれぞれ外側に向かって引っ張り、腹を開いた。カミットは鳥の足をお尻の方の根本から包丁をぎこぎこやって切り離した。カミットは鳥の足を掲げて言った。


「もも肉!」


「そう、そう」


 次に鳥の羽を切り離した。


「手羽!」


「上手よ」


「手羽先食べたい!」


「ええ、やってあげるわ」


 続けて胸肉を捌いた。ネビウスは胸肉の奥に左右一本ずつある胸骨に張り付いた細い肉を指した。


「坊やの好きなササミよ」


「おいしそう!」


 このあとはネビウスが手早く鳥の内臓を捌いた。ネビウスは砂肝を開いて、中に砂や小石が入っているのをカミットに見せた。


「鳥はこれで食べたものを砕いているのよ」


「だから鳥は虫を丸呑みできるんだね!」


「そういうこと」


 ネビウスは鳥のあらゆる部位を上手に焼いて、秘伝のタレと香辛料で味付けをした。他にも高原の野菜をよく下処理をして煮物やスープにしたり、ぶどう酢に漬けてえたりして、前菜をいくつか作った。


 夜には神殿通いから帰ってきたミーナも一緒に、家族三人で食卓を囲んだ。ネビウスは食べだす前に子どもたちに言った。


「あなたたちは十二歳になった。今日という日を迎えられて嬉しく思うわ」


「わーい! 十二歳だ!」


 カミットが声をあげると、ミーナも「十二歳!」と言ってカミットに笑いかけた。ネビウスは子どもたちに優しい笑顔で言った。


「お食べなさい」


 カミットは待ちきれずにうずうずしていて、許しが出るや勢いよく食事にがっついた。ミーナはネビウスに「お母さん、ありがとう」と言ってから、一口一口を噛みしめるようにして食べたのであった。





 雪が降っているにもかかわらず、煌々と月が照る夜であった。守り子のリリイは彼女を呼ぶ声に目を覚ました。隣の寝台ベッドには双子の妹であるルルウがすやすやと寝ていた。リリイを呼んだのはルルウではなかった。


 リリイは風の呪いがいざなうのに任せて、雪の舞う都の空へと飛び出した。古代のブート人がせっせと大岩を運んできて作った都は雪に彩られて美しかった。終わりの島(エンドランド)の五大都市の中で最も小規模とされ、人口や経済力においても見劣りするが、空の都(パラテラ)こそはこの世で最も美しい都市であるとブート人は誇りを持っていた。


 空へと舞い上がったリリイを巨大な影が出迎えた。地域の風の呪いの根源たる空の化身(アデケレ)は無闇に羽ばたく必要もなく優雅に泳ぐようにして飛んだ。色彩豊かで絢爛豪華な尾羽根をなびかせると、その後ろには無数の輝きのあとが残った。空の化身(アデケレ)は胸元に飛び込んできた小さなリリイを取り込み、孔雀山脈の山々の上空を遊泳し出した。やがて空の化身(アデケレ)は雲の合間に姿を消したのだった。


 これ以後、空の化身(アデケレ)は本神殿に戻らなくなり、リリイも連れ去らされたまま帰らなかった。


 神殿はストーラの判断でリリイの不在をしばらく隠したが、例の夜に不思議な光を伴って空へと消えていったリリイを見た者がおり、不安に思った市民は神殿に押し寄せてリリイを出すように迫った。ストーラはあくまで下級神官(ドルイド)に市民の対応を任せて、自分で説明をするつもりはなかった。そうしている内に暴動のようになり、市民が神殿に突入する騒ぎになった。これもいつものことだが、ストーラは逃げ出そうとしていた一方で、ルルウはいつもの中庭にまで突入してきた市民に毅然と言った。


「リリイは空の化身(アデケレ)が都の空を訪れた月の夜に招かれて、今は空の化身(アデケレ)に付き添い、山々の精霊たちに下賜かし回りをしている。守り子は大化身の加護のために働くのであって、お前たちの我儘のために一々対応するのではない。信仰の尊厳を犯したお前たちの罪は重く許しがたい」


 熱狂していた市民たちは十二歳のルルウが神々しい様子で説教すると震え上がって平伏した。ルルウは彼らに三日の労役を罰として与えて、この件を納めた。


 ところがそのルルウは実は気が気でなく、ネビウスが訪れると泣きついた。


「リリイがいなくなっちゃった。どうしよう。私、今度こそだめかもしれない」


「落ち着きなさい。空の化身(アデケレ)には目的があるんだわ。せっかちで神経質なのが困るわ。縄張りを削られたこの状況が許せないんでしょうよ」


「まさか。空の化身(アデケレ)仙馬ボレマロゴと戦うつもり?」


 空の都(パラテラ)が苦境に陥ったそもそもの原因を辿ると、それは仙馬ボレマロゴの襲来と空の化身(アデケレ)の敗北であった。だからこそ空の化身(アデケレ)仙馬ボレマロゴを追い返し、自らの縄張りを回復しないでは以前と同じように復活したとは認めないのであった。


 ルルウは震え上がった。二年前、突如襲撃してきた仙馬ボレマロゴの稲妻の角で刺されて、空の化身(アデケレ)は重傷を負った。さらに直近では仙馬ボレマロゴ太陽の化身(スタァテラ)とも互角に渡り合う力を見せた。次なる戦いもまた空の化身(アデケレ)にとって険しいものになるのは間違いなかった。


「止めないと。ネビウス、お願い。リリイと空の化身(アデケレ)を助けて」


「そうしたいところだけれども、空高く飛ばれちゃあ、私にはどうしようもないんだわ」


「そんな……」


 ルルウはネビウスの腕に抱かれて泣いた。そんな二人に天窓の上から声がかかった。


「僕、良いこと思いついたよ!」


 カミットは神殿に忍び込むのを面白がって、外壁などをよじ登って、奇天烈な場所から現れることがよくあった。もはやルルウは驚くことなく、蔦を下ろして降りてきたカミットとそのまま話した。


仙馬ボレマロゴに会いに行こう! 浮船を出すんだ!」


 ルルウは突拍子もない考えとは思わなかった。しかし彼女は首を横に振った。


「戦の気がないと彼は現れない」


「そんなことないよ。だって僕が初めて会ったときは海に漁に出てたときだった」


 ルルウは訝しんで首を傾げる一方、ネビウスは「忘れてたわ。そういえばそうね」と言った。


「だから空に出て、翼獣プテリオキロスを狩れば、きっと仙馬ボレマロゴがやってくる!」


 この案にルルウは条件反射的に言い返した。


「それはだめ。翼獣プテリオキロスは神聖な生き物だから傷つけちゃいけない」


「そっか! じゃあ何かべつの生き物を殺そう!」


 カミットが明るく平然と言い放ったところ、ルルウは言葉を選びながらカミットに語った。


「空の生き物はその多くが神聖なの。海や平地の生き物と違って数も少ないから、信仰は空の生き物たちをなるべく守るように教えてる」


渓谷の村(モンダン)では羊を食べてたよ」


「地表近くを飛んだり浮いたりする生き物は別。神聖ではない」


「んん!? どういうこと?」


「陸からある程度離れた高空でも飛べる翼獣プテリオキロスとかはそれだけ大きな風の加護を持っている。彼らの命を奪えば、それだけ多くの加護が実体から失われて、呪いの調和が崩れることになる」


「そっか。困ったな。いい考えだと思ったのに」


 ここまで黙っていたネビウスがにやにやと笑いながら口を開いた。


仙馬ボレマロゴを誘き出すってことであれこれやってきたわけだけど、いい加減こっちから会いに行ってやれば良いんだわ。話し合いになるかは知らないけれど、空の化身(アデケレ)が我慢ならないって言うなら、手伝ってやれば良いんだわ」


「だめ。戦いを止めさせるの。お願いだからおかしなことを言わないで」


「無理よ、無理! あいつらは止まらないわ!」


 ネビウスは何やら人が変わったように高笑いをして去っていった。入れ替わるようにして、リリイのことでストーラと話しに来たバルチッタが中庭に顔を出し、カミットに対して言うふりをして、ルルウに聞こえるようにわざとらしく言った。


「あの女をまともだと思っていると酷い目を見るぞ。気をつけるべきだ」


 カミットが「ネビウスを悪く言うな!」と叫ぶと、バルチッタは言い返すこともなく通り過ぎていった。

お読みいただきありがとうございます。

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